第12話 ハニーポット

トモキはキャプチャーした画像を何度も見返した。

間違いない。この町の地図だ。

自転車なら1時間もかからずに行ける。

ネットは使えないと思った。

小学生時代に使った「このまちたんけん」なるかわいい地図が出てきた。

道や川の並びから推測する。

普段ならマップサービスで簡単にたどりつける筈なのに、今はとても遠い場所に感じる。

わかった。

そこは小さな公園だった。

おそらくカスミが仕掛けたと思われるダークウェブの画像データには、それ以上の情報がないように思える。

公園は分かったが、何時にいけばいいのだろうか?

そもそもいつの日時だ?

自問自答して答えは出た。

書いてなくったって自分のアタマで考えれば自ずと答えは出る。

待つ意味はない。

行くなら今すぐだ。

3人で力をあわせるしかない。

そのためにまずは公園でカスミと会うことが必要なのだ。

変装をしていこうか一瞬悩んだが、あきらめた。

このあたりは治安がいい。

その代わりに監視カメラが大量に配備されている。

そこにあやしい人相風体の男が映っているほうが問題になりやすい。

「出かけてくる。」

トモキの母親は子供のことを放任し自立的な活動を推奨している。

よほどのことが無い限りなにも言わない。

それが今はありがたい。

「わいも行きますよ~」

たろう がフワフワと空中を漂ってくる。

どことなく頼りない感じだ。

「いいけど、大丈夫?なんか弱ってない?電池切れじゃないの」

トモキの心配は「わはは」というカメの笑い声にかき消される。

「電池ってキミ、昭和やねえ~」

憎たらしいが、今はコイツが一緒なだけでも安心感がある。

レイもどことなく、たろう に一目置いているような感じがあった。

「おとなしく着いてきてくれよ」

「らじゃー」

どっちが昭和だか、と思いながらトモキは家を出た。

片手に古いプリントされた地図を持って。

狭い町なのにびっくりするほど迷子になった。道がわからないのもあるがいつもネット上のナビサービスに頼りきりであることを改めて痛感する。

文明が崩壊してしまったら僕たちはどうやって生きていくのだろうか。

もう一度、紙と火の生活に戻る?

おそらくそうはならない。

ネット上に最も早く吸収されるほうが幸せな生き方なのかな。

わからない。

夕暮れになって着いた公園には誰もいない。

小さなベンチがいくつかと、誰もあそばないような古い遊具がいくつか。

おまけに地面は今時めずらしい土だった。

子供の頃に、こういうレトロな公園で遊んだような気もするが、ひょっとしたら映画の中の話を自分の記憶にしてしまっているかもしれない。

ベンチからベンチにぶらぶらと歩く。

3つ目のベンチにネットで見たのと同じ地図の模様の紙がおいてあった。

赤字で「K」と書いてある。

(カスミちゃんだな)

やはり、彼女の知性はすごいと思った。

その一方で、自分がダークウェブを検索したときのことを考えて赤面した。

大丈夫だ。エロサイトの履歴は気づかれる筈はない。。。多分、きっと。。。うん

夕暮れが迫り、すこし冷えてきたベンチにトモキは座る。

光学迷彩をしているのだろう。

見えない状態で たろう がトモキの頭上で音もなくホバリングしているようだ。

「あんなぁ、トモッキー、ここって」

なにか語りかけようとした たろう が急に黙り込む。20メートル先にだれかいた。

周囲の住宅の陰になり、よく見えない。

手には筒のようなものをかかえ、そこから放たれた銀色の網のようなものが、たろう を捕獲している。

たろう は全く動かない。陰から2人がベンチに近づいてくる。

黒づくめの服装。

一人は細身だがたくましい筋肉を想像させる野卑な感じの若い男。

もうひとりは真っ黒なゴスロリ風の衣装を見事に着こなした美少女。カスミだった。

「トモキくん。ごめんなさい。」

さらに何人かの黒ずくめの男たちがあらわれた。ベンチからトモキを無理矢理立たせて、力尽くで連れて行こうとする。

「カスミちゃん、あの、これって」

カスミが片目をつぶってペコリとあたまをさげる。口元が(ゴメンね)といっている。

騙された?

なにこれ?

