55.〈砂痒〉星系外縁部―11『Trick & Treat―2』
〈あやせ〉が減速航程にあるなか、異常に気がついたのは埴生航法長だった。
「本艦減速航程、制動噴射開始よりTプラス二〇〇。経過状況は順調。艦軸線に偏差ナシ。減速率……、え……?」
眼前のコンソール上に目をはしらせながら、減速航程の状態チェックをしていたところ、ふいに眉をひそめる事となったのだ。
「減速率がおかしい。想定よりも大きすぎる。え? どうして……?」
口許にもってきた手で呟きをおさえるようにしながら、それまでよりも更に目を凝らしてディスプレイ上のデータを注視してゆく。
「機関長、主機の動作状況について精測レポートをお願い」
同僚にそう呼びかけた。
「?――了解」
言われて大庭機関長は小首をかしげたが、どのみち彼女は彼女で担当している部門のチェックはおこなっている。最終確認、そして情報共有の項目をよりきめ細かくしたところで特段負担が増すワケでない。
実行中のそれをより細密にあらためたレポートをすぐに口にしはじめた。
「本艦主機は、現在、制動噴射実行を強速相当にて維持しアリ。タンク内推進剤の昇華処理は正常。処理進捗誤差は03未満。チャンバー内圧力に異常ナシ。圧密平均は設定数値を七五パーセント平均にて推移。流量制御の示度はグリーン。IN/OUT端部における流量差異はゼロ。反応予備室、推進剤充填は規定値を維持。インジェクター吐出量も同じ。設定/実測の値は同値。バーニア、反応室、
「――と、こんなところだけれど、どうしたの?」
ズラズラズラッと項目を読み上げ、最後に埴生航法長へ問いを返した。
「ウン……」
それに頷きながらも、すぐには答をかえす様子のない埴生航法長。
目の前に示されてあるデータと、同僚がもたらしてくれたデータとの付き合わせをし、それでも疑問が解消されないでいるため思考に没頭しているらしい。
「主機出力は正常、噴射速度にも異常ナシ、か。……でも、そうすると、この余剰な減速効果は一体どこから……?」
まったく上の空な様子で眉根を寄せ、ブツブツブツ……とやりはじめた。
「お~~い」
そんな同僚に大庭機関長が再び呼びかけ、
「航法長?」
変調に気づいた難波副長が声をかけた時、
「
稲村船務長が、突然、大声を上げたのだ。
「〈LEGIS〉より警急信複数を受信。――本艦、空間
「はぁ!?」
それに対して、呆れ混じりの声を張り上げたのは鳥飼砲雷長だった。
「リターダが作動してるって、俺はそんなこと」してない……と言いかけ、
「あ……ッ」と、(〈纏輪機〉画面上の)あさっての方を見る。
視線の先は、もちろんと言うか、村雨艦長である。
〈纏輪機〉は、ことさら設定されなければ、通常、双方向通信状態となっているのに、画面のなかの少女は砲雷長の視線に気づかないげに、素知らぬ顔をしたままだ。
鳥飼砲雷長は、頭に血が昇るのを感じた。
そうだ。そういえば、あのくそロリ婆ぁが何だかだと煩かったから、今回に限り管理権限を
ッたく、俺たちがキリキリ忙しい時にキャンキャンキャンキャン騒ぎたてやがって……! 結果がコレかよ!
「艦長!」
一体、なにしてくれてやがるんですか!?――我慢しきれず、ガッと噛みつく。
「はやく動作を解除してください!」
難波副長からも叱責……と、もとい
すわ修羅場か!?――あたりの空気は一変した。
「あぁ、それで……」と、不可解な事象に答が得られて納得顔の埴生航法長のような例外もいるにはいたが、艦橋内部は総じてツッコミ一色である。
とまれ、
空間リターダというのは、ある意味、
いや、正確を期すならバリアーの展張
つまりは、自艦外部空間に張りめぐらせる力場の展張位置や方向をかえただけ。
自艦を
力場を展帳する場所は、自艦前方、また後方空間――距離や角度は、任意に設定可能。
そうした展張形態が、(もちろん、肉眼で視認できるワケではないが)ちょうど気象を有する地上世界にあって、そこの住人たちが降雨の際、傘をさすのにも似ていることから『
まぁ、それはさておき、
その、力場で構築された
遷移と遷移の間――常空間を航行している際の航路調整等で用いもするし、今の〈あやせ〉のように(?)制動噴射の補助として使うこともある。
たとえば、気圏、水圏を有する惑星上で、風を動力とする帆船の帆にも似たはたらきを力場に行使させて(緩やかな)転舵をおこなう。
或いは、展張力場をドラッグシュート(大気圏突入体、あるいは気圏航空機がもちいる減速用パラシュート)代わりに減速装置とする。
――そういう使い方である。
そして、いずれの用途でもちいるにせよ、共通するのは、自艦周囲の空間――そこに散在している原子や分子、はたまた、磁場や重力場等を自艦ベクトル変更のための作用体として活用するという点だ。
帆やパラシュートが
それによって、半径が数光年のオーダーにもなる、転舵とも言えないような転舵――自艦進行方向の変更や、単独にては自艦を完全停止にまでもっていくには非力すぎるが、ある程度、その速度を減殺する補助ブレーキの役目を担わせるのである。
問題は、だから、現在の〈あやせ〉が置かれたような状況において、
当の機雷堰側から即時の使用中止を要求されるワケである。
(くそ、くそ、くそ……! くそロリ婆ぁめ! 畜生。やっぱり、どんなにせっつかれようと、管理権限なんて渡すんじゃなかった! なにが〈リピーター〉、なにが『英雄的存在』だ! いくら
鳥飼砲雷長は大荒れだった。
バリアー、また、それの転用である空間リターダの管理者は、本来、彼女が務めるはずだったのだからムリもない。
しかも艦長の失策(?)により状況が悪化してしまった――そのリカバリーに自分は関与できないのだから尚更だ。
自艦防御戦闘の実行責任者であるため、それをほっぽらかしてまで問題解決にあたるワケにはいかないからである。
オマケに……、
「え~~、皆、なんで怒るのサ。どうせ減速すンだから、ちゃっちゃとやっちゃった方が絶対良いだしょ? 何基か引っかけちゃったって、相手は
オマケに、
『すみません』どころか、まったく悪びれた様子もないのである。
くわえて難波副長をはじめの部下たちが、いくら要請しても、ぜんぜん聞く耳もたず、いっかなリターダを畳もうとしないのだ。
艦橋内部の空気は、今やどうしようもないほど劣化……、もとい悪化……、もとい……ダレてしまった。
雰囲気が刺々しくなる反面、緊張感を一気に欠くこととなってしまったのだった。そんな場合ではまったくないのに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます