第17話 魔族に加担する者
旧校舎の音楽室ならひとけがないだろう、という亮の提案で、三人はそこへ移動した。
旧校舎は使われることがほとんどなく、そろそろ取り壊されてもいいような感じだ。
クーラーは幸いまだ動くようで、亮がリモコンを見つけ出して操作する。
「で、シルフィ。向こうはどうだった? どうしてそんなにぼろぼろになってるの?」
クーラーが動き始めたところで、陽真は尋ねた。
シルフィは、コクンとうなずく。
「ルイシュタルトに戻ったら、思った以上に魔族が徘徊していたの。王宮にまで迫っていて、ばばさまも落ち着いて占うことができないくらいだったわ」
「女王様がいなくなると、そんなにひどいことになるんだね」
「そういうことね。早く手を打たないとわたしたち妖精は魔族に滅ぼされてしまう。みんなまとめて封印されて、ずっと出てこられなくなるわ」
「どうしたらいいんだ? ばばさまはなにか言ってなかったのか?」
亮の言葉に、シルフィはうなずく。
「ばばさまはなんとか占ってくださったわ。その結果、魔族がわたしたちを警戒していることがわかったの。どうしてそうなったのかはわからないけれど、邪魔をする何者かがいるっていうのは確かね」
「そうすると、邪魔をするその何者かを見つけ出さないと、今後も警戒されて退治ができないんじゃないのか?」
「そうね。退治をしようとしても、魔族が警戒しているから、束になって襲い掛かってくるとかされたらわたしたちの命が危なくなるわ」
「じゃ、どうすればいいの?」
困惑する陽真に、シルフィは言う。
「まずは魔族の動向を探るのよ。邪魔をしている何者かをつきとめて、その何者かを先に退治するなりすることね」
そのとき、ガタリと音楽室の外で物音がした。
「誰だ!?」
亮が鋭く声を飛ばす。
けれどそのときには、タタタタ……と駆け去っていく足音がするだけだった。
亮も陽真も音楽室の外に出てみたけれど、もう人影はない。
「話、聞かれちゃったかな」
「十中八九、聞かれたって考えたほうがよさそうね。わたしも疲れ切っていたから注意力が散漫になっていたわ。まあ一般生徒にならわたしの姿も声も聞こえないはずだから、陽真と亮の声しか聞こえてはいないと思うけれど……それでもこんなこと、二度とあっちゃいけないわ。わたしはもっと女王様の使いとしての自覚を持たないと」
シルフィが悔しそうにうつむく。
陽真は、そんなシルフィを慰めた。
「大丈夫だよ。わたし、がんばる。きっとルイシュタルトもこの世界もよくなるよ」
「そうだな! 俺ももっとがんばる! だから落ち込むな、シルフィ!」
シルフィは「そうね」と微笑んだ。
「ここで落ち込んでも仕方ないものね。よーし、今日からは邪魔している何者かを探し出すわよー!」
「おー!」
シルフィは空元気というものを使っている。
陽真はそう思ったが、でもいまのシルフィにはそれが必要だ、と思った。
むりでも、笑顔をつくっていれば自然と幸福が寄ってくる。
ちいさなころから、陽真の母はそんなふうに教えてくれた。
陽真もそう信じている。
つらいときこそ、笑おう。
いまのシルフィのように。
***
放課後になっても、「亮の彼女」の陽真を見物に見る生徒が絶えず、陽真はなんとなく居心地悪かった。
亮のサッカー部での練習が終わってから行動を起こそう。そう三人で決めていたから、サッカー部の活動が終わるまでは教室で読書をしていよう、そう思ったのだが……甘かった。
「ほら、あの子よ」
「えー、なんか想像と違うー」
「湯川くんの彼女っていうから、すっごくかわいい子だと思っちゃってた!」
……こんなささやき声が聞こえる中、まともに読書ができるわけがない。
駒子も由貴も、
「あんなの気にすることないよ。堂々としていればいいんだから」
「そうだよ、陽真ちゃん! いずれみんな慣れるから、それまでの辛抱だよ」
と言ってくれるのだが、……すでに耐えられそうにない。心が折れてしまいそうだ。
こんな形で目立つことに慣れていない。もともと目立つこと自体が苦手だから、なおさらきつい。
ああ、早く帰りたいな。早く魔族に力を貸している「邪魔者」探しに行きたい。
そう思っていた矢先──。
「よ、お待たせ!」
亮が鞄を持って教室に戻ってきた。
「え? 湯川くん? なんで?」
亮はきちんと制服を着ている。部活動のスタイルではない。
亮は、ふふっと笑った。
「これから一ヵ月だけ、家の事情で部活動ができませんって顧問の先生に伝えてきた。勝田(かつた)先生、話がわかる人だからさ。しっかり家のことをするんだぞってだけ言って、承諾してくれた。だから、これから最低一ヵ月のあいだは部活を気にすることなく行動ができる」
駒子も由貴もいるから、決定的な言葉はさけていたけれど……。
シルフィは、
「そこまでしてくれるなんて……ありがとう、亮!」
と感極まっている。
「でも、サッカーの腕が鈍っちゃったりしない? 大丈夫?」
そう心配する陽真に、亮はまた笑ってみせた。
「大丈夫! 自主練は家に帰ってからみっちりやるから。多少みんなより遅れをとるかもしれないけど、すぐに追いついてやるからさ」
亮って、なんて頼もしいんだろう。
改めてそんなふうに感動してしまう。
トクン、と心臓が音を立てたが、いまの陽真にはなんの音か理解しかねた。
だけど、いやに気になる音だ。
トクン、トクン、と少し早く鼓動を刻んでいる。
こんなこと、いままでになかったのに。
わたし、心臓の病気かな……?
いやいや、いまだけのことだろう。
きっと亮があまりに頼もしくて感動したから、心臓も興奮しているんだ。
そう考えると、納得できる気がした。
「さすが湯川くんだね」
「ほんと! 湯川くん、彼女との時間を大事にしたいくらい、陽真ちゃんのことが好きなんだね!」
駒子と由貴もそれぞれに感嘆したようだ。
駒子は事情を知っているが、由貴は知らない。だからそう思われても仕方がない。
「陽真ちゃん、湯川くんを大事にね!」
そうガッツポーズをする由貴に、苦笑いを返すしかなかった。
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