それにしてもカスミちゃん、可愛すぎるな。こんなときにそれしか考えられないとは。

トモキは自分の思考パターンを呪った。


今日はよく監禁される日だ。

母親も自分の息子が、朝から監禁されて、昼に帰ってきて外出したらすぐに監禁されているとは思わないだろうな。

アホすぎるもんな。そんな息子。

ちっとは学習ってもんをしろよ。俺。

トモキは乱雑にいろいろなものが放り出された部屋の片隅で、そんなことを考えていた。


「ようこそカラスの巣に」

細マッチョな若い男は ユウ と名乗った。

なかなか整った顔をしているのだが、目が徹底的に残忍な光で満ちている。

手を振って、周囲の取り巻きを遠ざける。

ユウ と トモキ と カスミだけが地下室の広い空間にいる。

「このカメ、めっちゃ面白いな!」

銀色の金属製の網を、くるくると振り回す。

おもちゃのふりでもしているのだろうか。

たろう は全く反応しない。

「約束どおりでしょう?・・」

カスミがゆっくりとつぶやく。

「もちろん。カスミちゃんのためならすぐに駆けつけたでしょ。お礼に約束通りこのカメもらうけどね」

器用な手つきで、さっと網から透明な水槽のようなケースに たろう を移す。

「これって結局、誰のカメなの」

ユウが ちっとも笑っていない目で二人に微笑む。

どうしようか。多分俺のだけど、でも。

「私よ。ね。トモキくん」

カスミが本当に優しそうな笑顔をトモキにむける。

「はい、そうです」

その笑顔に”NO”と言える男はいないだろう。いや女だってきっとそうだ。

なんとなく みぃ のことを考える。

(考えろ。カスミちゃんにはきっとなにか作戦があるはずだ。そして俺は)

トモキは自分の役割をはっきり認識していた。

(カスミちゃんの言いなりになっておけばきっと間違いない!)

なんとも情けない結論だが、さっき、カメの持ち主が 誰かと聞かれたときにカスミの態度になにか自信のようなものを感じた。

おそらく、なんらかの目的があって、彼女は今の役を演じている。それはきっと。

ユウは水槽をベルトコンベアに乗せた。

MRIのような大きな箱のなかに、たろう を乗せた水槽が消えていく。

そしてすぐに逆走したコンベアにのって元の位置にもどってきた。

ユウは手元のスマホをのぞき込む。

「やっぱすげえよ。こいつ。元素が不明な合金だって。あと、大量のデータが中に格納されているみたいだ。」

水槽をのぞきこんで笑いかける。

「カラスの巣にようこそ!なんでもキラキラしているものには興味があるんだよね。さっきのは最新の分析機なんだ。政府から借りているから高性能なのはお墨付きさ。」

暴力的な雰囲気と全然ちがう冷静でおどけた口調が返って不気味だった。

よく見ると部屋のあちこちにはハイテクな機器が無造作に置いてある。

さきほど連れてこられた時には気づかなかったが唯一のドアも高機能のひとりづつしか入れない透明なゲートタイプになっている。

「今日はいい日だ。こうして新しい機械が手に入った。それもきっと最新型のがね。」

ユウはカスミに目で合図を送る。

「たろう 聞こえている?答えて」

カスミが感情のない口調で水槽越しに尋ねる。

観念したかのように たろう が甲羅から頭と手足を出す。

「はいな」

「標準語モード・・・」

カスミが命令する。

どういうことだろうか。

音声で制御できる機器のようだ。

「はい。なにかご用でしょうか」

うわ。気持ち悪い。無理して標準語を話しているようなこの感じ。

たろう おまえ結構コテコテだったじゃないか。すぐ標準語に切り替えるとは、なにかがっかりさせられる。

「日本語ならどっちでもいいよ。」

ユウが 肩をすくめて テーブルに腰掛ける。しかし警戒を解くことはせず、軽く力を抜いてすぐに動けるような姿勢を保つ。

「あなたの機能を映写して」

甲羅の見慣れたディスプレイに文字が表示される。

古代文字?バグっている文字かな。

大量の文字がスクロールして消える。

ユウ がいつの間にかスマホで文字を撮影している。

「だめだな。暗号化されたテキストだ。」

暗い目つきで二人を見つめる。

「一人は解放する約束だったな。それは守るつもりだ。しかし」

ものすごい爆発音が連続で響く。

ユウの手には発砲された小型の拳銃がある。

「約束を守らないなら誰も帰さない。」

硝煙のきつい匂いが地下室に満ちる。

火災警報が鳴り出す。

ゆっくり歩いてユウは部屋の端にある警報器を切る。

不気味な静粛が訪れる。

「暗号鍵があるわ・・・」

まったく銃声に驚いた様子もなくカスミが語りかける。

「さすがに保険はかけさせてもらったの・・」

薄く笑うカスミの美しさが、なにやら怖いもののように感じられる。

「気にくわないね。殺してもいいんだけど、まあ、そういう保険は必要かもね。どこかに隠している暗号鍵がないと情報は引き出せないってことか。」

銃口をトモキに向ける。

すこしターンして今度はカスミに向ける。

一瞬緊張が走る。

急にふっとユウが殺気を消す。

銃からマガジンを抜き、薬室からも残弾を抜き去る。銃がどこかに消える。

「馬鹿にするなよ。カスミ。このカメのもっている情報は俺たちに利益をもたらす。それぐらいは分かる。こいつは未知のテクノロジーで出来ている。間違いない。」

カスミが頷く。

ユウはまた片隅のテーブルに腰掛けてこんどは寝転んだ。

足を高く組み、目をつぶりながら指示を出す。

「保険なんだろ。どこかで入手してこいよ。俺はまっているから。1時間だけな。」

首だけ動かして、二人をにらみつける。

「1時間を超えたら残った方を殺す。どっちでもいいよ。俺は」

マジックのように銃を取り出して弄ぶ。

トモキは泣きそうな自分を辛うじてコントロールしようとした。

手と足が震え出す。

風が吹くようにカスミがトモキに歩み寄る。

小柄な彼女が見上げるようにトモキの頬に手を添えて、すこし背伸びをしてキスをする。

トモキにはその1秒あまりのキスが30分にも感じられた。

(うわ。柔らかい。いい香り。もっと)

