第10話 やり直そう
「見られちゃったからには、仕方がないわね。駒子さん、あなたにも事情を話しておくわ」
しかし駒子は、きょろきょろとあたりを見渡す。
「誰の声……?」
「待って。いま、あなたにも姿が見えるようにするから」
そう言うとシルフィは、緑色のステッキを取り出し、スッスッと振った。
キラキラッとシルフィの身体が輝いたかと思うと、駒子は目を見開いた。
「えっ……なに? 妖精……? いや、そんなばかなこと……」
「桐原、おまえいま俺たちがやったこと、見てたんだろ? 紫陽花がいきなり咲いたのも。ばかなこともなにもねぇんだよ」
亮が得意げに言う。
「じゃ、簡単に説明するわね」
シルフィは自分の姿を見せつけるかのように駒子の前に移動し、すべての説明をした。
そして最後に、こう付け加えた。
「もしこのことを口外するようなら、ただちにこれに関するあなたの記憶を抜き取り、処罰します。話が漏れれば漏れるだけ、陽真と亮が魔族に狙われることもあり得るし、女王様の魂の欠片を集めるのも困難になってきますからね。誰にも言わないこと、ふたりの邪魔をしないこと。約束できますか?」
駒子は説明の途中から状況を受け止めていたらしく、うん、うん、と相槌を打っていたけれど、
「約束します」
と、きっぱりと言ってくれた。
「はぁー、よかった! 陽真も亮も最初だから仕方ないけど、次からはこんなことないようにね!」
シルフィが注意し、陽真と亮は声をそろえて「わかりました!」と答えた。
確かに、こんなことが毎回あったのでは危険極まりない。
女王様の魂の欠片を集めていると魔族に知られたら、陽真や亮も狙われかねない。
命を落とすこともあるのかな?
そう考えると、ちょっと恐い陽真だった。
駒子はまだ骨折していた指をいろいろ動かしていたけれど、ぽつんとつぶやいた。
「ほんとになんともないみたい……」
「よかった」
陽真もついうれしくてにこにこしてしまうと、駒子は顔を上げて陽真を見た。
そして、にっこり微笑んだ。
「ありがとう、片桐さん! これでまたピアノが弾ける!」
「うん! 桐原さんが落ち込んでるの、似合わないもん。桐原さんに笑顔が戻ってよかった!」
すると、駒子は照れくさそうにぽりぽりと頬をかく。
「わたし、ずっと片桐さんに嫌われちゃってると思ってたから……そんなふうに言ってもらえてうれしい」
「えっ!? わたしが桐原さんを嫌うだなんて、絶対ないよ! なんでそんなこと思ったの?」
「だって、小学校の合唱コンクールのころからずっと、わたしをさけているようだったから……」
「あ……それは……」
陽真は思い切って、打ち明けた。
「ピアノ伴奏のことで、周りの人にいろいろ言われてたの。だから、そういうのがもういやになって……きっと桐原さんもピアノが絡むと嫉妬したりとかされたりとかするんだろうなって……もう、そういうのがいやになったの。だから……恐くて、桐原さんからもピアノからも逃げたの。ごめんなさい」
頭を下げる陽真に、駒子は納得したようだった。
「そうだったんだ。……あのとき、周りの子たち、けっこうひどいこと言ってたのはわたしも知ってた。なんとなくそれが原因なのかなとも思ったけど、やっぱり嫌われちゃったのかなって……片桐さんがピアノをやめちゃったのもすごく残念だったから……だから、いまこうして話すことができて、すごくうれしい」
「うん、わたしも……うれしい」
陽真も気恥ずかしくなって、うつむく。
その目の前に、手が差し出された。
顔を上げると、駒子が笑って手を差し出していた。
「片桐さん。もう一度、やり直そう? わたしたち、きっといい友だちになれると思う」
陽真も、もう小学生のままではない。あのときのままの、恐がりなだけの陽真ではない。
そう自分を信じて、陽真はうなずいてその手を取った。
「うん! わたしもずっと桐原さんと友だちになりたかった。まだ周囲の子たちになにを言われるかってちょっと恐いけど……なるべく気にしないように努力してみる!」
「そうだぞ! 周りを気にして友だちをなくすなんて、そんなもったいないことあっちゃだめだ!」
ずっとふたりのやり取りを見ていた亮が、明るくそう言う。
亮はきちんとふたりの事情を知らないのに、本当にポジティブ思考だ。
握手していた陽真と駒子は、顔を見合わせ、ふふっと笑った。
「ほんとにそうだね」
「うん、そう思う」
そのとき、家の中から「駒子ー? どこにいるの?」と女性の声が聞こえてきた。
「いま行くー!」
駒子は返事をしておいて、もう一度ぶんぶんと陽真と握手をしてから、手を離した。
「お母さんが呼んでるから、行かなくちゃ」
「わたしたちも、もう庭を出ないと」
「片桐さん、また学校でね!」
「うん、また学校で!」
ちょっと家に戻りかけた駒子だったが、振り返って笑った。
「片桐さん、……わたしまた、片桐さんのピアノが聞きたいな」
考えておいて! と言い置き、今度こそ駒子は家の中に戻っていった。
陽真だって、ずっとピアノを弾きたかった。
だけど、またピアノ伴奏のようなことが起きるのが恐かった。
でも、……またピアノを始めてみようかな。
いまはなぜか、そんな気持ちになれた。
これも、心強い友だちができたからだろうか。
陽真は、シルフィに向けて、言った。
「シルフィ。おかげで桐原さんと友だちになることができた。きっかけをくれて、ありがとう!」
シルフィは、ふふっと笑った。
「あなたの顔、いままでよりずっと輝いてるわよ。それと……ひまわりのチャームに女王様の魂の欠片が入ったわね。見てごらんなさい」
言われてひまわりのブレスレットを見下ろすと──。
「あ……! 青く光ってる……!」
「すげぇ! きれいだな!」
陽真と亮は、同時に声を上げていた。
チャームの真ん中部分、それを囲むようにしてあった透明の七つの石のひとつが、青く輝いていたのだ。
「色が入ったということは、ちゃんと女王様の魂の欠片をここに入れることができたっていう証拠よ。よくやったわね! この七つの石を全部光らせることができれば、無事女王様の魂の欠片が全部集まったっていうことなのよ!」
「うん!」
感極まる陽真と亮に、シルフィは考え込む。
「さっきサッカーボールみたいなものが現れたのも、グランドピアノが現れたのも、あなたたちふたりのそれぞれの『得意なもの』を媒体にしたほうが、より強いパワーが出るからだったのね。さすが女王様の分身のブレスレットだわ」
「ああ、確かに俺、サッカーが一番得意だからな」
「わたしも……いまはやめてるけど、なにが一番得意かって言われたら、いまでもたぶんピアノだから……」
自分の両手を見下ろす、陽真。
「……またピアノが弾けると思うと、なんだか……わくわくしてきた」
「自分の好きなことができるって、すごくわくわくするしうれしいよな」
亮の言葉に、「うん」とうなずく。
本当にそうだ。
好きなことができるって、なんてうれしいことだろう。なんて幸せなことだろう。
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