56.〈砂痒〉星系外縁部―12『Trick & Treat―3』

「あ~~、もぉ、ウルサイウルサイウルサ~~~~イッ!!」

 両方の腕をバンザイのように突き上げ、振りまわし、は、声を限りに叫んだ。

 まわり中から寄ってたかって意見され、我慢(?)が限界に達したものらしい。

 何故、オマエがキレる?――その場に冷静な第三者がいたら、そう言ったかも知れないが、全員が当事者である〈あやせ〉の艦橋内部にそんな余裕のある人間はいない。

 ただ、艦長を見つめる視線に呆れや軽侮が混じるだけである。

「いえ、ですから何度も申し上げている通り……」

 しんぼう強く難波副長が、ふたたび口をひらこうとするのを、

お黙りShut up!」と言葉をかぶせて無理無体に切って捨て、

「アタクシ様は、このフネでたった一人の艦長様よ!? そして、艦長ってのは、神様の次に偉いってぇのが世の公理なの! そのことわりつけようたぁ、あんたら一体何様なワケ!?」

 どこかで聞いたことがあるような文句に手前勝手な脚色をくわえ、〈纏輪機〉画面のなかの部下たちの顔をグリッとめまわしながら村雨艦長は喚きちらす。

「ただでさえ、こちとら甘味不足で調子でないし、気分がって仕方がないの! 手なんか、ホラ! 禁断症状がでて、この通りブルブル痙攣してんのよ!? もう、シャレ抜きで、すぐにも人事不省になりかねないってぇのに、ちんたらちんたらブリキ細工相手に懇切丁寧なOMOTENASHIなんてやってられるかっての! こんなツマんねぇ仕事はとっとと終わらせて、んでもって、たらふくお菓子で腹を満たさなかったら、まぢ死ぬわ!」

 鼻息も荒く、言い切った。

「うわ~~」

「子供かよ」

「引くわ~」

「有りえん」

「サイテー」

「軍人失格」

「本気か?」

〈纏輪機〉を通じ、部下たちの漏らす静かな罵声が、艦橋内部をざわめかせる。

「艦長……」

 そうしたなかで、ひとり難波副長は懸命に耐えていた。

〈あやせ〉のナンバー2……、実質的にはナンバー1として、場が今以上にれ、任務遂行に支障をきたすことのないよう、必死に自分をおさえていた。

『ふざけるな!!』――そう怒鳴りつけたい気持ちは、まず間違いなく、今、艦橋にいる人間のなかでも一番つよい筈であったが、とにかく、その衝動に身をまかせることを自分に許さなかったのだ。

(……本当にコレは『演技』なの? 信じていいの? 『素』じゃないのよね? 『英雄』だものね。そうなのよね?)

 そんな疑念が引っ切りなしに頭の中に湧きあがってくるのを打ち消し、しかし、ぶり返すのを否定し、を幾度となく繰り返すこととなったが、流石にそれは仕方がない。

 愚にもつかないたわごとを吐き散らしてやまない彼女の上官は、どこをどう贔屓ひいき目に見ても相応のくそガキだとしか思えなかったからである。

(いや、違う。違う、だ。艦長の言動に意味を見いだせないのは、私の理解力が足りてないから。きっと、そう。――だから、油断しないで。必ずや、ああした態度や物言いには、きっと、裏に何か意味が……、意図が隠されているに違いないんだから……、きっと、多分、おそらくは……)

 どうしても尻すぼみになる思考にかぶりを振って、難波副長は言葉をつづけようとした。しかし……、

「もう、いい!」

 その難波副長の我慢? 心痛? 努力?――呼びかけの言葉を遮るように、村雨艦長は叫んだのだ。

「全艦に告ぐ! 総員傾聴!」

 キンキン声が、コマンドスタッフ各員の座席に組み込まれてあるスピーカーはもとより、艦内令達機からも伝わってきた。

 カフを操作し、音声を全艦通達モードに切り替えたのだろう。

 おさない黄色い声が、全艦に響く。

「こちらは皆の艦長様よ! 全員、耳の孔かっぽじって、よッく聞きなさい! 本艦、第一種戦闘配置は現刻をもって終了するわ! でもって以降、二日間は全艦慰労休暇でみんな休み! 仕事なんかしなくていいから、思う存分ぐーたらしなさい! でも、くれぐれも、休みの間に体調を崩すことのないよう注意するのよ! もし、そんな不届き者がいたら、絶対絶対、人には言えない目にあわせてやるからね! 繰り返す――!」

