第4話 OH HAPPY DAY
(今日が約束の日だ)
銅色のセンサーがトモキの脳に直接メッセージを告げる。
カラスたちに殺されそうになったあの晩、
レイとトモキはひとつの契約をした。
トモキはレイの弟子になる代わりに、
レイが言う「正しい神」の力を体験させてもらうことにしたのだ。
それが今日だった。
なんてことはないありふれた日曜日。
天気は悪くない。
「いい天気だけど、それが奇跡じゃないよね」
こちらのメッセージは言葉にするかスマホのアプリから入力するしかない。
トモキはアプリになれるためレイからの指示どおり7日間くらい
しっかり使いこなしてきた。
(じゃあ、はじめるぞ。あとはスマホから指示を出す)
トモキのスマホには普通にはインストールされていない2つのアプリがある。
けーたが入れてくれた「スクワッター」と
レイに入れられた「眼」のアプリだ。
スクワッターは天使の羽を模したデザインの白いアイコン。
文字通り単純な眼のデザインの地味な青いアイコン。
勝手に眼のアイコンが立ち上がる。
画面に指示がでる。
<駅前の黄色のチケットセンターに行け>
(結構、エラソーな指示だな)
それでもトモキは素直に家を出る。
精一杯おしゃれしてみた格好だが、どうみてもガキ丸出しのファッションだ。
ただし片耳につけた銅色のイヤリングがちょっと違和感がある。
画面にはご丁寧に地図と進む方向が示される。
(まあ、当たり前の機能だな)
ウィンドウの周りの色が緑に明滅している。
急にその色が黄色に変わる。
<その角の自動販売機で電子マネーで飲み物を買え>
たしかに角にありふれた販売機がある。
おとなしく飲みたくもない飲料を電子マネーで買った。
画面の表示が赤に変わった。
「これは飲んでいいの?」
レイからの答えはない。画面はまた、チケットセンターを示している。
一口その見慣れない飲料に口をつけてみた。
どうってことのない味だ。
特にイベントが発生することはなく、チケットセンターについた。
画面は緑のままだ。
「なにも起こらないよ。」
小声でクレームを言ってみる。
(画面の指示に集中しろ)
レイからのそっけないメッセージが頭の中に響く。
急に画面がイエローになった。
誰かがチケットセンターに入っていく。
残念ながらそれは美女ではなく、冴えないオッサンだった。
<店内で、アイドル〇〇のコンサートのチケットを買え>
(そんな人気コンサート売ってないでしょ)
画面が赤に変わった。
あわてて受付の人に聞く。
「〇〇のコンサートチケットありますか?」
「ああ、ちょうど今入荷しました。お客さんラッキーですね。」
さきほどの冴えないオッサンが店から出ていく。
店員が笑顔で会釈をおくる。
オッサンはなじみのチケット転売ヤーなのかもしれない。
「ええと、これスゴイですよ。SSアリーナの最前列中央!2枚」
そういうことに疎いトモキでもその凄さはよくわかる。
けーたがいつも手に入らないと騒いでいるコンサートなのだ。
C席だってほとんど市場に出てこないのに。SSとは!
「2枚で18万円ですね。」
トモキはひっくり返りそうになる。そんな金はない。
ぎこちないく店員に作り笑いをしながらスマホを盗み見る。
画面には<電子マネーで払え>と表示されている。
絶対にそんな金額はチャージしていない。
さっきの飲料代だって本当は惜しいくらいビンボーな高校生なのだ。
(ええい。ヤケだ。)
トモキはスマホのIC機能で電子マネー支払いを申し出る。
店員が笑顔でICリーダーを差し出す。
聞こえてきたのは軽快な課金処理の終わった音だった。
「はい。確かに頂きました。」
店員はテキパキと高価な2枚のチケットを包装してくれる。
胸がドキドキする。
違法行為なのかな。絶対に自分は18万円は持っていない。
ドギマギしているトモキを無視するように
画面には容赦なく次のメッセージが出る。
<店の外に出て、白い車に乗れ>
ぎゅっと手に高価なチケットを握りしめて、店外にでると
たしかに白いバンが止まっていた。
きれいな女性がバンから降りてこちらに来る。
「こんにちは。ちょっといいかな?」
バンのなかは思ったよりも広く快適だった。
きれいな女性はテレビ局の取材スタッフと名乗り、
”行き過ぎたチケットの高額転売について”トモキに意見を求めてきた。
スマホの画面は赤く明滅しているが、
その内容は無情にもこれだけだった。
<勝手に好きなことを話せ。ただしチケットの値段は言わないこと>
(こういうの苦手なんだよな)
女性スタッフの後ろには男性スタッフも居て、そのモニター画面には
動画サイトの映像が映っている。
有名人が金にモノをいわせて、一般人では買えないような高級品をどんどん買って悪ふざけをするシーンがなんども再生されていた。
なるほどそういうことデスネ。
「はい。高すぎると思います。」
小学生か、と自分でツッコミたくなるほどの下手さだ。
しかしきれいで優秀な取材スタッフの女性が見事に誘導してくれる。
トモキは、はい とか そうですね。だけを繰り返していたのだが
5分もしないうちに結論を出してくれたようだ。
「なるほどね。内容は言えないけれど高校生にしては払えないような高額な代金をなんとか捻出して、その2枚のチケットを買ったのね。」
優秀なビジネスマンにありがちなのかもしれないが、
相手の言い分を解釈して勝手に役割を決めてくれたようだ。
ビンボーな高校生⇒カワイソウ。悪い大人たちの犠牲者。
チケット転売者⇒純粋な高校生に漬け込む悪い大人。
トモキはスマホの指示どおりなにも話さなかったのに
取材費として高価なチケットが買い上げられた。
「じゃあご協力ありがとうございました。」
バンから降ろされたトモキの手元には有名なテレビ局の名刺が1枚と
30万円が残った。
家を出てまだ15分もたっていなかった。
(どうだい。時給にすると悪くないだろう)
レイの冷静な声が聞こえて、急にトモキは恐怖を感じた。
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