第8話 プロシージャ

トモキは自分が女の子2人に脇から支えられているのが恥ずかしかった。

ひとりはカワイイかんじ。

もうひとりは小柄な美少女だ。

うまく言葉がでない。

というか、体がゴムのようにぐにゃぐにゃしている。

かわいい女の子の名前と特徴は思い出した。

みぃ と名乗る一見おとなしめの彼女は数万ボルトのスタンガンを躊躇なく初対面の男子高校にお見舞いしてくる癖がある。

(まあ、女子トイレに説得にいく僕もどうかしているけど)

カメ型ロボットの たろう が置き土産にしてくれた白いタマゴのようなものは空間映写装置だった。おかげで周りからは壊れたトイレの個室があるだけで、床に女子トイレに侵入した変態男子高校生がいることは全く気づかれなかった。

どうしたものか、彼を失神させた張本人の みぃ は上気した嬉しそうな顔で、もうひとりの黒いセーラー服の美少女とトイレに戻ってきてトモキを連れ出してくれたのだ。

たろう が 楽しそうに語りかける。

「やったで~ トモッキー」

眉をしかめて疑問をアピールするトモキに たろう は上機嫌で 背中のモニターを見せてくる。

(あとで おしえますぅ)

校門までくると手配していたタクシーに乗って、3人と一匹は今日の戦果を語るべく”アジト”に向かった。


そのマンションには見覚えがあった。

カラス という 暴力集団から助けられた時にレイと出会った場所だ。

「トモッキー イヤリングつけてないやん。早う、つけてね」

部屋にはだれもいない。

大理石風の豪華なテーブルと座り心地のよさそうな椅子が4つあるだけだ。

麻雀でもやるかのように3人と1匹がテーブルを囲んで座り、テーブルには立体映像が表示された。

「ほら、みんなトモッキーと手を繋いで」

ちょっとした躊躇。

「みぃ ちゃんはさっき約束したよね?」

はあ、と溜息をついて みぃ がそっけなく手を出してくる。

トモキがおずおすと手を出すと、軽くキレながら みぃ が ガッと握り返した。

「・・・・・・」

美少女が囁くように たろう に告げる。

「ええよ~。カスミちゃんは みぃ ちゃんと手を繋ぎたいんよね。おっけーです。」

白い頬をほのかに赤く染めながら、カスミと呼ばれた美少女が頷いて、しかし、積極的に席を移動して みぃ の手を握る。

(って、なんで コイツまで顔赤くしてんだ?)

みぃ は トモキの視線を感じて、余計に焦る自分を感じた。

はっきり言って、カスミは”どストライク”のタイプだった。女の子が女の子を好きになってどこが悪い?

みぃ は 彼氏ができた自分をどこか冷めた目で見ている意識を常に感じていた。

今日の学校の屋上で、カスミが自分のスタンガンで倒れて、とっさにその小柄な体を支えたとき、その違和感がどこからきていたのかはっきり分かったのだ。

(やばい。あたし この子が好きだ。)

今まで生きてきた中で、一番の感動だった。


急に声が聞こえてきた。

レイの声だ。3人のアタマの中に直接きこえてくる。

(今日はみんな大変だったと思う。)

みぃ はびっくりしてトモキの手を離してしまう。声が聞こえなくなった。

あわてて、もう一度手を繋ぐ。

(今、みんながここに集まっているのは奇跡といっていい。)

カスミはおとなしく聞いている。というか、みぃ の手をみつめて下を向いている。

(私はレイといいます。君たちに説明しなければいけないと思ってここにお呼びした。画像とリンクして たろう が説明するので良く聞いてほしい。質問は自由だ。)

トモキがチラリと見ると、たろう は、なんだか嬉しそうだ。まあ実際の本当の感情はよく分からないけれど。

「ほな、説明します。一番説明しやすいので、まずはカスミちゃんのことから話すわぁ あと手はみんな離さんといてね 声がきこえんようになるんで。」

最初の画像が表示されて、みぃ は心臓が爆発しそうになった。顔が赤くなる。

カスミが下着姿でおそらく自宅の部屋にいる。

「はい~、盗撮です。カスミちゃん、キミ、10日前に勝手にスマホにアプリがはいったでしょ」

カスミは無表情でおとなしく頷く。

「それが奴らのあくどいやり方です。スクワッターっていうアプリやねんけど」

(僕はそれ、レイさんにインストールされたけど)

