第9話 告白のお茶会

レイは巧みにお茶を注ぐ。

あたたかな香気が部屋を包み、ひとときの穏やかな雰囲気が醸し出される。

「皆の疑問にひとつひとつ答えたい。」

レイの切れ長のきれいな目がきれいだなと みぃ はぼんやり考える。

「誰がこのアプリを作ったかはわからない。おそらくダークウェブから来たものだ。」

おそらく一番そういうことに疎いトモキの目を見ながらレイが反応を確認している。

指を鳴らすとテーブルの上の立体画像が変わる。そのわかりやすい画面がレイの説明にあわせて的確に移り変わる。

「ダークウェブは匿名で情報を入手できる非合法なサイトだ。誰がアクセスしたか、誰にも分からないから、普通では手に入らないようなアプリや銃器なども入手可能な危険なサイトなんだ。」

(それってこのスクワッターで見れるんじゃないの。ヤバっ。俺、見ちゃったよ。)

あせるトモキの気持ちを見透かしたようにレイが話をつなげる。

「そう、君たちも見たはずだ。みぃ は割のいいバイトと投資先として、電子通貨の換金先をみた。カスミはオーディションの合格のための裏情報。そしてトモキはまあ、よくある男子高校生の興味サイトを見た。それも何回も。」

トモキは顔を赤らめる。気遣いをしてくれたのだろうが、かえって恥ずかしい。

「あー、エロサイトね。どんなの好み?」

みぃ がにやっと笑ってからかう。

トモキは空をにらんでフリーズした。

(そんなの言えるか!女の子の前で)

「ここからは残酷な話になる。」

レイが穏やかだが凄みのある声で告げる。

みぃ も カスミ も レイの顔をじっとみつめる。

「先にいっておくが、君たちの個人情報は全部、私が、保護しておいた。心配しなくていい。今の君たちは”ネット上の死人”みたいなものだ。存在すら検索できない。ただし私と会う前はすでに分析されてしまっているのでどうしようもなかった。」

「分析?」

みぃ が敏感に質問する。

「・・・AIですね。きっと」

カスミが淡々とした口調でつぶやいた。

みぃ は びっくりしてカスミを見つめる。

「わたし 意外とゴリゴリの理系&IT系なんです。」

恥ずかしそうにカスミがみぃにわびるように告げる。

(うぅー。ますます、好み なんですけど。)

カスミに頷きながら みぃは独りで悶えた。

「カスミ の言うとおりだ。基本的に君たちの行動はすべてAIが見ている。そして、君たちはAIに操られている。」

カスミは特に驚きもせず、つぶやく。

「私がオーディションで合格したあとで、プロデューサーに無理やり連れて行かれたんです。黒づくめの衣装の人々の集会に」

(カラス だ。あの暴力的な集団)

トモキはあのときの恐怖を思い出す。

(あんなのと、この可憐なカスミちゃんの接点はないだろうに。かわいそうだったな)

レイは冷たく問いかける。

「カスミ そのときキミはどう感じた?キミのダークウェブの閲覧傾向ははっきりしている。キミには異常な感情がある。たとえば、不正を憎み、正義感が異常に強いこととか。」

皆がレイをみる。

みぃが先にキレた。

「そんなこと他人の好みを見るようなマネしていいのかよ!」

「だから言ったはずだ。ここからは残酷な話になると。気分はよくないかもしれない。だが、今、聞いておいた方がいい。自分のために。」

小さな声が二人の会話を遮る。

「・・・私、不正をする人間がどうしても許せないんです。どうせ、理由も漏れていると思うけど、私が話します。単純に言うと、私の父が会社でパワハラにあって、精神的に不安定になったの。でもなんとか休養をとったり、担当を変わったりして、気持ちを持たせていたんだけど、その相手の上司がクズ野郎だった。パワハラといわれたことを逆恨みして父の悪口をSNSに書き込んだの。見る人がみれば誰のことかわかるように。」

カスミはさらに憂いを深めて続ける。

「それで結局、父は入院しています。いつ復調するかもわからない。今のネット社会は狂ってる。優しい人や人の痛みが分かる人が馬鹿をみるんです。だから私」

黒い情念が可愛い口から絞り出される。

「そんな奴ら、皆死ねばいいと思う。」

みぃ はショックを受けていた。

「そんなのなんとかならないの!ケーサツとかなんかさ!ねえ。そうでしょ!?」

レイが薄く笑う。

「画面をみてごらん。カスミが話してくれた事件を30秒にまとめたものだ。」

カスミは目をふせる。

トモキとみぃは つい 見てしまう。

「ひどい。いい大人がすることじゃない。」

みぃ の言葉がむなしく響く。

「だから、わたし、自分で始末しようとしたんです。アイドルになってお金を稼いで、そういうアンダーグラウンドな世界で、殺し方を学ぼうって。変ですよねやっぱり」

カスミは作り笑いで周りを見渡す。

沈黙。

レイが告げる。

「そうやってカスミがカラスという黒づくめのテロ集団と出会ったのは偶然ではない。全部AIが結びつけたんだ。時間も場所も、そして入団の儀式のターゲットも。」

(それってもしかして)

