28.裏宇宙航法―6『深雪の日々、或いは事の真相―3』

 と、まぁ、わずかな期間――二週間になるやならずの付き合いに過ぎない深雪でさえもそうだったのだ。

『でも、一体なんだってそんな真似を……?』――そんな深雪の呟きに対し、

「手に手を取っての愛の逃避行ってやつ……かな?」

 実村曹長はそう言うのだが、しかし、そう言いながらも発言者自身が首をかしげているのでは、まったくもって説得力が足りてない。

 深雪が、そうですねと同意する筈がなかった。

 もう一人いたという〈あやせ〉所属の艦載機搭乗員。

 彼がどのような人物であったかは知りたくも……、もとい、知りようもない。

 しかし、未だに〈あやせ〉に残存している他の三人と大差なければ(その可能性は高そうだったが)、ああしたモノと、一体、どこをどうやったら愛やら恋やら、ましてや自分の人生を棒に振るような真似ができるものやら見当もつかない。

 その決断に至るまでの心理も、まったくもって理解不能。

 すくなくとも自分はまっぴらゴメンな深雪であった。

 ぜんたい、その能田沙友理なる兵が逐電し、主計科員が一名欠となったから、残る要員だけでの艦載機搭乗員どもの飼育はムリと、慌てふためき、充員召集をかけたのではないか。

 ちいさい頃から家畜相手に日々を過ごした自分でさえもへこたれるのだから、快適な生活しか知らぬ都市生活者などには勤まるまい。

 なるほど、作戦行動中であるにもかかわらず、新兵を急遽乗り組ませるなどといった無茶苦茶が間髪入れずに実行される筈だった。

……深雪は、ふぅと息をつく。

 重く、苦しい息だった。

 とりあえず、思いもかけず、自分が今、ここにこうしてあるわけはわかった。

 たった一通のレッドカードで自分の未来を奪われた理不尽。

 その原因をつくった顔も知らない人間に対する怒りや恨み。

 この先、自分を待ち構えている戦争と、それに対する恐怖。

 それらは、くよくよ考えてみてもどうにもならないことばかりだった。

 しかし、やっぱり完全には納得がいかなかったので、最後にひとつ訊いてみる。

「探さなかったんですか?」

 出航直前のタイミングを見計らったとはいえ、それでも、もし捜索手配がされて、逃げた二人を捕まえることができていたなら、自分が今、ここにいることはなかった。

 そんな思いがこもっていた。

 しかし、

「探さないよ」

 それに対する実村曹長の答えは明快で、かつ、なんともカルいものだった。

 思わず深雪は、うッと詰まってしまう。

「……何故ですか?」

「だってから捜索命令が出なかったし、出港準備に追われてそんな時間もなかったしね。それに実際のところはともかく、公式には、と言うか、対外的には、二人は艦から逃げたのではなく。――母艦が急に出撃したため、帰還が間に合わなくて取り残されてしまったことになってるからよ」

「温情……というわけですか」

 脱走した部下が罪に問われないようにということなのだろう。割を食わされた立場の深雪としては面白くないが、そういうことなのに違いない。

 しかし、

「違う違う」

 片手をひらひら振りながら、実村曹長は憮然とする深雪の言葉を否定した。

「あ~、まぁ、完全に違うとまでは言わないけど、艦長よ? そんなに優しいわけないじゃない。

「推測が混じるけどね、一つには司令部ほんしゃに対する消極的な異議申し立て、と言うか嫌がらせ。――無理めな命令を押しつけられたものだから、乗員配備を含め、いろいろ不備が生じたぞって、ここぞとばかりゴネたんだと思う。『ひとつ貸しだからね』くらいのことは言ってそうだわ。……あと、任務が達成できなかった場合に備えての保険的な意味合いもきっとあるんでしょう。転んでもただでは起きないっていうか、やることが、まぁ阿漕あこぎだわね。

「そして、もう一つが罰。――艦から姿をくらましたのを杓子定規に敵前逃亡としてあつかい、スッパリ銃殺なんかしてしまうよりも、よほど効き目のある刑罰をあの二人に科したということよ」

 深雪は首をかしげた。

「えっと……、よくわかりません」

 死刑より重い罰なんてあるんだろうか?

