9.出征―9『短艇-2』

「いえ、そんな……」「?」

 御宅曹長の言葉に深雪が照れて口ごもるのと、さりげない問いが、御宅曹長に向け、投げかけられたのは、ほぼ同時だった。

 いつもであれば、たぶん引っ掛かったりしなかったろう。

 しかし、そうして深雪のじらいに、ぎ穂のようにピタリと当てはめ、つなげられた言葉に、ついうっかりと、「そうそう」などと御宅曹長が、頷いてしまったのは、やはり浮かれと油断があったに違いない。

 御宅曹長は頷いた。

「おうともよ。深雪が頑張ってくれたおかげで、フネに着いたらアタシのフトコロは汗かくくらいにぬッくぬくだぜ。アリガトよ」と、ほくほく顔で、そこまで言ってしまって泡を食う。

「って、えッ? えッ?! えぇ~~ッ?! ち、中尉殿ったら、このこと知ってらしたんですか?!」

 当事者以外は秘密対応だったのか、それが実はモロばれだったと知り、聞いてないよとばかりに一気にパニくる結果となった。

 みごとに誘導尋問(?)を成功させた質問者――後藤中尉は、ニンマリ笑うと頷いてみせる。

「もちろんよ。私が知ってるくらいだから、多分、艦長もご存知でしょうね。副長は、どうかわからないけど」

 からかうような口調で状況を明かすと、御宅曹長の表情が、うへぇ~とゆがむ。

「そりゃ、ヤッバいなぁ。万一、副長にバレてたら大目玉だ」

「補充要員が、無事間に合うかどうかなんてことを賭けてたんだから、そうなったとしても自業自得でしょう?」

「いや、それは確かにおっしゃる通りなんですが、でも、賭のネタにもなりますよ。そもそも戦闘航宙艦が出撃途中で欠員を補充しようだなんて、非常識にも程があるってもんでしょう?」と言って、御宅曹長は、今一度、深雪の方に首をねじ曲げた。

「手許に召集令状が届いたのは今から何日前?」

 質問をする。

「四日前ですけど……」

 深雪が答えると、「ほらね」と御宅曹長は後藤中尉に肩をすくめてみせた。

「いま、中尉殿もお聞きになった通りで、その上、時間的な余裕がまったくない。

「艦長が欠員補充の為、ここの警備府宛てに要員手配を要求されたのは、〈あやせ〉が、この星系に遷移せんいしてきて以降――星系外縁部を航過したあたりのことですよね?

「即座にそれが事務処理されたとして、アタシは出頭までの猶予ゆうよを六日と踏んでましたが、実際のところ、それより更に二日も短い。

「かてて加えて、案の定というか、現地に着けば軌道橋すらない土地柄だった。それで惑星表面から静止軌道まで期限内に上がってこれるのかって、誰もが疑問に思うのは当然ってもんです」

