7.出征―7『〈幌筵〉星系警備府-3』

「あなたが田仲深雪?!」

 部屋の外から慌ただしい靴音が響いてきた、と思う間もなく、扉をバァン! と思い切り開き、転がり込むようにして室内に駆け込んできた人間がそうたずねてくる。

 それは女性――深雪よりも少しとしうえらしき女性であった。

「は、はい!」

 立ち上がりかけて中腰だった深雪は、反射的に背筋をまっすぐ伸ばし、ほとんど直立不動の姿勢になると返事した。

「〈あやせ〉乗り組みの新兵なのよね?!」

 出入り口からダダッとばかりに深雪の直前にまで駆け寄ってきた女性が、念押しのような口調でいてくる。

「は、はい、そうです!」

 重ねてそう訊ねられ、深雪は再び頷いた。

 すると、

「ぃよっしゃあ~~~ッ!!」

 深雪の返事を耳にした女性は、いきなりそう叫んだのだ。

「ど畜生ども、ザマぁみやがれ! これで賭け金は、まるッとアタシのもんだぁッ! いぃやッほぉおおぉお~~~ッ!!」

 両手を天に突き上げ咆哮する。

「これまでさんざっぱら、好き放題ぬかしやがって、ア○ズレ野郎どもが……! もう、こうなったからにはタダじゃおかねぇ。どいつもこいつも一人のこらず、耳をそろえてツケをきっちり支払わせてやる……! し○の毛までむしって毟って、ツルッツルのパ○パンになっても容赦しねぇからなぁ……ッ!」

 いったい何があったというのか――まるで待ちかねていた復讐のチャンスがようやくに来た人間の風情ふぜいでもって、腹の底から嬉しそうな、肉食獣のような笑みを浮かべてガハハと笑った。

「あ、あの……、あの……」

 さすがに度肝どぎもを抜かれ、深雪の腰がたじたじと引ける。

 文字どおり二、三歩後じさってしまったのだが、それで相手の女性もハタと我にかえったものらしい。

 こちらの方に振り向いた、と思った次の瞬間、深雪は両手をグッと握りしめられている。

 そして、たぶん握手のつもりなのだろう――

「歓迎歓迎大歓迎だよ! まったく、よくぞ間に合ってくれたわね!」

 そう言いながら、相手の女性は深雪の両手をブンブンと大きく上下に振りまわしてきたのだった。

 なんとも乱暴で大袈裟なシェイクハンドである。

 向かい合って立てば、喜色満面のその女性は、深雪よりも頭半分ほども身長が低かった。

 が、その握力膂力りょりょくときたら、まるでマッチョな成人男性をもしのぐかと思えるほどで、なんとか抵抗しようにも、どうにも両手をふりほどけない。

「あ、あの……、あの……」

 強引に上げ下げされる両腕の動きに引きずられ、上半身ごと頭をがくがく揺すられながら、深雪は混乱するばかり。

 このままだと、最悪、のうしんとうをおこして倒れてしまう――そう危惧しながらも、出来る事といえば、せいぜい戸惑いの声をあげるばかりであった。

 熱烈に歓迎されている事はわかるのだが、何故、歓迎されているのか、理由がさっぱりわからないのだ。

 結局、その狂騒は、

「いいかげんにしなさい!」

 たしなめるような叱声と共に、続いて待合室に入ってきた人物が、その女性の後頭部を手にしていた平たい何かでパシンとはたくまで続いたのだった。


「まったく……!」

 そう言うと、後から待合室に入ってきた人物は、口をへの字にむすんで、自分が叱った相手をかるく睨んだ。

 その人物もやはり女性で、今は床の上にしゃがんで叩かれた頭をかかえこみ、痛そうにうめいている先の女性と同じデザインの服を着けていた。

 長袖長ズボンのつなぎ服オーバーオール

 いかにも密閉性の高そうなデザインをしていて、素肌が露出しているのは首から上と手首から先だけ。

 首まわりはガッチリとした感じの詰めえり状になっており、袖口もまた、ちらりと見えた小口から、そこが肉の厚い筒状の造りとなっていることがわかる硬質なデザイン。

 腰には赤い色のサッシュベルトを締め、足には少しゴツい見た目のワークブーツ

 様々な場所に外部の機器類と接続するためのものだろうコネクターや、あらかじめ服に備えられている機能を操作するためのものらしきコントローラー、携帯可能な器具装置の類を一時的に取り付け、持ち運んでいくのに使うとおぼしきアタッチメント等、とにかく目にうつる要素すべてが実用一辺倒でまとめられてある服。

