第13話 テンペスト
みぃ は自宅に帰る前に、タクシーの運転手と大揉めに揉めて途中で降りた。
せっかくのカスミちゃんとの時間が引き裂かれたことにも怒っていたし、なんとなくレイの態度に不信感を覚えていたからだ。
(大事な女性を守るためにとか言ってたけど、本当の理由は別にありそう)
不信感は不安感になり、こういうときはいつもそうするのだけれど、みぃ は雑多な街の裏通りに来ていた。
武器を調達するのだ。
平和な世の中のような気もするが、それは事実ではないと みぃ は感じていた。
ネット上のニュースでは戦争や飢饉やテロの話は毎日流れてきたし、異常気象や都市型災害などの発生頻度も年々上昇していると感じていた。
自分の身は自分で守る。
なぜかは分からないが、物心ついたときからそう思っている。
中学生の時に、地方都市から東京に引っ越してきたのだが、さまざまなショップや人々がいることに興奮して、裏通りを彷徨った。
ちょっと変わった中学生だったかもしれない。
大人っぽい外見と、背伸びした感じが好意的に受け入れられたのかどうかはよく分からないが、結果的に半年もしないうちにアンダーグラウンドな人脈を持つことができた。
両親は二人とも開業医で娘を溺愛していたが、その愛情を示すためには、娘と寄り添う時間を増やそうとはせず、多額の金を渡すという方法をとった。
そういうことで、寂しさとお金が常に身近にあった。
そのかわり、何か欲しいものがあれば金額は気にせず気軽に買うことができた。
高校生になってバイトを始めた。
バイトをしているのは彼氏や友だちのプレゼントのためだ。自分の金でお礼をしたいと思って色々なバイトを経験した。
親の金でお礼の品を買ってしまうことは、そういう友情や愛情の大事な気持ちには合っていないと感じる。なんとなく、そういうことには使いたくなかった。
一方で親が与えたカードは彼女の興味を大幅に広げることになった。
ネットショップには半年どっぷりハマった。
毎日のように通信販売の段ボールが届き、毎週のようにフリマで捨てるように売った。
そして飽きた。
ネットショップではなんでも揃うが、やはり限界があった。
結局は汎用品どまりなのだ。
本当に防衛のために必要なものは汎用品ではない。
そういうものは使い古されており、簡単にいうと役には立たない。
誰もが触れたことのあるものには必ず対策品が存在する。
逆にいうとあまり知られていないものには、そのマイナー性ゆえに、なんらかの根源的なパワーが内在していることを理解しはじめていた。
19世紀の銀細工に興味を持ったのも、それらが当時の最新の毒薬を検出するための優雅な護身道具だったからだ。
(そうは見えないけど、非常に効果のある美しい道具が一番いい)
機能と様式美は両立しうると無意識に確信していたのかもしれない。
このところのお気に入りは、トモキを倒したスタンガンだった。
太陽光発電で1日でチャージできるし、見た目は完全にファンシーな柄のスマホケースだ。
(そういえば店員は、ライオンでも倒せるっていってたな。)
トモキはともなく、同じ電撃をカスミにも浴びせたことにちょっと自分を責めていた。
(跡でも残っちゃってたらどうしよう。ちゃんと私が面倒をみてあげるってことになるよね。)
ニヤニヤしてしまう自分に気づいて、周りをもう一度見渡す。
いくら知り合いが多いとは言っても、このあたりは気が抜けない。
自分自身が売り飛ばされる可能性だってあるのだ。
1軒目で、欲しい情報が入った。
その情報をもとに2軒目に行く。通りに面したドアは堅く閉まっている。
あわてず裏口にまわり、乱暴に古い扉をこじ開けて入る。
それが指示された正規の通路なのだ。
廃墟のような曲がりくねった通路が建物の中に続く。
(わかってるなぁ)
おもわずニヤけてしまう。
廃墟のような通路なのに、小さなライトが最小限の空間を照らしてちゃんと進めるようになっている。
高機能なLEDライトがわざと目立たないような形で埋められている。
