40.Collateral Damage Report―2『被害者が深雪の場合―2』
『べろちゅー事件』――それは、つい最近、〈あやせ〉艦内でおきた未解決事件の俗称である。
〈あやせ〉がもっとも最近におこなった超光速航行――裏宇宙航法実施の事後に発生し、いまだ犯人検挙にいたっていない案件だ。
事件そのものは、『事件』と呼ぶのもおこがましい程ちっぽけでくだらないもの――『(たちの悪い)
が、
その
遷移が終わり、(精査こそ完了してはないものの)艦体構造、機能に目立った異常なく、乗員すべてが互いに互いの無事を確かめ合って、誰もがホッとしている時分にメールが届いた。
正体不明の発信者から〈あやせ〉全乗員に宛て、所持している
事件というのは、言ってしまえばただそれだけのこと。
しかし、艦内はたちまち騒然となった。
『Present for You』
本文として記されていたのは
だが、添付してあったデータの方は異常なまでに大きく重く、受信した当のタブレットでは処理能力が足りず開けなかった。
不審な
ほんと、ウチの艦長、たち悪すぎ。
処理は
この時点で誰もがそう思い、実際、それだけであったら、多分、この騒動はそこで
そうならなかったのは、発信者の名前――明らかに偽名な〈RPG〉なる
大倭皇国連邦宇宙軍――それも戦闘航宙艦に乗り組む人間ならば、ほぼ全員が知っていると言ってかまわない呼称。忌むべき名乗り。
〈RPG〉というのは、〈無許諾翻案創作集団(Replay Paraphrase Gangsta)〉の略であり、戦闘航宙艦乗員の――
みずからを称して芸術家、
……裏宇宙内部において航宙船の乗員は、そこに
最悪、ヒトをヒトたらしめる『
〈連帯機〉による皮膚内臓感覚の共有は、その為に与えられた武器であり楯であり手段に他ならない。
そんな必死懸命の〈神〉への
単なる見世物――複数の裸体がからみ
その内容が〈RPG〉どもの
〈RPG〉が航宙船乗員たちから
ありもしない
……救われないのが、そうして、供給があるところ需要がある(需要があるから供給がある?)という、この世の闇を表象するような事実を誰も否定ができない点だ。
超高速で演算をおこなう
だから、航宙船の乗員たちは
〈薄い本〉をつくるためなら、良識も法も
いくらネタ元の身バレなど(ギリギリ)無い、崇高なる芸術創作活動にどうぞ賛意と協力をなどと〈RPG〉どもが主張し、その作中に『この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません』と
『芸術作品』などと粉飾でしかない強弁をされる〈薄い本〉。
フィクションと言いつつ、その実それは、自分たちの体験を切り貼りした末でっち上げられたアイコラ(Identity Collage)なのだと、わかっているから当然だった。
もしも、買い求めた〈薄い本〉が気に入り、それに出演している『女優』が誰か、特定してみたいなどと
想像するだけで身の毛がよだち、夜もおちおち眠れなくなってしまうこと間違いナシ。
ジメジメと湿った石裏にひそむ蟲にたかられたような気分になること請け合いだった。
――艦長の悪戯。
艦乗員の誰もがそう思いながら、不安を完全に払拭できなかったのは、つまりはそういうワケである。
そこで全員協議の上で、(クジ引きで決まった代表者が)恐る恐るに
一〇秒にも満たぬ
もっと濃厚な関係を結んだ経験者からすれば、児戯にも等しいものだった。
『主演女優』は田仲深雪。
誰確かめるワケでなかったが、キャスティングについては早々に割れた。
『共演者』の方は、それを『治療』と割り切っていたためもあろうが、平然としたままでいたのに、『患者』の方がそうではなかった。――まるで野火のように艦内に噂がひろまっていくなか、早々に自爆し、自ら身バレしてしまったからである。
……まぁ、だからといって、マウストゥマウスの人工呼吸を接吻と
何より、『被害者』が誰か確かめるまでは、艦乗員の誰もが気が気でなかったのだから尚更だった。
『殺され(?)ていたのは、あるいは自分だったかも』――つまりは、そういうことである。
が、
そうして、これで一件(半件?)落着と、ひとまず落ち着きを取り戻した艦内の空気と裏腹、ただ深雪ひとりだけは、いまだ『べろちゅー事件』のダメージから恢復できていなかった。
要するに、
「深雪ちゃん……、もしかして、これが初恋?」
埴生航法長が、ぽつりと言って、深雪がビクリと肩をふるわせ、ますます身体をちぢこめた。
要するに、そういう事情であったからである。
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