――プロの宇宙空間作業者スペースマンたちが、宇宙にあって普段着がわりに着用している簡易宇宙服、その中でも、かなり重装備なものであるのに違いない。

 自分が宙免を取得する際、滞在していた亜宇宙の空間施設で着せられていたものにも似たそれに、深雪は比較をくわえた上で、そう判断をした。

 そして、全体的に紺色を基調とした服の胸元には、宇宙軍の徽章エンブレムが光っていた。

 思わずゴクリと唾を飲み込む。

 宇宙軍の兵士。それも、地上施設や宇宙港勤務ではなく、戦闘航宙艦に乗り組む本物の(?)兵隊――宇宙船ふな乗りなのだと確信したからだ。

 つい今の今まで自分の手を取り、なにやら感情を爆発させていた女性の時にはわからなかった。

 振りまわされて、ほんろうされるばかりで、思考を状況理解に向けられなかった。

 が、

 それもひとまず落ち着いた。

 落ち着いたから理解ができた。

 とうとう来た。

 とうとう『戦争』が自分を迎えにやってきた。

――今更、なのかも知れない。しかし、深雪はそう思ったのだ。


「気をゥつけ!!」

 後から入室してきた女性が叫んだ。

 すると、頭をかかえ、背筋をまるめていたもう一人の女性が、弾かれたように直立不動の姿勢をとる。

 号令をかけた女性の方は、コツコツと足音をたてて相手の前に移動すると、あらためて腰に手をあてがった。

御宅みやけ曹長」と口をひらく。

 表情は平静であったが、その目は冷たい光をたたえていた。

「宇宙港に着くなり仕事をほっぽらかして一目散ってどういうこと? 短艇に需品を積み込む作業は、あなたの担当でしょう? いくら本艦への新規乗船者が待っている旨、連絡があったからといって、それが仕事を放棄して良い理由にはならないわよ。出港まで、もう時間がほとんど無いことはあなたも重々承知している筈。だったら、曹長せある職責相応に、処理すべき案件の優先順くらいキチンとしなくてどうするの」

 サラリー分の仕事くらい、ちゃんとなさいと、お小言をはじめる。

 声を荒げるわけではないが、淡々と理詰めで責めるその叱責は、一切の言い逃れを許さぬ容赦ない追求である。

 叱られている当人ではないのに、傍で聞いている深雪までもが、なんとも居心地の悪い思いにさせられてしまう。

「だって、中尉殿……」

 叱られて、御宅曹長と呼ばれた相手がもぐもぐと口をうごかす。

 しかし、その言葉のはなで中尉と呼ばれた女性が声をはりあげた。

「『だって』じゃない! そんな言葉は宇宙軍には無い!……って、あぁ、もう本当、新人の前だっていうのに恥ずかしいったら! 何なの、あなた?! 新しい仲間を歓迎したい気持ちはわかるけれども、時と場合と相手に接する態度を考えなさい! あなたは曹長――兵を律する下士官なのよ?! それがそんなじゃ示しがつかないじゃないのよ、まったくもう! まかされている仕事はサボる。組織にあって、人と人との上下関係は頓着しない。自分の立場をわきまえもせず、プライベートな案件を職場の席で喚きちらす。ほんと、一から十までなってない! しっかりしなさい、まったくもう!……って、私の話をちゃんと聞いてる?!」

