第14話 遊園地に行こう!

「念のため、今日はパワーもだいぶ使っただろうし、昨日みたいに休むことにしようぜ」


 亮がそう言い、陽真も賛成した。

 けれど、家に帰ろうとする陽真を、亮が「待った」と呼び止めた。


「なにも、家に帰るだけが休むことじゃないだろ?」


「え?」


「遊ぼうぜ!」


「ええ!?」


 驚く陽真に、亮はふふっと悪戯っぽく笑う。


「遊ぶことだって充電することになるだろ? 気分転換にもなるしな!」


「あ、遊ぶって、なにして?」


「遊園地! 俺、小遣いをちょっと貯金してあったし、片桐のぶんも出すからさ!」


「え、ええっ!?」


 いいからいいから、と亮は陽真の手を引っ張るようにして、半ばむりやり駅に行った。

 幸い隣の市に大きなテーマパークがあったので、そこまで電車に乗っていく。

 電車の中でも、亮はサッカーの話や、この前終わったばかりのワールドカップの話なんかを話していた。

 だから陽真は飽きることもなかったし、恐さも自然になくなっていった。

 もしかしたらわざと亮はこんなふうに明るくふるまってくれているのかな、なんてことも思ったりした。

 テーマパークの入場券は、陽真もこんなことになると思ってなくてお金をあまり持ってきていなかったので、お言葉に甘えて払ってもらうことにした。


「貯金をおろせたら、絶対返すからね」


「気にすんなよ、俺のわがままなんだし」


「返すから!」


「そんなことより、あれ乗ろうぜ! ジェットコースター!」


「えー!? わたし苦手……っ……」


「俺がついてるから!」


 いやいやいろいろそういう問題じゃないでしょ、と突っ込みどころ満載のふたりの会話。

 シルフィがいたら、からかわれるかもしれないな、と陽真はちょっぴり思った。

 ジェットコースターでは、陽真はずっと叫びっぱなし。

 反して、亮は「すげー!」「サイコー!」とテンション上がりっぱなし。

 それに続いてコーヒーカップにもつきあわされ、陽真はすっかり目が回ってしまった。


「ごめんな、ちょっとやりすぎちゃったな」


 陽真がベンチで休んでいるあいだ、亮はオレンジジュースを買ってきてくれた。

 申し訳なさそうな亮の、そんな顔を見るのは初めてで。陽真は、トクン、と胸が高鳴るのを感じた。

 この気持ち、なんだろう?

 よくわからなかったから、陽真はとりあえず亮に向かって「ううん」とかぶりを振った。


「おかげで恐い気持ち、どっかに消えちゃった。ありがとう、湯川くん」


 そう言っていま残っているだけの精神力を総動員して笑ってみせると、なぜだか亮は赤くなった。

 ぽりぽりと頬をかく。


「そ、それならいいんだけどさ。……ちゃんと休めよ。今度は片桐の好きなものに乗ろうぜ」


「うん! わたし、メリーゴーランドと観覧車がいいな!」


「メリーゴーランドはまだ先にしないか? また目が回るといけないしさ」


「あ、うん、そうだね」


 赤くなってそわそわしながらも、亮は陽真のことを考えてくれている。

 そのことが、なんだかくすぐったくて、陽真はオレンジジュースを一気飲みした。

 そこへ、声をかけてきた人物がいる。


「片桐さんに湯川くん! 偶然だねー!」


 振り返ると、駒子が両親と妹の亜子(あこ)とともに立っている。

 駒子の両親と妹の亜子とは、ピアノ教室に通っていたときに面識があったので、すぐにわかった。亜子はピアノ教室に通っていないのだが、発表会のときなどに駒子の両親と一緒にいたからだ。

 陽真は、慌てて立ち上がる。


「おじさん、おばさん、お久しぶりです。亜子ちゃんも久しぶりだね」


「わー、陽真さん久し振りだね! そっちにいる人、彼氏?」


 陽真たちよりふたつ年下の亜子は、昔からませていた。

 いまも目をキラキラ輝かせながら陽真と亮とを見比べている。

 駒子が、そんな亜子の頭をコツンとやった。


「こら、亜子! 野暮なこと聞かないの!」


「ふたりともやめなさい。陽真ちゃん、ほんとに久しぶりね。元気にしてた?」


 おばさんがにこにことそう言ってくれ、陽真はちょっとうれしかった。

 もしかしたら駒子がいままで、自分のことを両親に話していたら──悪く言っていたら──ご両親はきっと陽真のことをよく思わないだろう。

 けれど、そんなことはなかったようだ。

 駒子は、そんなに性格の悪い人間ではなかった。

 陽真は、考えすぎていたいままでの自分を恥じながら、もう一度ぺこりと頭を下げた。


「はい、元気です。駒子ちゃん、指、治りましたか?」


「ええ! もうすっかりよくなって! いまもね、日曜でも特別に診てくれるっていうから、病院の先生に診てもらってきたの。指が完治してるって、先生もびっくりしてたわ!」


「またピアノが弾けるって、駒子、すごく喜んでたからな。陽真ちゃんも、また一緒にピアノが弾けたらいいな」


 おじさんも、そんなふうに言ってくれる。

 陽真はちょっと勇気を出して、「はい」と返事をした。


「わたしも……久しぶりに、またピアノを始めようかと思っています。お母さんが、ピアノの先生に話をしてくれるって言っていて……」


「ほんとに!?」


 誰よりも早く反応したのは、駒子だった。

 キラキラと目を輝かせ、陽真の手をぎゅっと握る。


「また片桐さんと一緒にピアノが習えるなんて、うれしい!」


「わたしも……桐原さんとまたおなじ教室に通えるの、うれしいな。まだ前みたいに弾けるようになるには、時間がかかると思うけど……」


「うまい下手なんか関係ない! わたしは片桐さんがピアノを弾いている姿が見られるだけで、うれしいもの! 想像しただけでテンション上がる!」


「そんなふうに言ってもらえてうれしいな。ありがとう」


 そのとき、亜子が駒子を呼んだ。


「お姉ちゃん、アトラクションの時間がきちゃうよー!」


「はいはい、いま行くよー」


「あ、でもせっかくだし、陽真さんと記念写真撮ったら? 陽真さんの彼氏さんも一緒に!」


 陽真と駒子は顔を見合わせた。駒子がふふっと笑う。


「撮ってもらおう?」


「うん!」


「俺もいいのか? さすがにお邪魔だろ」


 亮は遠慮したが、駒子が、


「せっかくだし、みんなで撮ろうよ」


 と誘ったら、


「じゃ、遠慮なく」


 と、うれしそうに陽真の隣に陣取った。


「じゃ、撮るぞー」


 駒子のお父さんが、デジカメで写真を撮ってくれる。

 陽真を真ん中にして、向かって右が駒子、左が亮。

 カシャッと音がして写真が撮られると、プレビューを見たら、みんないい笑顔をしていた。


 陽真も写真は苦手なほうなのだが、いまはリラックスできていたらしく、変な顔になっていなくてほっとした。


 きっと駒子にピアノのことを喜んでもらえて、うれしい気持ちが全面に出たのだろう。

 写真を現像したら、すぐに渡すから、とおじさんに言われ、陽真は駒子たちと別れた。

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