8.出征―8『短艇-1』

「えぇ~ッ、一〇Gィ?!」

 狭い室内に頓狂とんきょうな声が響きわたった。

 御宅曹長の声だ。

 大倭皇国連邦宇宙軍が制式採用している短艇(艦載小型宇宙船)の操縦室の中である。

 横に二列、縦に二列――合計四つの座席がディスプレイや計器類に囲まれ並んでいる。

 前二席の操縦手席には後藤中尉が着き、隣の副操縦手席には三宅曹長が腰掛けていた。

「……それって戦闘機動中の航宙艦並みなんだけど、だいじょぶだったの?」

 そう言いながら、御宅曹長は首をねじまげ、座席の背もたれ越しに深雪のことを頭の天辺から脚の爪先に至るまで、点検するかのように繰り返し見た。

「はい。かなりキツかったのは確かですけど、なんとか……」

 後部の通信士席(今はスリープ状態にされ、単なる予備座席となっている)に座った深雪は、ぶしつけではあるが、悪意の類はまったく感じられない凝視を受けて、きまりわるげに身じろぎをする。

 相手に訊ねられるまま、レッドカードを受け取ってからの経緯を話し、最後に〈幌後〉から宇宙へ上がるのに使ったロケットのことにふれた時、御宅曹長が『えぇ~ッ?!』と声を張りあげたのである。

 その反応のなかに、単に深雪の話に驚いたというだけでなく、多分に『呆れた』というニュアンスが感じ取られて、なんだか気恥ずかしくなってしまったのだ。

 ちなみに一〇Gというのは標準重力加速度の一〇倍――体重が四〇キロの人間であれば、それを四〇〇キロにも増大させる荷重のことである。

 自動車が急発進した時などに感じる、身体が圧迫されるアレをもっと極端に――殺人的に強めたものだ。

 深雪は、搭乗したロケットの中で、身動きはおろか、満足に呼吸をすることさえ困難な、そんな地獄のような過荷重に耐え、宇宙へ上がって来たのであった。

「出頭期日に遅れないよう必死だったんですよ」

 御宅曹長の驚きように、弁解じみた言葉が出てしまう。

 みみたぶのあたりに、ほんのり熱気が感じられるのは、しゅうちで血液が昇った結果だろうか。

「いやいや、マジメだねぇ。偉い偉い。……で、弾丸便だっけ、そのロケット?」

「はい」

 さいわい御宅曹長は、別に赤面したことをからかってくることなく言葉を続け、訊かれて深雪はうなずいた。

 惑星〈幌後〉の赤道地帯に位置する深宇宙への門戸――中央空港。

 そこに到着するより前、自宅を出る段階で、深雪はシャトルの高軌道便――静止軌道を周回する宇宙港まで行く便のチケットは、現在空席ナシと把握していた。

 だから、中央空港に辿り着いてからというもの、乗船受付カウンターの前で、チケットにキャンセル分が出てくれるのを祈る気持ちでひたすら待った。

 が、

 レッドカードが告げる出頭期日の刻限は刻々と迫るが、もとより便数の少ない高軌道便に、『空席アリ/乗船可』の表示はいっかな出ない。

 そうして時間が押して、どうにも気が気でなくなった頃合いに、空港にたむろしていたいかにも胡乱うろんなダフ屋の男から、弾丸便なる連絡便ロケットの搭乗あっせんを受けたのだ。

 突然話しかけられ、さすがに警戒したものの、男が告げた賃は破格と言って良いほど割安だったし、なにより指定の出頭期日に間に合わせることこそ大事であった。

 結局、背に腹は代えられず、一も二も無く飛びついた深雪を待っていたのが、未だ経験したこともない高G加速の地獄であったというわけだ。

 狭苦しい客室の中、拘束されたという表現こそがふさわしい座席の緩衝材に際限なくめりこんでいきながら、深雪は酸素を確保しようと死力を尽くした。

 とてもではないが離陸の感触、機外の景色を楽しむどころのはなしではない。

 胃が変形し、背骨がきしんだ。

 頭が経験したことのない強さでガンガンと痛み、肺がつぶれて呼吸ができない。

 心臓が割れ鐘のように動悸どうきをうって肋骨の中で暴れ狂い、そして、ついに深雪が気を失ってしまう直前に、ふッと加速がやんだのだ。

「人間が乗って乗れないこともない貨物運搬ロケット、かぁ……」

 つくづく感心したような口調で御宅曹長が言う。

 と、

「昔々の大昔からある運搬手段よ」

 そうバカにしたものでもないわ、と後藤中尉が会話の中にはいってきた。

 ベテランの御宅曹長に、いじられっぱなしの深雪がすこし不憫ふびんになったらしかった。

「構造が単純で、基本、無人操縦だから運用コストを安く抑えられるしね」

 弾丸便なるロケットの利点を一口で言う。

「水素と酸素を反応させて推力を得る化学燃料ロケット、ですか。まぁ、花火みたいにドカンと打ち上げるだけですから、簡単といえば簡単ですね。……でも、そのしわ寄せが高G加速となって乗客に負担を強いるわけでしょう?」