「まあ、トモッキーはあとで説明するんで待っといて」

(くそ、心を見透かされているみたいだ)

「その日から、ラッキーなことばっかり起こったでしょ。例えば」

画像が変わる。今度はトモキもドキドキしてしまう。かなりの刺激だ。

アイドルのような衣装に着替えようとしているカスミの肢体が下からのアングルできわどく切り取られたショットで映る。

トモキの手が ぐっと 握られる。

みぃ は複雑な心境だった。

(ちょっと!あたしのカスミちゃんが!)

「そうです。アイドルグループに応募して受かった時の更衣室での写真です。ちょっと、こんな画像なのはスクワッターのせいなんで、ゴメンね。」

トモキは自分が30万円稼いだことを思い出していた。そういうことか。

みぃ が問いかける。

「あたしの彼氏も?」

言った途端、後悔した。

カスミが悲しそうなまなざしで下から見上げてきたのだ。握った手がほんの少しだけ弱くなったような気がする。

「まあ、そうかもしれんが、みぃ ちゃんはカスミちゃんが大好きなんやろ。そういうことは誤解されるから言わんでもいいよ。」

(ちょっと、何なの。まるで心を全部読めるみたいじゃない!)

大きく見開かれた みぃ の前に画像が高速で切り替えられた。

それは、トモキの、みぃの、そしてカスミの毎日の時々刻々の膨大なスナップショットだった。

「ちょっと、ちょっと、さすがにこれは無い!プライバシーってもんが」

「おい、自宅のトイレの画像は出す必要ある?ないでしょ!スケベすぎる。」

「・・・・・(顔を赤らめる)」

三者三様のクレームは、一体だれに向けられているのか分からないが、嵐のように吹き荒れて、突然しずかに終わった。

みぃ は自分が春に参加した、さくらが舞い散る踊りのイベントのシーンを見ながら思い出していた。

(でも、あのときは楽しかった。)

カスミのアイドルとしての舞台上での活躍しているスナップショット。

皆、なにかの楽しいラッキーを存分に味わったのは事実なのだ。

急にレイの声が聞こえる。

(すまない。私にも責任があることなんだ。キミたちがここにいるのは偶然じゃない。神が仕組んだ戯れだ。)

誰も発言しない。無意識に皆、手をぎゅっと握り合う。

(君たちは選ばれたチームだ。お願いだ。神の祟りを祓う手助けをして欲しい。)

たろう が 背中の甲羅モニターに文字を表示して立体画像の中に飛び込んできた。

プロシージャ1と書いてある。

「チーム名は プロシージャ1!正真正銘の奇跡のメンバーや。リーダーはトモッキーなぁ。リーダーなんか一言どうぞ!」

(え、いや、なんていうか気絶して女の子に抱えられて、え、そんなのでリーダー?)

トモキは思い切って気になっていることを口に出した。

「あのさ、まず・・」

ガタンという音とともに みぃ は繋いだ手を離してガンっとテーブルを叩きながら立ち上がった。

みぃ の良く通る男前の声が、トモキの弱々しい質問を遮った。

「ていうか、おまえら、もっと教えろ。てか、なんだプロシージャとか、さっきからの変な声が聞こえるのとか、なんていうかちゃんと全部おしえろ!」

トモキは自分のいいたいことを簡単明瞭に代弁してくれた みぃ に向かって軽くなんども頷いた。

「おまえも、そういうとこ!リーダーなんだからしっかりしろ!」

カメの甲羅の文字が、静けさの中にむなしくスクロールし続けた。

罵倒されたトモキは軽くフリーズ。

カスミは澄んだ瞳で、うっとりと みぃ を見上げた。妙な静けさが部屋を包んだ。

扉が開き足音が聞こえた。

「すまない。ちゃんと説明しよう」

レイの紳士的な声が空気を震わせて3人の耳に聞こえた。

4つめの椅子があった理由が分かった。

どこかで嗅いだ紅茶のフレーバーが気持ちよく鼻腔をくすぐり、3人にとって生涯忘れられないお茶会が始まった。





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