第16話 因縁
亮に彼女ができたという噂は、瞬く間に広まった。
その日のうちに、学校中の生徒たちに広まってしまった。
休み時間などに「彼女」である陽真を見物にくるものだから、陽真は気持ちが休まらない。
駒子や由貴が「気にしないほうがいいよ」「こういうのは楽しんだもの勝ちだよ」と言ってくれるし、なにより亮が一番楽しんでいる。
休み時間のたびに陽真のそばにきては、にこにこ笑っていろいろ話しかけてくるのだ。
昼休みも亮が真っ先に陽真のところにやってこようとしているのが目の端に映った──そのとき。
「はー、疲れたわー!」
聞きなれた声が耳に届き、陽真は声のほうを振り返った。
すると、そこにはシルフィの姿があったのだ。
だけど、様子が尋常じゃない。着ているワンピースもぼろぼろに薄汚れていた。羽にもなんなだか艶か感じられない。
「シルフィ!? どうしたの!?」
思わず声を上げてしまった陽真だが、シルフィは「シッ!」と人差し指を口に当ててみせた。
「気をつけて。わたしの姿も声も、あなたと亮と駒子にしか聞こえないんだから」
「そ、そうだったね」
シルフィが許可した人間にしか、シルフィの声も姿もわからない。だからいま陽真は、はたからみたら、なにもいない空間に向かってわけのわからない言葉を言ってしまったことになる。
幸い気づいた人間はいないようだったが、これからは気をつけようと、陽真は心に誓った。
「場所、変えようか」
そのころには陽真の席に来ていた亮が、小声で言う。
「そうしましょう。なるべく人がいない場所がいいわ」
「じゃ、こっち」
亮について陽真が教室を出て行こうとした、そのとき。
「待ちなさいよ」
ちょっと恐い感じの女生徒の声がして、陽真は足を止めた。
振り向くと、クラスでもリーダー格の女生徒、高梨(たかなし)玲子(れいこ)がふたりの取り巻きとともに腕を組んで立っている。
亮がクラス全体のリーダー格だとしたら、高梨玲子は女生徒のリーダー格といった感じだ。
(うわぁ、いやな人に目をつけられちゃったなぁ)
高梨玲子は前から亮のことが好きだと公言していて、亮に少しでも近づこうとする女生徒に文句を言ったり「ぼっちにさせるわよ」と脅したりして追い払っているのだ。
亮が彼女だと公言している陽真を、見逃すはずはなかった。
冷や汗いっぱいの陽真に、高梨玲子は言った。
「わたし、あなたが亮の彼女だって認めることはできないんですけど」
「なによ? このいかにも悪役キャラっぽい子は」
ふわふわ飛んでいるシルフィがツッコミを入れ、玲子に聞こえるはずがないのに焦ってしまう。
玲子はさらにふんぞり返って続ける。
「だって片桐さん。あなた、地味で目立たなくて成績も特別いいわけじゃないでしょう? 亮の彼女になるには、もっと美人で成績優秀でスポーツもできなくちゃいけないのよ」
玲子は美人だし、成績優秀でスポーツもできる。
まるで自分のことを言っているみたいだ。
いや、この言いがかりには間違いなく亮へのアピールも入っている。
「亮だって、ほんとはこんな子、彼女だなんて言いたくないでしょう? なにか理由があってこんなことしてるんでしょう?」
亮への声音は猫なで声で、その変貌ぶりがよけいに恐い。
けれど、亮はそんな玲子をじろりと睨みつけたのだった。
「謝れ」
「え?」
突然の亮の言葉に、玲子は目をしばたたかせる。
亮は本当に怒っているようで、もう一度、強く言った。
「片桐に謝れ!」
ようやくなにを言われたかを理解した玲子が、「どうして?」と悲劇のヒロインぶった声を出す。
「どうしてわたしがこんな子に謝らなくちゃいけないの? 悪いのは亮に彼女だって無理強いしてるこの子のほうよ?」
そんな玲子に、亮は冷たい視線をやった。
「おまえ、相当性格悪いんだな。おまえがどんなに片桐に失礼なこと言ってるか、聞いてるみんなたぶんわかってるぞ。本人だけがわかってないなんて、かわいそうだな」
「なっ……!?」
「それと」
亮は、たじろぐ玲子にビシッと指をつきつけて、宣言した。
「俺は好きで片桐の彼氏になってるんだ。今後俺たちのことをとやかく言ったら、俺、もうおまえとは口きかないからな。片桐のことこっそりいじめたりとかも論外だから」
「そっ……そんなことしないわよっ……な、なによ、かっこつけちゃって……っ……!」
いきましょう、と完全に怯んだ玲子が言い、付き添いの女の子ふたりも慌てて去っていく。
三人の後ろ姿を見て、ふう、と亮がため息をついた。
「ごめんな」
「え?」
陽真は驚いた。
「どうして湯川くんが謝るの?」
「こういうのも、一応俺の責任だと思うから」
そういうものなのかな、と疑問に思ったが、そういうふうに考えられる亮は本当に素敵な男の子なんだ、と陽真はちょっと感動した。
「湯川くんのせいじゃないよ。わたしのことあんなふうに言ってくれて、ありがとう」
そう微笑むと、亮は照れたようにぽりぽり頭をかいた。
「邪魔者は消えたし、そろそろいきましょうか」
シルフィにうながされ、「そうだな」「うん」と、ふたりは再び移動を始めたのだった。
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