第11話 ポートアタック

みぃ は自宅に戻った。

レイがそうしろとアドバイスしたからだ。

<君たちに危害が加えられる可能性はほとんどない。なぜなら君たち一人ひとりの属性をもつ者は、神の目からは”死人”になっているからだ。>

つまりこういうことだった。

神は自分の偉業を示すために、生け贄をもとめていた。

対象となる者は誰でもよかったが、神のいうことを聞かない者が、死ぬことで、それを祟りとして世間にアピールすることが目的だという。

「つまり、アタシがあのトイレで殴り殺されていれば、その画像がネットに流れたってこと?気味悪い。」

みぃ はあらためて自分の手足をみた。

当然だがどこも怪我などはしていない。

トモキというヘタレ男子には、なんだかんだで貸しが出来たな、と思った。

「それで、アタシは日常に戻ってどうすればいいのか教えて。死人ってことはアカウントがすべて無くなったの?困るんだけど。」

レイは淡々と告げる。

「死人ってこととアカウント停止は意味が違う。キミのアカウントは全部そのままだ。ただし利用者の属性を書き換えるよう強制的に変換するゲートウェイを経由して通信してもらうことになる。」

レイはみぃ のスマホを取り上げて、なにか操作した。

また見慣れないアプリが一つ増えている。

「これが属性を偽装するアプリだ。普通に使っても問題ない。ネット上には全然違う履歴が記録されるから、その意味ではキミはもうネット上には存在しないことになる。つまりそれが死人ってことだ。」

みぃ にはもうひとつ気がかりなことがあった。

「電子マネーも大丈夫だ。口座はそのまま。同じように偽装アプリで利用者の属性が他人として記録されるから問題ない。」

トモキが横から質問した。

「それにしても口座とか残っていたら、その神とやらにバレると思うけど。」

レイは簡潔に答える。

「そのとおりだ。違和感があるのは間違いないからそのあたりから追跡をかけてくることを想定している。」

(それってどういうこと?)

首をかしげる みぃ に隣にいるカスミが静かに丁寧に聞き返す。

「神からなんらかの接触があるかもしれないってことを言っていますか・・・?」

レイが頷く。

「そのとおりだ。君たちは今、3人が神から見て特殊な存在になっている。ネット上は死人になっているんだが、リアルにつながるもの、つまり、電子マネーや、ネット販売の購入履歴などの活動は引き続き蓄積される。そうするとどうなるか。」

レイがまわりを見渡す。

トモキには理解できる範疇を超えている。

みぃ にもお手上げだ。

カスミの方をふたりは見る。

「わかりました。リアルの方で発生するアクションになんらかの確認をするようなイベントが発生するってことですね。」

レイは多少おどろきながら頷く。

「素晴らしいね。理解力が高い。なんらかの不測の事態が強制的に起こる可能性が高い。その時に、どこから神がアタックをかけているかのヒントが得られるんだ。昔風にいうと逆探知という感じかな。」

カスミは冷静に質問する。

「でも、それっておそらく人間には認識出来ない程度の僅かなイベントかもしれないですよね・・・」

「ああ、そのとおりだ。おそらく、一気にイベントをしかけてくることはないと思う。いわゆるポートアタック程度の接触しかないだろう。」


<ポートアタック>

カメの たろう の甲羅に 文字が躍る。

「ワイが説明します~。ネット上ではいろんな情報が交換されているんやけど、その時には必ず事前に情報を送るよっていう合図が必要になるんよ。そのときに、どういう種類の情報を送るかっていうのを”ポート”っていう数字で識別してから送信確認をするんよね。そのルールを悪用して、どういう情報がそこに送られそうかっていのをサーバなどにこっそり調べにくる最初の手順が、ポートアタックちゅうわけですな。」


「そういう訳なので、君たちのスマホにはポートアタックを検知する機能も追加してある。さきほどの偽装アプリにその機能があるんだ。」

みぃ はなんとなく分かってきた。

「つまりアタシは、いつもどおりにバイトして金を使って生活してればいいのね。そこを怪しんだ神ってのがなんらかの接触をしてくる、ってことか。そのアタックがあれば逆探知できるっていうことで。」

みぃ はニッコリと笑った。

「で、それってバイト代出るの?」


トモキは、みぃ と同じように自宅に戻った。レイはトモキには別のアドバイスをした。

「キミには30万円を稼いだという特殊な履歴があるから、おそらく日常の活動に対してはポートスキャンなどは来ないと思う。位置情報などの大幅な変動、たとえば海外旅行などでもしないかぎり何も偵察の動きはないはずだ。」

トモキはなんとなくほっとしていた。

(神とかの訳の分からないのは嫌だな)

30万円にしても、結局 みぃ の口座に移送されてしまっていたが、逆にそれは安心材料だと思った。

(単なる高校生が1日で30万円稼いだらおかしいからね。)

でも、しかし、それなら みぃ はどうなるのだろう?

