第3話 セッションフィクセーション

トモキは完全に場違いだった。

片手にスマホ、片手にウキウキの出会いを求めてたどりついた公園は

殺戮空間であった。

足がすくんでかなり手前で動けなくなったのが幸いした。

10メートル先ほどに異常な景色が展開されていた。

深夜の街灯が僅かに照らす空間は、平和な憩いの場所ではなく

邪悪な信奉者が熱心に贄を捧げている神殿のようだ。

白髪まじりの中年男性が、複数の黒い外套を羽織った複数のモノたちに

四方八方から暴行をうけている。

男は不敵な顔で気合を保つように周りに睨みをきかそうとしたのだが

かえってそれが裏目にでた。

黒い外套の異形のモノたちは、明らかにヒートアップした様相で

手にした長物を何度も執拗に振り下ろしはじめた。

何回目かで、嫌な音がして、哀れな獲物が路上の汚物のように崩れ落ちた。

(やばい、やばい、次は、次は俺が狙われる?)

ぐいっと急に手を引かれた。

恐怖で息ができない。

口を手が襲い、強力な力でトモキはビルの一角に連れ込まれた。

ささやき声が後ろから聞こえる。

「スマホを出せ」

なるべく刺激しないようにおとなしく渡す。

(次は金で、最後は・・・)

目に涙が出て止まらない。こわい。怖い。

スマホが発する何かの信号音が聞こえたがそれ以上は

もう恐怖は感じなかった。気絶したのだ。


トモキはあらためて室内を見返す。

陰鬱な公園がウソのように思えるほど、ここには

清潔で明るく静かで快適な空気が満たされている。

(どこも痛くない。怪我もしていない。)

「キミは本来、あの場所に来るはずじゃあなかった。誰かに誘導されたんだ。」

「もう一杯飲むか?」

女性のようにみえる華奢な男が紅茶を勧めてきた。

トモキは精一杯平静を装ってカップに手を伸ばすのだが

びっくりするほど手の震えが止まらない。

「涙が出ているぞ」

きれいな刺繍のハンカチが差し出される。

おもわずひったくるようにしてそのハンカチで鼻をかむ。

華奢な男は軽くため息をつく。

「おいおい、それは・・・まあ、いいか」

優雅な身のこなしで、ゆらりと立ち上がる。

左の耳に銀色のイヤリングがきらりと光る。

ほとんどこぼれてしまったカップに

もう一度丁寧に良い香りの紅茶が注がれる。

「気持ちの落ち着くカモミールだ。ゆっくり飲め」

トモキはコクコクとうなづくのが精いっぱいだ。

「それにしてもセンサーもなしで、よくあんな場所に来たな」

男の手の中でトモキのスマホがクルクルと回されている。

(センサー?)

「経験値もほぼゼロで、来れるはずがないんだが」

(経験値?)

急にでてきた、どこか聞き慣れた用語に元気づけられるように

トモキはある可能性を口にしてみた。

「もしかしてさっきのはゲームか何かですか・・?」

男は切れ長の目で、心底あきれたように肩をすくめる。

「馬鹿言うな。現実だ。そしてお前は見てしまった。」

子供のようにくしゃくしゃの泣き顔になってしまったトモキに

諭すように優しく男は伝える。

「だが、お前のせいじゃない。お前はむしろ巻き込まれたんだ。」


きれいな華奢な男はレイと名乗った。

レイの話は完結だが理解は難しかった。

本来は、ああいった場所には「経験値の高い」ものが参加するらしい。

なのになぜかトモキのようなビギナーがその場に参加していた。

「ゲームでいうなら、中ボス面にいきなり経験値5くらいのヤツが来たのさ。」

イヤリングを指先で弄びながらレイは苦笑する。

「当然、瞬殺されていたはずさ。でも俺がキミを見つけた。」

不思議そうに見返すトモキにレイは答える。

「ルールがある。ログがある。そしてその異常値が俺にはわかるのさ。」

(なぜあんな暴力を)

「黒い外套に鳥の面が彼らの外形的な特徴だ。俺はカラスと呼んでいる。」

トモキのスマホに画像が表示される。

「カラスのポータルサイトだ。見てみろ。」

そこには狂信的な言葉が乱舞していた。

・優しきものだけが生き残る

・ゴミのようなモノは駆除すべし

・高いところから常に街は監視されている

あとは残忍な「駆除」の画像が多数アップされている。

(そんなサイト見たら、履歴が残ってしまうのでは・・)

「大丈夫だ。もともとこのサイトにはダークウェブでしかアクセスできない。」

「そして今は、ダミーのプロキシを経由して経路暗号化で閲覧している。」

「まあ簡単にいうと、だれがこのサイトを見たかは正確に特定できない。」

レイが手渡しでトモキにスマホを渡す。

「というわけで、キミのスマホに安全にアクセスできる機能を追加した。」

たしかに見たことのない黒い眼のアイコンが増えていた。

「そのアプリで俺とも連絡できるようにしてある。」

「そして今回、キミが巻き込まれた原因となった『スクワッター』にも盗聴されないように工夫してある。」

(けーた がインストールしてくれた出会いアプリが今回の原因?)

「今回はキミは『おとり』に使われた。」

(誰が?なんのために?)

「狂った神がどこかにいる。俺はその神を殺すために活動している。」

レイは手早く、銅色のイヤリングを取り出すと、トモキの耳に装着した。

「これが『センサー』だ。これからはこれで俺たちはつながる。」

急にレイの声が聞こえなくなった。

そのかわりに直接、脳に声が聞こえるようになった。

(聞こえるだろう。俺がキミをまもる。)

いつの間にかトモキの震えは止まっていた。

カモミールの香りが鼻をくすぐり、なんだか勇気が湧くような気がした。









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