うまい仕掛けだ。これだと普通の人は入ってこようとはしないし、どこかでモニタリングしている館の主は、気にくわない客ならばLED照明を途中で切ってしまえばいい。そうすれば全くの暗闇で進むことも戻ることもできないという罠もになっているのだ。
暗闇は最も恐れるべき敵のひとつだ。
すべての行動が制限される。
もちろん、対策のツールは持っていた。
太めの白い弦のだてメガネ。中身は赤外線暗視装置と光学増倍機だ。
これさえあれば地下ダンジョンだって、安心して駆け抜けられる。
進む先にまた小さなライトが点灯する。
一応、館の主は、みぃ と会うつもりらしい。
LEDライトが僅かに前を照らしている。
後ろを振り返るとライトが消えていた。
(会えることは会えるみたいだけど、出られるかどうかってことね)
か弱い女性の立場であれば恐怖に震えるような状況なのだが、リスクジャンキーとしては逆にこういう場面に出くわすとウキウキしてしまう。
念のために胸ポケットのペンを左手に逆手に持ちかえる。
なんだか正確には、よく分かっていないのだが、瞬間的に相手を昏睡させることができる薬品が仕込まれている。
(実験でも問題なかったし、大丈夫でしょ)
朝の満員の総武線各駅停車の列車内で、運悪く彼女に目をつけたチカンは、自分がいつ昏睡したかも分からなかった筈だ。おそらく夜まで何度も千葉と多摩地域を往復したことだろう。
(会社には遅刻しただろうけど、死んだっていうニュースはなかったし、全然オッケー)
ともかく、今は目の前に集中しなくては。
角をまがると、突然、廃墟とは全くテイストの違う機能的な鋼鉄のドアが目の前にそびえ立つ。
「こんにちは。お邪魔します。〇〇さんのご紹介で伺いました。」
ドアが音もなく上にスライドして開く。
一礼して進むと、図書館のような荘厳な木づくりの空間にでる。
実際、壁際に無数に並べられた書架は、ここの主が図書館並みに蔵書を有していることを示していた。
急に声がする。
姿は見えない。
「キミは読書をするかい?」
答える必要はなさそうだった。声はこちらの返事を待つことなく続きを述べる。
「読書は旅に出るようなもの、という人もいるが、私はそうは思わない。」
どこか人工的な口調だ。
部屋全体を みぃ は見渡す。
暗めの照明は落ち着いた雰囲気で、特に危ない感じはしない。
この”感じ”が みぃ の一番の武器だった。
左手のペンを胸ポケットにそっと戻す。
「読書をする人間は予測が出来る。そう、キミのようにね。初めて訪れる訪問先では武器を持たない方が礼儀正しく、結局はそれが自分のためになるってことを分かっている。」
上目遣いにちょっと首をすくめて見えない相手に素直に謝ってみる。
「ごめんなさい。無礼でした。」
「許そう。私も読書をするから分かっている。若い情熱に任せてみることには痛みもあるが、得られる物は老人のそれよりも遙かに大きいということをね。」
中央の壮麗な分厚いテーブルの中央がせりあがり、骨董品のような銀細工のお皿の上に、それが無造作に載っていた。
「差し上げよう。代価は先にお伝えしたとおりだ。」
ゆっくりと進んで、みぃ は皿の上のものを受け取る。
飾りっ気のない、プレーンな感じの継ぎ目のない銀色の細いブレスレット。
この場所で入手していなければ、平凡なものに見えるだろう。
しかしそれが平凡でないことは明白だった。
みぃ が左手の手首にそれを近づけた途端、内部のギミックがなめらかに作動した。
意思をもった生き物ように細い手首に巻き付き、僅かに収縮し、ぴったりとしたサイズにリサイズされた。
みぃ はスマホを出してブレスレットに近づける。
画面に「成功」の意味が表示されて、すぐに消えた。
「ありがとうございました!」
明るく述べた謝辞は、無数の蔵書にかき消されたが、きっと主には届いているだろう。
後ろを振り返る。
さきほどまで真っ黒だった通路が、オレンジ色の照明で僅かに照らされている。
主の許可を貰って帰ることができることが嬉しかった。
(またいつかここに来れるといいな)
みぃ はもう一度だれもいない空間に一礼をし、スカートをひらりと回し、踵を返した。