彼女は気性も強気で、スタンガンなどで防衛もしているようだが、結局は、女の子だ。

俺と同じであまりアタマがいいわけじゃないし、神からのポートスキャンという接触を待つという異常な環境を「バイト」として割り切っているようだけど、本当は危ないことに巻き込まれているんじゃないか。

ベッドに寝転んで、スマホを見つめる。

レイに スクワッター というアプリを入れられたことで、日常と異なる領域に踏みこんでしまった。

でもそうしないと カラス というテロ組織に殺されていたかもしれない。

何度なやんでも、そこで考えが堂々巡りになってしまう。

レイは敵ではないが、味方ではないのかもしれない。

いい考えが浮かばないまま、無意識にスクワッターを立ち上げて、いつもどおり、ちょっとエッチなサイトを検索してしまう。

いくつかのサイトを、鼻息荒く閲覧したあとで、ふと気づいて「アイドル」「カスミ」なるキーワードで検索してみる。

無数の画像が表示される。

ありふれた名前なのか、さきほどまで会っていた可憐な無口な美少女とはことなる画像ばかりだ。

キーワードに「無口」といれてみる。

かなり結果は減ったが、彼女の画像にはたどり着きそうもない。

彼女だけの属性を示すことば。それが何か。

そのキーワードがあればたどり着けそうな気がした。

そういえば、あんなことを言っていたな。

親のことで苦労したとも。

いくつかキーワードを追加して最後に

「正義」と加えてみた。

急に画像が一つしか表示されなくなった。

トモキは、がばっと跳ね起きた。

ベッドの上に正座して画面をもう一度みる。

そこには一枚の地図が記載されている。

そしてその上に赤い字で

「トモキくんへ」と書いてあった。


カスミは冷静に分析してみた。

みぃ さんは 妙に喜んで、イベントを楽しむようにポートスキャンなるイベントに参加することにしたらしい。

「それはそうとさー、カスミちゃんと連絡を取りたいときはどうすればいい?」

レイのビルの一室で、みぃ は無邪気に質問した。

レイの答えはそっけなかった。

「ネットを使っての連絡はダメだ。神に傍受されてしまう。まず間違いないが、きみたち3人の存在は特異点として彼らに認識されてしまっている。その3人のうち誰かが直接連絡をとるようなログが残れば、これはもう簡単だ。神は罠だと見破って、二度と接触してこないだろう。もしくは。」

カスミは答えを先に口にする。

「神が私たち3人を本当に死人にするってことね・・・」

「でも神とかみんな言っているけど結局はAIでしょ?ネット上の死人には出来ても本当に死人には出来ないんじゃない?」

みぃ の楽観的な台詞に、おもわず悲しくなった。

(この人が死んだら悲しい。)

「残念だが、AIは死人を作ることができる。例えば、タイミングよく信号機を変えれば交通事故。医者のカルテを書き換えて薬の過剰摂取をさせれば医療過誤による不審死。夏なら部屋をロックしてエアコンを停止させれば熱中症だ。」

レイが暗い目つきで説明する。

「ってことは、連絡とったら死ぬってこと?マジ??」

みぃ が大げさな身振りでシュラッグする。

ちょっと顔をあからめて みぃ に カスミが提案する。

「スマホを置いて定期的に会えば大丈夫だと思う・・・」

みぃ も顔をあからめる。

(会ってくれるんだ。嬉しい!)

今が異常な状態なのはよく分かっていたが、それにしてもカスミと知り合えたことは本当に嬉しかった。

(だって本当にタイプなんだもの)

カスミもまんざらでもなさそうなのが、さらに みぃ には嬉しかった。

(まずは仲良くなってから・・)

から・・・ってどうするんだ、アタシは?

瞬間的にいろいろなイメージが浮かんだ。

(いけない。かなりヤバいな。アタシ)

みぃ は無意識に首を振って正気に戻った。

アタシがこの子を守ってあげないといけないのに、変な想像をしている場合じゃなかった。

ふとトモキを見る。

目があった。

トモキも同じことを考えているようだ。

<3人で協力してやるしかない>

仲間にできるのは世界の中でも3人しかいない。なんだかんだでトモキには助けてもらった。

ひ弱さそうだが、なにか芯には強いものを秘めている気もする。

問題はどこで、どう会うのかを決めることだ。

びっくりするくらいそういう計画を立てられないことに みぃ は驚いた。

いつもは約束なんてしない。

SNSで気軽に場所と時間を決めて、ナビに従って集まっていたのだ。

いつでも。どこでも。

便利だと思っていた自分たちの世界観が急に違って見えた。アタシたち、すごく愚かなちっぽけな存在なのかも。

賢いのはスマホとネットとAIだけ。

感傷にひたりたいところだが、レイが厳しい声で宣言した。

「スマホなしでも会うのは危険だ。街中にカメラやマイクがある。防犯用のAIもあるから歩き方だけでも個人が特定される。あともうひとつある。あと30秒でここを撤退してくれ。3人の位置情報にさきほど接触があった。GPSは偽装しておいたが、ブルートゥースなどの近接アドホック通信がハッキングされると全部バレてしまう。3人の距離をあけるんだ。」

レイが厳しい口調で一人ひとりを別のエレベーターに乗せた。

お別れの挨拶も、どこに集合するかも決められなかった。

(これじゃ会えないじゃない)

そもそも連絡先も教えてない。

今時めずらしい有人のタクシーがビルの前にきた。

現金払いというレトロなやつだ。

ナビもなし。

運転手が経験で走るという前時代の乗り物。

そのタクシーで3人はバラバラに自宅に送り返されたのだ。

それでも みぃ はご機嫌だった。

ビルの部屋から強制的に連れ出されたときに一瞬カスミと目があった。

カスミが可愛く瞬間的にウィンクをしてにっこり笑い、軽く頷いた。

超 可愛かった!

それ以上に彼女の知性に期待できると感じた。

(どうやってかは分からないけどきっと会える!カスミちゃんと会える!!)

それは確信だった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る