トモキは答えが分かっていた。

「カスミは、カラスに入団するために、独りで、不要とされた人間を始末する指示を受けていた。」

「そしてそのターゲットが」

「わたしだったのね。」

みぃ も理解していた。

「カスミちゃん 私を殺しに来たのか。なんかヘコむ。」

「ごめんなさい。全部指示をされたとおりだたの。スクワッターが示したとおりの女子高校生だった。みぃ さんが私のターゲットだったの。」

たろう が ゆっくり空中を漂いながらテーブルの上の空間から話かける。

「そのあたりは、ボクがいうわ。簡単にね。だまされたカスミちゃんは、”守銭奴で同級生から高額の利息をとって苦しめている”っていう みぃ ちゃんを殺しにしたんやね。でも、もちろんそれは嘘の情報や。みぃ ちゃんはそんなことはしとらんよ。あともうひとつ。みぃちゃんは、そんなに簡単に始末できる相手やない。高圧スタンガンやら、麻酔針やら持ってる女子高校生なんやから。」

カスミがおどろいて みぃ をみる。

「みぃ ちゃんはダークウェブでそういった非合法なアイテムをたくさん買ってるよね~。ビットマネーであとが残らないように工夫しているけど全部わかってるよ。どれもこれも護身用っていうよりは攻撃的なやつね。19世紀の銀細工とか、アンティークのサイトをみてるけど、もうひとつ偏った好みがあるでしょ。それは」

ガタン。みぃ が立ち上がる。

顔が真っ赤だ。

「今、そういうこと言う?腹立つ!」

(カスミの前では絶対に隠しておきたいのに、かってに人の考え見ないでよ!!)

カスミがそっとみぃの手を握って首をふる。

(話さなくていいよ)

その目には、はっきりとそう書いてある。

「詳細はいわんとこね。まあ、攻撃的っていうのがキーワードやね。そのくらいの理解で充分。結局、ふたりは接触し、カスミが弱い女子高生を始末するはずだったんやけど、結果はご覧のとおり。電撃の勝利や。」

みぃ は たろう をにらみつけた。

(あんたにもいつか電撃食らわしてやる!)

レイが冷めたお茶を全部淹れなおしてくれる。

「君たちの行動はスクワッターを通じて全部集められていた。ブルートゥースの通信で位置情報や他人との接触情報、地図情報、活動情報、さらにカメラと音声で、気分や感情や病気の可能性もわかる。さらに街中のセンサーや支払い情報とも連携しているから、24時間ずっとどこで何をしているか、本人よりも性格に記録して分析している。」

レイはつづける。

「スクワッターってのは本来、”不法占拠”とか”無許可居住者”って意味なんだ。そのとおり、勝手にAIがスマホのパスワードを解除してインストールしてくる。もちろん不正だが、このアプリはさっき言ったような特徴を生かして、君たちや多くの利用者に無理矢理”ラッキー”を引き起こす。そうだな、みぃちゃんにとってはカスミちゃん にであったことかな。それは絶対に人間の能力だけでは出来ないことだ。」

「でもそれはカラスに命令されて来たんだから偶然でしょ?」

みぃ は納得しない。

レイが頷く。

「ああ、今度はこちらが告白しなくてはいけない。君たちの出会いは、スクワッターの悪質な”意図的な出会い”なんだが、さらにそれを私が改変したんだ。」

トモキはなんとなくわかっていた。

カメロボットの たろうが急に”出動やで~”と言い出したことの不自然さ。

あれは全部先が読める奴の考え方だった。

「スクワッターにとって一番大事なのは、奇妙にきこえるかもしれないが信頼感なんだ。絶対にラッキーが訪れる。そうなれば大量の利用者が、自発的に毎日使ってくれる。そうすれば彼らはたくさんのセンサーを世の中に送り込めるし、それを利用できる。つまり」

カスミが淡々とつぶやく。

「でっちあげのラッキーイベントを無理やり作り出すんですね。AIが。」

レイがうなづく。

「カスミちゃんは飲み込みがいい。そのとおりだ。いくらAIが優秀で大量のデータ分析からある程度の予測ができるとしても、未来を決定するには人間の行動は気まぐれすぎるんだ。だから、イベントを強制的に発生させてその人間を洗脳する。誰だって目の前で奇跡が起これば神の存在を信じるようになる。まして奇跡がなんども起これば、それは当たり前になる。神はいるんだ、とね。」