帰りはわざとらしいくらい公共交通機関を乗り継いだ。
みぃ は自分の足跡を出来るだけ残しておこうと思った。
”感じ”がそうすべきだと告げていた。
普段は気にしないが、バスの中には目立たないように複数のカメラがあった。
髪をかき上げ、多少わざとらしくカメラに写るように席を移動する。
目立つような言動と印象づけは大事だ。
ひとりごとを言ってみる。
広告のための指向性のマイクがそれを拾う。
音声データを残しておくことも大事だ。
乗車時の運賃はスマホの電子マネーの履歴としてばっちり記録されたはずだ。
GPS信号をロストしないように大きな通りを経由して次は電車に乗る。
地下鉄にはGPSはないものの、スマホの電波を拾って疑似GPSのような位置情報を残せる。
あとは電子広告だ。一見、無意味な映像が流れているようだが、内蔵カメラで性別や年齢を識別して、それぞれのニーズを予測した広告内容の映像が表示されているはずだ。
自動販売機にも必ず立ち寄る。飲料水を買う際の近接状態でのカメラ撮影は高精細なデータとして蓄積されるはずだ。
不自然な購買履歴もわざと残す。さっき買ったものをゴミ箱に放り込むと100メートル先でもう一度同じものを購入する。連動して分析すると、きまぐれさが強調されるだろう。ヘッドフォンを鞄から出して、ブルートゥースをONにする。すれ違う無数の人々のスマホにヘッドフォンの個体識別番号が残ることになる。
もちろんそれだけのために彷徨っていたわけではない。
さっそく、さきほど入手した”テンペスト”をテストしてみる。
無数のスマホの情報が、自分のスマホに表示される。
完璧な無線通信上の盗聴が出来ている。
(でもこれだけだと武器にするには難しいかも)
新しいものを入手したときに、みぃ は決してマニュアルを読まない。感覚的に使ってみて、色々な可能性を試してみる。
そうやってこれまでも、普通の利用者では気づかないような使い方を見つけて成果をあげてきていた。
(あたらしいもの、かぁ。そういえば)
レイの部屋から追い出されるときに、トモキが一瞬のスキに放り投げてきたもの。思わずキャッチしたそれを取り出す。見た目は普通のイヤリングのようだ。
(絶対にこれって、ただの装飾品だけってことはないよね)
ヘッドフォンをはずして、耳にそっと装着してみる。
特になにも起こらない。
なにか、重要なヒントがこのイヤリングにあるような気がする。
もうちょっとヒントがあれば、きっとひらめく筈なのに・・・
記憶の引き出しを探ろうと試みるが、なぜかトモキの大真面目な顔つきを思い出してふっと笑いがでる。
そのタイミングでスマホが反応した。
(なんだ、彼氏か。)
1週間前までならば嬉しかった筈の彼氏からの連絡。
この数日ですっかり過去の古くさい記憶のように感じられる。
どう、返事を返そうかと迷っていると、もう一度スマホが反応する。
(めんどうくさいなぁ。連続で連絡してくる男は結構、束縛系かも)
だが、それは彼氏からの連絡ではなかった。
スクワッターがメッセージを表示している。
イベントのレコメンドのようだ。
<あなただけにお伝えする高額なバイト>
(きた!ポートスキャン??)
その瞬間、頭の中に声が聞こえた。
気のせいではなく、本当に聞こえる。
「トモキくん。わたしだ、レイだ。みぃ がターゲットになったらしい。キミはすぐに安全な場所に隠れておいてくれ。」
このイヤリングは通信機器?
(何?なんのこと?んん?あれ??)
スマホ、イヤリング、テンペスト・・・
急にひらめきを感じて、みぃ は はっと立ち止まる。
虚空を見上げて、さきほどのひらめきをもう一度思い出す。
そうか。そういうことが出来るのか。
もしかしてそれが成功すればすごい武器になる。
今までにない武器だ。
(でも、今は)
そう、まずは安全な場所に避難しなければ。
スマホが鳴動する。
それは予想通り、レイからの着信だった。
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