 言い訳にもならない言葉を並べて、なんとか賭の正当性(?)を主張しようと試みる。

 そんな部下の様子に、後藤中尉は、またクスクスと笑った。

「そんなに必死に弁解しなくてもいいわ。別に私はとがめようだなんて思ってないし。それに、あなたは間に合う方に賭けたんでしょう?」

「当ッたり前っしょ。補充される欠員は、他ならぬアタシたちの職場に配属されるんですよ? 間に合う方に賭けなくってどうするっていうんですか」

 後藤中尉の言葉に大きく頷いてみせると、御宅曹長は力強くそう断言した。

「さっきも言いましたけど、深雪の頑張りのおかげで、さんざん人をからかってくれた連中に一泡吹かせてやれますしね。萬々歳ですよ」

 美雪を警備府の待合室で見つけた時のようにガハハと笑った。

 マッチョな男がよくやるような呵々大笑かかたいしょうの豪傑笑いだ。

 なんと言うか、黙っていれば、かなりな可愛い風味で綺麗系の容姿であるのに、口をひらくと『曹長』な感じになってしまうあたりが、持ち味といえば持ち味か。

 えて残念だとは評すまい。

 とまれ、

〈幌筵〉星系警備府の待合室で、美雪が後藤中尉と御宅曹長――宇宙軍士官の二人と出会ってから、はや三時間以上の時が過ぎようとしている。

 彼女たち三人は、後藤中尉と御宅曹長が宇宙港まで乗ってきたという短艇で、一路〈あやせ〉を目指す途上にあったのだった。

「さ、行きましょう」と後藤中尉に促され、手を引かれるようにして深雪が軍用埠頭ふとうに移動すると、既に出港準備を完了していた御宅曹長が二人の到着を待っていた。

 そして、繋留してあった短艇に乗り込み、〈幌後〉宇宙港をあとにしたのである。

 気圏飛行機エアプレーンでいえば、中型旅客機に相当するくらいのサイズの機体。

 三人しかいないが、短艇に乗り組む最初、美雪は自分が客室に乗るのだろうと思っていた。

 が、

 そんな矢先に操縦室へ、一緒に入るよう言われて驚いてしまう。

 そう指示をした後藤中尉や御宅曹長の側からすれば、今後、自分たち同様、美雪も短艇の操船くらいはすることもあるだろうので、早めに慣らしておこう程度のつもりであった。

 しかし、言われた方は、やはり緊張をする。

 エアプレーンですら操縦室に入った経験などないのに、いきなり宇宙船のそれなのである。

 それも小なりとはいえ、れっきとした軍艦の操縦室への同席なのだ。

 座っているだけで精一杯なくらいに深雪がカチカチになってしまったのも、ある意味仕方がなかったろう。

 そんな深雪を見かねてか、目指す〈あやせ〉までは約四時間ほどの道行きだと告げた後、御宅曹長が深雪に話しかけてきたのであった。

 短艇の操縦をしている後藤中尉と異なり、副操縦士席についてはいても、別にすることもないからヒマをもてあましていたということもあるだろう。

 ちいさく硬くなっている深雪に、あれやこれやと言葉をかけてきたのである。

「まぁ、深雪も……って、呼び方は深雪でいいよね? 堅ッ苦しいからいちいち田仲一等兵なんて言ってらンないし。――OK?」

 問われて深雪がうなずくと、「うん、ありがとう」とニコリと笑い、話しを続ける。

「いや、だから深雪も大変だったろうけど、中尉殿とアタシの、こっちはこっちで大変だったンよ」

 目がまわるくらい忙しかったんだからと、口をとがらせる。

「作戦行動中は、たとえ接舷できる埠頭があっても、戦闘艦ってのは港に直接つけたりしないの。機密保持とか破壊工作に対する備えだとかが理由なんだけど――だもんで、そんな最中に需品の補充を言われると、すンごく面倒くさいのよ。

「この数日というもの、中尉殿とアタシは、何度も何度もフネと港の間を使い走りで往復させられてたんだから」と、ぼやいてみせた。

 ぜんたい、それが何であれ、事前にたてられた計画というものは、どんなに完璧なように見えても、いざその時になると必ずと言っていいほど不具合が見つかるものだ。

 何かが抜け落ちていたり、足りなかったり、あるいは逆に不要なもの、邪魔にしかならないものが出てきたりと、修正作業をしなければならなくなるのである。

 後藤中尉と御宅曹長――〈あやせ〉の需品類に責任をもつ主計科員のふたりは、だから、深雪がレッドカードを受け取ってから後、必死に〈幌後〉上を移動をしていた頃、おなじく大忙しの時間を過ごしていたのだ。

 宇宙港になんとか辿り着いた深雪が、警備府の待合室でひたすら待たされるハメになったのも、実は二人の操る短艇が、宇宙港から発し、〈あやせ〉へ向かう途上にあったという間の悪さが、その理由であったらしい。

 要するに、需品の補給作業に往復している短艇が、もう一度戻ってくるまで待っていろということであったのだ。

「今回、量はそんなに大したこともなかったけれど、ここぞとばかりワガママを言う人間が多くて困ったわね」と後藤中尉。

 すこし苦い表情になっている。

「艦長とか」

 そこにすかさず御宅曹長が合いの手をいれ、

「そうそう」とウッカリ同意しかけて、今度は後藤中尉が泡を食った。

「い、いや! 艦長の注文はワガママじゃないでしょう。糖分は頭脳労働には必要だし、クッキーだとかチョコだとかキャンディだとかドーナツだとかシュークリームだとかキャラメルだとか……、とにかく、業務遂行に不可欠なのよ」

 間違いないわと焦る上官を、なまあたたかい目で見つつ、御宅曹長は、

「まぁ、そういうことにしておきましょうか」と言ってニヤニヤ笑った。

 どうやら、先ほど賭の件でチクリとやられたことへのお返しをしたということらしい。

 警備府待合室で見た様子といい、上官部下の関係ながら、ふたりは仲が良いようだ。

 ともあれ、そんな会話を聞くともなしに聞いていて、一体どんな艦長さんなの? と、深雪は首をかしげてしまった。

 どう考えてみても、いま後藤中尉が口にした菓子類のリストは、個人的な要望としか思えなかったからだ。

 年頃の女の子のこととて、深雪も甘いものは好きであったが、さすがに聞いているだけで胸焼けがしそうなリクエスト。

 普通じゃないと思ってしまっても、それは仕方がなかったろう。

 多分、それなりの年齢で、おそらくは男で、体育会系も最たる軍人、栄達を遂げ艦長という職責にある偉い人が、おいしそうにお菓子を頬張っている姿など、正直、想像もできない。

 首をかしげてしまうのは、むしろ当然だった。

「深雪ちゃん」

 そんな深雪に、今度は後藤中尉が声をかけてくる。

 ちょうど頃合いだったのか、それとも話しをそらそうという意図であったのか、

「は、はい」

 深雪が返事をするのと同時に、それまで沈黙していた通信士席の制御卓コンソールに灯がともった。

 後藤中尉がで起動させたようだ。

 テーブルトップの深雪より遠い側――卓前方に自動車のウィンドシールドよろしく横方向にズラリと並べられてあるディスプレイが、ぽぅと瞬いた。

 そこに映し出されたのは一面の闇。

 短艇の外部カメラが捉えた宇宙空間の映像だった。

 見れば、漆黒の闇を背景に、何かがそこに映っている。

「〈あやせ〉よ」

 後藤中尉が、一言いった。

 地金のままの鈍い銀色なのだろうが、いまは闇にまぎれて灰白色に見える一本の棒。

 地上にそびえる超高層ビルをそのまま宇宙に浮かべたようだった。

 遠近感がハッキリ掴めず、その大きさは深雪にはよくわからない。

 やがて、ドッキングアプローチにかかった後藤中尉にかわって、御宅曹長が外部カメラの操作を引き継いだようだ。初めて見る、そして、これからそこで暮らすことになる戦闘航宙艦の姿を、倍率を変え、角度を変えてディスプレイ上に映してくれた。

 そして、

「ネコ……?」

 黒猫をデフォルメし、シンボライズしたキャラクター画を見たような気がして、思わず深雪はそう呟いている。

 見間違いかとも思ったが、そうではなかった。

 深雪の呟きを聞きつけたのか、カメラはに固定され、やがて、ググッとズームして、画面いっぱいにそのキャラクター画を映しだしてきたからだ。

 それは、大倭皇国連邦宇宙軍の戦闘航宙艦〈あやせ〉の艦腹にでかでかと描かれてあるインシグニアだった。

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