アホのような感想が頭をめぐる。

「じゃあ、お願いね。トモキくん。」

カスミがいたずらっぽくトモキだけに見えるように瞬間的に片目をつぶってみせた。

ユウはトモキに告げる。

「あと59分だぜ 色男」


色々な意味で、トモキは興奮していた。

カスミの期待に応えたい。

キスは濃厚だったが、それは当然愛情ではなく通信の一種だった。

トモキはカラスの巣から目隠しをして路上に放り出され、すぐさま無人タクシーを拾って繁華街に向かった。

追っ手がいることは明白だった。

黒塗りの旧式のガソリン車がついてくる。

無人のロボットタクシーのリアシートに身を沈めてキスの余韻を思い出しながら、そっと口の中の小さな紙片を取り出す。

(この紙がなければもっと柔らかかった筈)

アホな感想ばかりが出てくる。

真面目に目をこらす。

2桁と3桁の数字の組み合わせが4つ並んでいる。IPアドレスだ。

持てる限りの記憶力で覚える。

3回頭の中で復唱する。覚えた。

スマホがあれば早速検索するところだが、もちろんカラスたちに取り上げられていた。

無人タクシーは高速道路に入る。

電気自動車の加速はガソリン車よりも優れていた。10分も走ると、黒塗りの車が見えなくなった。

トモキは高速をおりて、最寄りの繁華街で車を降りてカフェに飛び込む。

雑多な空間に目をこらす。

若い男女がふざけている。

そこだ。

トモキは躊躇せず、女がおいている机上のスマホを手に取って走り出す。

後ろから悲鳴と怒号がおいかけてくる。ダンスフロアを上ってソファの後ろに隠れてスマホを操作する。

案の定、ロックはしていない。

無数の不特定多数からのSNSメッセージを見て、すぐに返信しないと落ち着かないネット依存症にはこういう手合いが多い。

一気に検索をして、さっき覚えたIPアドレスを打ち込む。

画面に反応はない。

検索結果もでない。

ソファが乱暴に押しのけられた。

怒り狂った男がトモキの顔面にパンチを繰り出して、そして。


「危ないところだったね。どうぞ」

男が丁寧な口調でハンカチを差し出す。

口の端がキレてしまったのか血の味がする。

綺麗なハンカチをわざと汚すように、ぐいと血をぬぐって男に返す。

母親はきっと信じないだろう。1日で3人の男にそれぞれ監禁されたってことを。

「じゃあ、いいかな。それでどういう状況なのか教えてくれるかい」

音無分析官は、めったに狼狽などしないのだが、この目の前の少年の話には驚きを隠せなかった。

カラスというテロリスト集団のこと。

神としてのAIの話。

そして謎の男、レイの存在。

全部作り話と思いたかった。

しかし彼がカフェで盗んだスマホから検索したIPアドレスがその話が本当だと告げていた。

「ハニーポットのアドレスをどこで知ったんだい?」

音無分析官は職業上、様々なサイトやIPアドレスにアクセスすることが多い。

こちらの探索に対してはほぼ100%逆探知をされる。

あわよくばネットの向こうの好敵手のリソースを盗もうとしてくるのだ。

もちろんアドレスは多段構成になっているし、通過させないような設定も万全だ。

ただし、ある程度の知識があるクラッカーならばそういった障壁を乗り越えることができた。壁をこえるようなジャンプをしてくる手合いには、着地地点に掘った落とし穴が待ち構えている。

それがハニーポットだ。

さも重要そうなデータが、ちょっとした壁の向こうに隠されている。

もちろんその情報は全部ダミーだ。

全く価値などない情報なのだが、侵入者にはそれが分からない。

そういう風にみえるような工夫がされているからだ。

解読できなさそうなパスワード

(本当は総当たり方式で解読できる)

重要そうなファイル名称

(本当は存在しない”社内秘”資料)

閲覧することで得られる機密情報

(マルウェアが仕込まれている)

自分だけが知りうる優位性

(すでにこの段階で逆探知されている)

なにかを手に入れた達成感

(利用不可能にされた自分のファイル)

音無分析官がくみ上げた”多段防御”なる逆攻撃手法はこれまでも多数の成果をあげていた。

ハニーポットの甘い蜜には猛毒が仕込んであるのだ。どの虫ケラもゆっくりと死ぬ。

なのにこの少年か若者か分からないような、間抜けな彼か彼の仲間が、やってのけたらしい。

いったいどうやったのかが皆目見当がつかないが、どうも、その仕込まれた毒を排除し奥深く入りこんできたらしい。

もう少し慎重に話を聞かなければ。

音無分析官はそっと部屋の電子錠をロックした。









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