レイの話はほんとうに聞こえる。

カスミは落ち着いた様子でお茶を啜る。

「トモキは、あの晩、好みの女の子と夜の公園で出会うはずだった。そのイベントをAとしよう。そして一方で、同じ公園でカラスというテロ集団の制裁活動が予定されていた。このイベントをBとする。カラスの犠牲者はある会社で部下をイジメて精神的に追い込んだ中年男性だ。」

カスミがはっとしてお茶をテーブルにおく。

「イベントBは、多数の若いカラスのメンバーに指示が出されていた。そして特殊な武器で中年男性を撲殺することに成功した。」

画像が映し出される。

さきほどSNSで悪口を書いた男、カスミの父を追い込んだ男だった。

「この男性はあまりに多くの恨みを買っていた。カスミちゃんだけじゃない。巧妙に法律に触れない程度のひどい言動で多数の部下や関係者を追い込んでいた異常者だった。」

カスミは空中をみつめる。

みぃ は心配そうにその横顔をみつめる。

(死に神ってこんな美しい顔をしているに違いない。)

みぃ は急にそんなことを思った。

「今は、その是非は問わない。言いたいことはイベントAとBは無関係ってことだ。それを誰かが、むりにねじ曲げてつなげてしまった。」

カメの甲羅モニターに言葉が映る。

<セッションフィクセーション>

「ネットのセキュリティ用語やな。処理する手順に全部番号があって、その番号がおなじものが同じ処理すべきものなんやけど、そのAとBを同じってことにしてだます方法や。」

みぃ がはっとしてつぶやく。

「その話ってもしかして、あたしとカスミちゃんの出会いも同じ?」

「そうそう。いい勘しているねぇ。そのとおりや。イベントCとイベントDってのを混線させたんや。イベントCってのはカスミちゃんのカラスからの指令で、イベントDってのはみぃ ちゃんの学習塾バイトが急に入ったことや。みせてみい。」

たろうが みぃ のスマホの学習塾アプリをみる。

「この生徒、実在せえへんよ。AIが作った嘘の生徒。けっこうリアルやろ。生意気なこといったりせんかった?可愛い生徒役もAI。実在しません。スライム先生が一生懸命おしえてあげてたのにね。ごくろうさまですぅ。そんで、いい儲けになるって思ってトイレの個室に駆け込んだでしょ」

みぃ は唖然とした。

「じゃあ、なに?このバイト代嘘なの?」

「いいや、もらえるよ。電子マネーで。そういうのもAI得意やから。」

(え、ちょっと待って。彼氏ができたからバイトもしようと思ったのに。もしかして彼氏ってのもイベントなの?)

レイが穏やかに告げる。

「心配しなくていい。スクワッターが指示しているものは全部が嘘のイベントじゃあない。でも、さっき教えたセッションフィクセーションっていう方法で、彼らは人間の気持ちを一気に変えようとする。強引だが効果的だ。」

別の画像が映し出される。

「そういった無数の人間の無数のアクションを悪用して都合のいい”事実”を作り上げる。トモキは公園で死んでいただろう。後付けで制裁されるべき悪人として」

トモキの架空の悪の所業が画像として写される。チケット詐欺の常習犯だ。

「トモッキー 実際、30万円もうけたしな~」

たろうが嬉しそうにまぜっかえす。

「その30万円は みぃ ちゃんの口座に入れといた。協力代として約束したしな」

みぃ は自分の電子マネー口座をスマホから見てみる。

塾バイトとなぞの団体の調査協力費なる30万円が入金されている。

思ったより嬉しくない、このきもちはなんだろうか。

「私は、そういった不自然な流れをチェックしている。特にあやしい動きを嗅ぎつけることができる。恩着せがましく聞こえたら許して欲しい。君たちをAIの神の生け贄から救い出したのは私だ。それは事前事業ではない。私に協力してほしいんだ。それは君たちにしかできない。君たちのような”ネット上の死人”にしかできないことなんだ。」

みぃ は 厳しい目つきでレイを見る。

カスミが冷静に質問する。

「でも、なぜあなたなんですか。なぜあなたが責任を感じたようなことを言うんですか。」

トモキも同感だった。

レイはまだなにかを隠している。

「そうだな。それをまだ言っていなかった。このスクワッターやダークウェブでAIの神を作ったのは私の兄なんだ。そして兄は私の最愛の女性の技術と心を盗んで、このひどい事態を引き起こしている。」

みぃ が聞く。

「女性?」

画像がうつる。

聡明そうな、それでいて柔らかい雰囲気の黒髪の女性。

「彼女が私の最愛の女性だ。そして一番私がやりたいことは行方不明のこの女性を助け出したい。兄の作り上げた牢獄から。」

カスミが聞く。

「どうすればいいの。私たち。どうせ日常生活には戻れないようだし。」

みぃ が同意をしめすように頷く。

たろうのおどけた声が聞こえる。

「せやから チーム プロシージャ1 ってゆうたやん。みんなで解決しようやないの。この難局を。」

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