「聞いてます。聞いてますから、そんな怒鳴らないで落ち着いてください、中尉殿」

 最初の冷静な口調はどこへやら、しだいにげっこうしてきた様子の上官の女性をなだめる口調で御宅曹長。

 直立不動の姿勢はたもったままだが、表情はそれに従っていない。

 眼だけをくりくり動かして、つい今しがたひっぱたかれたばかりの後ろ頭の案配を確かめようとしているかのような態度をとっていた。

 まぁ、あからさまに不服従な態度をとっているわけでなく、上官をなめてかかっているつもりでもないのだろう。時折、『うッ』という感じで顔をしかめているから、真実、叩かれた頭が痛いらしい。

 ちなみに、その痛みの原因――彼女の後頭部を襲った平たい何かは、実のところ官給品のタブレット端末であったらしい。

 精密機器にずいぶんと乱暴な扱いもあったものだが、それで壊れたりする心配はないようだった。

 今はくるくると筒状にまるめられ、御宅曹長の後頭部を思い切りよくパシンと叩いた女性の腰――その脇に設けられているアタッチメントに吊られてブラブラ揺れている。

 その女性――中尉殿と呼ばれた相手は溜め息をついた。

「もういいわ。とりあえず、これで一旦おわりにするから、あなたはとっとと作業にかかりなさい。――復唱!」

 に戻ったら、覚悟しておきなさい。――視線をふたたびとがらせて、目の前の部下に向かってそう告げた。

「は!」

 それに対して御宅曹長は、表情をマジメなものに変えると返事をかえす。

「まことに申し訳ありませんでしたァ! 御宅曹長は、これよりとっとと作業にかかりま~ッす!」

 叫ぶように復唱すると、見事な動作で敬礼し、そのまま待合室から飛び出していく。

 曹長。――下士官階級のなかでも上の位にあるからか、それとも、これまでかなりのけいけんを積み重ねてきた熟練兵ベテランででもあるからなのか、上官に叱責されても全然めげたところなどなく、どこまでもひょうげた態度で、来た時同様、バタバタと足音をたて、部屋から退場していったのだった。

……もしかすると、今の寸劇、一部始終は、軍人としても成人おとなとしても、見るからに経験不足そうな深雪をすこしでも慰撫しようとしてのことだったのかも知れない。

 深雪のあずかり知らぬ何かが理由で感情をはじけさせたのは事実としても、それだけでなく、実は空疎な待合室の室内に、ぽつんと一人きりでいた少女の不安や緊張をすこしでも解きほぐそうと、みずから道化を演じてくれたのかも知れない。

 わからない。

 まぁ、いずれにせよ、

「まったく……!」

 一目散に足をとばしてとんそうした部下の、その後ろ姿を苦笑まじりに見送って、一人のこった女性――中尉と呼ばれた女性は、深雪の方に振り向いたのだった。

「田仲深雪一等兵ね?」

 眉根をゆるめてニコリとわらった。

 すると、厳しかった表情が一転して柔和なものになる。

「のっけからバタバタしたところを見せてごめんなさい。驚いたでしょう?」

 やわらかな口調で訊いてきた。

「い、いえ……」

「フフ……。そう? だったら良いけど。――あらためて自己紹介するわね。私は後藤郁美中尉。あなたが乗り組みを命じられた巡洋艦〈あやせ〉の乗員よ。そして」と言って、もう一人の女性が走り去った部屋の出入り口に再び目をやり、

「さっきの騒がしかったのが御宅やよい曹長。同じく〈あやせ〉の乗員で、まあ、あなたの先輩だと思ってくれればいいわ」

 そして、深雪の方に手をさしのべると、

「さ、行きましょう。時間がないわ」

「ど、どこへ、ですか……?」

 思わず怯えたように訊く深雪に、後藤中尉は再びやわらかく微笑んでみせる。

 召集令状の無理な要求に振りまわされて、成人になったばかりの少女が疲労こんぱいし、混乱していることをちゃんと理解している眼差しだった。

 ここまで来ておいて何をバカなことを、などとは口にしない。

「私たちのへ、よ。〈あやせ〉に帰るの」

 さ、いらっしゃいと言うと、安心させるように深雪の手をとる。

 二十代なかばと見える彼女のその笑顔は、深雪にはとても大人びて見えた。

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