「捜さないことが罰なんですか?」

 理解できないという顔の深雪を前に、実村曹長はクックッとわらう。

「納得できない? じゃあ付け加えるわね。――あなたも面倒をみてるからわかるでしょうけど、飛行一科の連中って体型そのままにメチャクチャ喰うでしょ? おまけに怠惰で不潔ときてる。そんな手合いと、ずっと一緒に生活するのが可能だと思う? 自分で自分の飯代を稼ぐどころか料理さえしない、掃除もしない、風呂にもろくに入らない。畜生以下の連中なのよ?……百年の恋も冷めるどころか、養おうっていうのが土台ムリなはなしだわ。

デブの方は四六時中きっ腹に苦しみ、の方はその介護(?)に苦しむ。――いつまで保つかはわからないけど、そうなることは目に見えている」

 そう言って、「こんなこともわからないなんて沙友理のバカ」と、小さい声で呟いた後、

 そのうち音をあげて向こうから出てくるから、そこを収監すればいいだけなのよ、と実村曹長は言った。

「で、デブはさておき、同行者の方は罪悪感もあるからね。悔い改めましたってことで、改悛の情も顕著ににも増して任務に精励することになるでしょ? なにより熟練した兵は、常に変わらず、どのにおいても足りてなくって引く手あまたの状態なんだし。だったら、簡単に死刑にするよっか、熱が冷めるまで放流およがしといた方が、軍にも本人にもWin-Winってものじゃない。――まず間違いなく、それが艦長の判断なのよ。

「だから、今回、あんたの場合はタイミングが悪かったって言うか、まぁ、ツイてなかったね」

 最後にそう結論づけて、慰めるようにポンポンと深雪の肩を叩いたのだった。

 と、その時、

 ピピピ……! と深雪の腕から電子音が高く鳴り響いた。

 船内服の袖口に付属している情報端末が、〇六〇〇時の一〇分前であることを報せてきたのだ。

 朝食は〇六〇〇時からである。

 この先が自由時間の実村曹長と異なり、深雪はこれからが仕事のスタートだ。

 せっかく早起きしたのに、遅刻をしては何にもならない。

 急がなければならなかった。

「いろいろと教えていただいて、ありがとうございました」

 口からとばしかけていた魂をなんとか引き戻し、深雪は実村曹長に頭をさげる。

「……あと、ひとつ気になっていることがあるんですけど、もしもご存知だったら教えていただけないですか?」

 部屋を出る前に、いま思い出した疑問をついでに訊いてみようという気になった。

「いいよ。なに?」

「あの……、わたしが初めて飛行一科の科員居室につれていってもらった時に、御宅曹長が、『3K職場へようこそ』って言ったんです」

「うん」

「それで……、三つのKのうち、『臭い』のと『汚い』のは、自分の目で見てわかったんですが、残りの一つが何なのか、実村曹長はご存知でしょうか?」

 ゴクリと唾を飲み込み、訊いてみた。

「知ってる」

 問われて、実村曹長は頷いた。

「けど、これから仕事だって時に、そんなこと聞いちゃって大丈夫なの?」

「ええ、多分」

「まあ、教えてくれっていうなら、そうするのはお安いご用なんだけどね」

 ホントに大丈夫? と念を押すようにして再確認してくる。

 相手の瞳をじっと見つめて、深雪もコクリと頷きを返した。

 実村曹長は、ふーっと深く息をもらすと、囁くように、

「『関わり合いになりたくない』よ」と答えを言った。

「ああ……」

 なるほどと、深雪は、げっそりした顔になって頷いてみせる。

 あの飛行科員たちをその目で見、実際に世話をさせられている身としては、それは心の底から同意できる言葉ではあった。

 そして……、

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