第9話 一件落着

「気づかれたわ! 亮!」


「わかってる!」


 シルフィの言葉を受け、亮が守るように陽真の前に飛び出す。

 そして、ブレスレットをしたほうの腕を勢いよく振り回した。

 するとブレスレットが黄色く輝き、ふわふわと煙の塊をつくり、大きな壁のようになった。陽真と亮の前に黄色く大きな壁が、守るようにして立っている。

 だが、黒い蝶はふしゅーっと黒いたくさんの矢を吐き出してきた。


「きゃっ!」


「わわっ!」


 矢が黄色い壁を突破し、陽真と亮に突き刺さってくる。

 幸いそれは、黄色い壁の光を受けていたおかげか、すぐにぽろぽろとはがれて行った……が。


「透明のカバーがはがされちゃったわ!」


 シルフィが青ざめる。


「いまのあいつの攻撃で、あなたたちの姿、普通に見えるようになっちゃったわ! 早いところ片付けないと、家の住人に気づかれてあやしまれでもしたら、今後魂の欠片集めがやりにくくなる!」


 そんな……!

 焦る陽真だが、亮は落ち着いていた。


「なあ、俺も半長押ししてるんだけどさ、なんかおもしろいのが出てきた。これ、サッカーボールみたいじゃね?」


 チャーム部分を半長押ししている亮の足元には、確かにサッカーボールのような黄色いボールのような塊ができている。


「で、片桐のひまわりチャームが、これをよこせみたいにピカピカ光ってないか?」


「あ……ほんとだ……」


 陽真のひまわりチャームは、さっき魔族を見つけたときとは別の、ピカピカの点滅を見せている。さっきがファンファンファンなら、いまはピコピコピコ、という感じだ。


「わたしもひまわりのブレスレットをどう使うか、全部は把握してないから……やってみる価値はあるかもしれないわね」


 シルフィが、うんうんとうなずく。

 亮がうなずいた。


「よし! 片桐、いくぞ!」


「わ、わかった!」


 とにかく、急がなくてはならない。躊躇している暇はなかった。

 陽真がうなずくのを見届けると、亮は自分の足元に転がっていた黄色い塊を、「そりゃ!」と蹴った。

 黄色いボールはまっすぐに飛んできて、陽真のブレスレットに当たる。

 ──すると。


「な、なに、これ!?」


 ひまわりのブレスレットから黄色い光がぶわっと広がり、黄金色のグランドピアノが現れた。

 鍵盤のところどころが点滅している。

 黒い蝶は、もう陽真のすぐ目の前まで迫ってきている。

 ええい、イチかバチかだ──!


「花花まわれ 花よ咲け──!!」


 紫陽花よ、咲いて──!

 そう強く祈りながら、陽真は点滅している鍵盤だけを選び、ピアノを弾くように鍵盤をたたいた。

 ジャーン!と澄んだ、でも華やかなピアノの音がしたかと思うと、ピアノからまっすぐに光の矢が飛んで行った──黒い蝶に向けて。


 グアオォォォゥ──!!


 断末魔の叫びを上げながら、黒い蝶は消え去った。

 陽真が紫陽花を見ると、さっきまでしおれていたのが嘘のように、みずみずしく咲き誇っている。


「やったな、片桐!」


「うん……!」


 亮がハイタッチをしてきたので、ついつられてしまったが……恥ずかしがる余裕なんか、なかった。


「……あなたたち、なにしてるの……?」


 怪訝そうな声で話しかけられ、シルフィを含めた三人は、ハッと振り返った。

 そこには、戸惑ったような表情をした駒子が立っている。


「物音がしたからきてみたら、湯川くんがボールを蹴る真似をして、片桐さんはピアノを弾く真似をして……」


 ごくり、と陽真がつばを呑みこむ。

 駒子は、ぎゅっと包帯をした左手を握りしめた。


「ずっと咲かなかった紫陽花が咲いて……そしたら、……指が痛くなくなった……。これって、偶然……?」


 陽真はその言葉に、ほっとした。


「よかった……! 指、治ったんだね! これでピアノ、弾けるね!」


「え……?」


 まだ不思議そうな、でも感極まって涙を浮かべている、駒子。

 急に指を骨折して、さぞかし不安だったことだろう。

 もう指の心配は、いらないのだ。

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