第15話 新しい風
「片桐、体調のほうは大丈夫か?」
亮が尋ねてきて、陽真は「そういえば」と自分の体調のことを思い出した。
それくらいだから、もう全然平気だった。
「なんだか、すっかり気分がよくなったよ。いろいろありがとう、湯川くん」
「俺、なんにもしてねぇし」
照れくさそうに亮は言い、「よし」と気合の入った声を上げた。
「最後に観覧車、行くか!」
「うん!」
観覧車ならゆったりしているし、ここのテーマパークからの眺めはきれいだし、陽真も好きだ。
小学校のころ家族できたことがあるけれど、観覧車には絶対に乗ることにしている。
そこそこ人は並んでいたけれど、ぎりぎり陽真と亮も乗ることができた。
ガクン、と音がして観覧車が上に昇っていく。
だんだん視界が広くなってきて、地上が遠くなっていく。
「大丈夫か? 高いところ、苦手だったりしないか?」
向かい側の席で、亮がそう優しく尋ねてくれる。
陽真は「うん」とうなずいた。
「高いところは苦手だけど、観覧車ならなんでか昔から平気なんだ」
「そっか。思いっきり高いから逆に平気なのかな」
「そうかもしれない」
時刻はもう夕方すぎで、きれいな夕焼けが見えている。
オレンジ色に照らされた街並みが、ため息が出るくらい美しい。
「きれいだね」
「うん」
亮も見惚れたようにそう言い、けれど次の瞬間、「ん?」と首を傾げた。
ある一点を指さす。
「なあ、あそこ。あそこだけなんか、黒いもわもわってしたものが空中に出てないか?」
「え? あ……ほんとだ」
その方向を見てみると、確かに亮の言うとおりだった。
住宅街のほう、ある一区画が黒いシャボン玉のようなものに包まれているのだ。
「あそこって……ひまわりが咲いた鳥居があるあたりだよな」
「うん。……魔族が集まってるっていう、証拠なのかな」
「かもな。こうして見ると、ほんとに害されてるってわかるな」
「うん」
陽真は、ぎゅっと拳を握っていた。
恐かったからもあったし、これからもっとがんばらなくちゃ、と奮起したからもある。
それを見て亮も、うなずいた。
「がんばろうな。これから、もっともっと」
「うん。がんばろう」
こんなにきれいな景色が汚されることがあっちゃいけない。
陽真は、強く強くそう思った。
きっと、亮もおなじ気持ちだったに違いない。
***
翌日、学校に行くと、いつもどおりではないことがあった。
「片桐、おっはよー!」
亮が陽真の席に歩み寄ってきたのだ。
もう大部分の生徒が登校していたから、それを見た生徒たちがざわついた。
「なんであのふたりが一緒にいるの?」
「特別仲良かったりしてなかったよね? 挨拶だってしてるの見たことないし」
ざわざわ、ざわざわ。
ざわめくこの教室の中の空気、すごく居心地が悪い。
小学五年生のときの、駒子のときのようだ。
陽真が固まっていると、亮が顔を覗き込んできた。
「片桐、挨拶してくれないの?」
そうだ。挨拶されたら返さないと、亮に失礼だ。
陽真は勇気を出して、蚊の鳴くような声であいさつをした。
「お、おはよう……」
おお、とそれだけで生徒たちがどよめいた。
男子生徒たちが、面白がっているのか祝福しているのか、声をかけてくる。
「亮ー! ついに彼女ができたのか!?」
「片桐が彼女!?」
亮は生徒たちに向けてにこっと笑い、大きな声ではっきりと告白した。
「うん! 片桐が俺の彼女になったんだ。細かいことはききっこなしな! いろいろふたりだけの事情があるからさ。みんな、応援してくれよな!」
キャーッと悲鳴を上げる女生徒たちと、わぁっと歓声を上げる男子たち。
「信じられない! なんで片桐さんなの!?」
「ほらほら、いま亮が細かいことは聞きっこなしって言ってただろ?」
「そうそう、女子、野暮なことは言ったりしたりするなよー、亮が哀しむのは俺たちいやだからな!」
男子たちがなんとかそう言ってくれたけれど、女生徒たちはおさまる気配がない。
あとから登校してきた生徒たちも騒ぎの真相を知り、「えーっ、まじで!?」と騒ぎが拡大していくばかりだ。
そのとき、凛とした声が響き渡った。
「わたしはふたりを応援するよ。片桐さんは、わたしの大事な友だちだから」
思わずしん、と場が静まり返るほど、堂々とした声だった。
立ち上がったのは、駒子だった。
いまそう言ってくれたのは、駒子だったんだ──!
陽真は感動に泣きそうになった。
駒子はそんな陽真に歩み寄ってきて、にっこり微笑んだ。
「おはよう、片桐さん」
「おはよう、桐原さん」
陽真も微笑んでそう言うことができた。……やっぱりちょっと涙は出てしまっていたけれど。
「桐原さんまで片桐さんと仲良くしてるって、あり得る!?」
「ないない、いままでそんなの見たことないもん!」
女生徒たちはさらに興奮していたようだったけれど、新たに仲間が加わった。
「陽真ちゃん、おはよう! 桐原さんとも仲良くなったんだね! 友だちが増えてうれしいね!」
そう言って陽真の背中をぽん、とたたいてきたのは、由貴だった。
「由貴ちゃん……おはよう。ありがとう……」
「いままでふたりきりで物足りなかったもんね。わたし、陽真ちゃんにはもっと友だちが増えたらいいなって思ってたんだ。よかった」
由貴は、そんなことまで言ってくれる。
駒子は由貴にもあいさつをした。
「おはよう、酒井さん。よかったら酒井さんも仲良くしてね」
そこへ、亮も便乗する。
「俺も俺も! 仲良くしてくれよな!」
由貴は、楽しそうに笑った。
「もちろん! ふたりとも、これからよろしくね!」
いい友だちを持っていて、本当によかった。
陽真は心から、そう思っていた。
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