 もとより御宅曹長も、深雪の説明をもとに弾丸便の構造にあたりはつけている。

「そんなキツい目みるのは、アタシだったらゴメンだし、せめて、〈幌後〉に軌道橋が完成してれば、この子も苦労もしないで済んだのに、って思っただけですよ。――な?」

 と、あらためて深雪に振ってきた。

 しかし、深雪はキョトンとするだけだ。

「軌道橋……ですか?」

 首をかしげた。

「ああ、そっか。宇宙エレベーターって言い方の方が良かったのかな」

 察した風に御宅曹長が言い直すが、彼女が予期したようには深雪の表情に変化はない。

 相変わらず理解した様子をみせないままで、御宅曹長の顔を見返している。

「惑星表面と静止軌道を結ぶのことよ。――知らない?」

 後藤中尉が注釈を加えてくれた。

 深雪はかぶりを振る。

「いいえ、知らないです。すみません」

 頭を下げた。

「謝ることないわ。でも、そうか……、知らないか」

 後藤中尉は、深雪の返事にあごを摘まむと小首をかしげ、すこし考え込む表情になった。


 ここで出てきた軌道橋というのは、惑星と、その上空遙かを周回している静止衛星の間を昇降索ケーブルで結んだ超巨大(長大?)なエレベーターのことである。

 宇宙エレベーター、あるいは軌道エレベーターと呼ばれることもある。

 その名の通り、天と地とをつないだケーブルに荷籠ケージを取り付け、そのケージをリニアモーターで駆動し、昇り降りする仕組みになっている。

 ケージを上昇させるのには、もちろん電力が必要だが、その電力はケージが下降する際、位置エネルギーを電磁的エネルギーに変換することで蓄えることができる。

 地上車などで用いられている回生ブレーキシステムとも通ずる手法である。

 運搬体再利用可。

 エネルギー回収可。

 これら二つの利点だけでも、軌道橋がロケットに対して圧倒的な優位に立つことがわかるだろう。

 地上から宇宙へ上昇するのに必要なコストを劇的に引き下げることが可能だからだ。

 その上、水平離陸式のシャトルに比しても、乗客の肉体に及ぼす負担がはるかに軽いとなればなおさらである。

 かくして現在、ほとんどの有人惑星では、軌道橋はさして珍しい物でもなくなっており、従来のロケットに代わって、地表と宇宙を行き来する交通手段として利用をされている。

 後藤中尉が、簡単にまとめて深雪にそう聞かせると、

「でもまぁ、いずれは投資額を回収できると言っても、建設費用がというわけじゃあないからね~。途中まで造ってはみたものの、予想以上に費用がかさんだか、環境問題でめたか何かで、そう急がなくてもいいやってになったんじゃない?」

 今度は御宅曹長が、その後を引き取り――にもかかわらず、何故、〈幌後〉に軌道橋がないのかについて、理由をザッと推測してみせた。

 建設によって得られるメリットと、その為にかかるであろう費用の償還をはかりにかけて、現時点では、軌道橋は必要ナシと結論したのに違いない、と。

 そして、深雪がまだ首をかしげているのを見て、

「いや、だって、〈〉の人間は皆、宇宙港のことをペントハウス、地上のをグラウンドって呼んでるんだろ? 普通に聞いたら、それってエレベーターのフロア表示の言い回しじゃん?」

 そう言った。

「ああ……!」

 言われてはじめて気がついた、とばかりに深雪が目をまンまるに見開いてひざを打つ。

 御宅曹長の推測を聞いて、過去に軌道橋の建設計画があったことなんてあるのかしらんと思っていたが、言われてみればその通り。

 指摘されれば、確かに中央空港のことをグラウンド。

 宇宙港のことをペントハウスと、誰もが呼んでいた。

 生まれた時からそうであったし、まわりも皆そう口にしていたから、ついぞ疑問に感じることさえなかったが、普通に考えてみればそれはおかしい。

 それぞれ、地上階グラウンド屋上階ペントハウス――エレベーターでこそお馴染みの表現なのでは確かにあった。

「ざっと見たところ、この星系は、生物由来産品を主要交易品とする一次資源生産地のようだから、他星系との主要交易商品は、原料、または加工済の農水産物がもっぱらなんだろ?

「それじゃあ買い叩かれて、大した値段もつかないだろうし、そもそも、そうした星系は、経済圏が自己完結型で、輸出に多くを頼らないのがほとんどだからね。軌道橋は、あれば便利だけれど、元を取るのに時間がかかる。だから、まぁ、いずれは造ろうってことで、後まわしにされたんだろうさ」

 まとめるように結論を言って、御宅曹長は、かるく肩をすくめてみせた。

 寄港してまだ間もないだろうに、〈幌筵〉星系の自治体としての形態を見抜き、帰納的に推論してみせたあたりは、なかなかにして非凡である。

「なんにしたって貨物運搬ロケットに乗るだなんてムチャをしてまで、期日に間に合わせてくれて、アタシは本当に嬉しいよ」

 そう、あらためて歓迎の言葉を口にし、にッと笑った。

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