 突拍子もない事をとんでもない言葉づかいで、そう言ったのだ。

「はぁ……!?」

 難波副長はじめのコマンドスタッフたちは、呆然となった。

 通達を終え、

「じゃッ、そーゆーことで、後はヨロシク!」

 自分たちに向け、敬礼ひとつを送ってくると、とっとと艦橋から出て行く幼女の背中をまっしろになった頭と大口をあけた顔、時間がとまったように動かない身体で見送った――(甘味に)餓えた獣を野に放つ結果となったのだった。

 そして……、

『♪~♫~~♪~♬~~』

 いかにも癒しな楽曲が、BGMめいて、唐突&静かに奏でられはじめたのである。

「まさか!?」

 誰よりも早く、我にかえって、そう叫んだのは難波副長だった。

「外部反応途絶! 全センサーに有意情報の検出ナシ。観測データはゼロを検出。通信、遮断されています!」

 次いで稲村船務長。

「艦内環境監視装置が自動起動。これは……!」

 そして、後藤主計長が絶句し、

非在場ナルフィールド……!」

 艦橋内部に残された人間、全員が、ただしく現状――なにが起きたのかを理解した。

「あ、あのくそロリ婆ぁ……、じ、自分が菓子喰うためだけにナルフィールドを起動しやがった……!」

 そう呟いたのが誰かはわからない。しかし、くの如くにコマンドスタッフたち全員は、自艦……自分たちが置かれた状況を等しく認識したのであった。

『本艦乗り組みのすべての方へご案内します。ただ今、本艦はナルフィールド展張状態下にあります。展張期間は二日間。――のこり四十七時間五四分一二秒です。当該の期間中、一切の不測の事態は生起いたしません。本艦乗り組みの皆様におかれましては、どうぞ期間中リラックスして心安らかにおすごしくださいますよう、ご案内させていただきます……』

 自動起動した艦内環境監視装置が、やさしい声でアナウンスする。

「確定ね……」

 埴生航法長が言った。

「推進剤注入停止。反応炉炉内温度低下。アイドル状態までクールダウンの後、主機停止」

 大庭機関長が続けた。

 あとは誰も言葉も無い。

 虚無感と、それから、何にも増して、怒りが温度を増していた。

「もう、いい……」

 呻き声……、いや、をそのまま形にしたような声が地を這うようにただよった。

 難波副長だ。

 奇しくもソレは、先に村雨艦長が吐き出した言葉と同一だったが、その粘性と温度とが、まったく違った。

 バン!!

 艦橋……、いや、艦そのものが、震動するのではないかと思えるほどの激しさでもって、コンソールの上に拳が落とされる。

 数万Gの加速度にも耐えるとされる頑丈な一品なのだが、さすがに表面にヒビが入ったのではないか――そう思わせるほどの一撃だった。

「もう、いい。あの人のことを信じるだとか信じないとか、私は二度と気に病まない。私たちをテストしたいんだったらすればいい。そのかわり……」

 そう呟きながら難波副長は、やや伏せ気味だった顔を正面に向けた。

 完全に目が据わっている。

「そのかわり、こっちも好きにやらせてもらう。――主計長!」

 怒声という程ではないが、鋭い声で後藤主計長を名指しした。

「は、はいッ!」

「ただちに懇話室へ行ってちょうだい。艦長の相手をするのに、田仲一等兵では荷が勝ちすぎる。御宅曹長も艦長と結託しかねないから、担当者からは外す。――嗜好品をふくむ飲食物いっさいの管理は、あなたがおこない、今後は、あなたが運用するようにしなさい。――船務長、砲雷長!」

「はいッ!」

「うぃっす」

「ナルフィールドの運用管理権限を元に戻せないか、調査・実行作業をおねがい。砲雷長は、対空戦闘運用態勢を現状のまま維持した上で、可能なかぎり船務長に協力しなさい。――航法長、機関長!」

「は、はッ!」

「イエス・マム」

「ナルフィールド解除後にそなえての航路算定、また、咄嗟とっさ加速をふくむ戦闘機動の準備をしておくように。可能であれば、本艦周辺空域に漂遊していた索敵機雷群の動向解析も実行のこと。――飛行長!」

「はッ!」

「すまないけれど、私の自室に行って、私物ロッカーから持ってきて欲しいものがある。物品リストは携帯情報端末タブレットにおくる。なに、そう大したものではないが、この件を処理するのには最重要の品となるだろう。頼む。――情務長!」

「はい」

「念のため……。念のためだが、艦長の言動から想定できる有意事項と、及び、それに基づく今後の対応とを検討してみてほしい。それによって最終的な見極めをおこないたいと考える」

 その場のすべての要員に対し、指示を出し終えると、難波副長は、それでおしまいとばかりにパン! と手を鳴らした。

「行動開始!」

「はッ!!」

 一同、声のそろった応答後、〈あやせ〉艦橋内部は、慌ただしさを増し、ふたたび動きだしたのだった。

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