6.出征―6『〈幌筵〉星系警備府-2』
「巡洋艦〈あやせ〉、か……」
手にしたレッドカードをぼんやり見ながら、深雪はつぶやいた。
もう何度も何度も、深雪はレッドカードをポケットにしまっては取り出し、しばらく触れては、また、しまいを繰り返している。
レッドカードはあくまで召集令状であり、応召者を支援するため多岐にわたる機能をもたされているといっても、その中に(当然)娯楽要素は含まれてない。
だから、それを使って出来ることといったら、宇宙軍――それも自分が配属されることとなる部隊の情報閲覧や、そこへ出頭するためのルートの検索、交通機関のチケット手配といったことのみだ。
結局、どうにも持て余してしまって困っている暇な時間を手持ちの何かでつぶすには、それがもっとも適当、かつ穏当だったのだ。
とにかく何もすることがないし、これから自分を待ち構えている未来に対する不安もある。何回、通達文を読み返し、関連情報を検索してみたところで、何がどう変わるわけでももちろんないが、まあ気を紛らわすくらいの役には立つだろう。
深雪はレッドカードの表面に軽くタッチした。
メニューが表示されると、自分が配属されることとなる――既に〈幌後〉宇宙港に来ている筈の戦闘航宙艦に関する情報を呼び出し、目を通す。
もう何度となく見たもの。
暗記してしまいかねないくらいに読んだものだ。
「巡洋艦〈あやせ〉、か……」
レッドカード上に呼び出した情報を見つめて、深雪はまた呟いた。
〈あやせ〉――それが深雪が乗り組むことになる戦闘航宙艦の艦名。
正確に言うなら、大倭皇国連邦宇宙軍 二等巡洋艦〈あやせ〉。
一等、二等と等級別に区分されている巡洋艦のうち、〈あやせ〉は二等巡洋艦であるらしい。
軍隊関連の知識といえば、ドラマから得たもの程度しかない深雪でさえも聞き知る表現を用いるならば、〈あやせ〉は軽巡洋艦――軽巡ということになる。
彗雷(対艦誘導弾)を主兵装とする駆逐艦部隊を
ドラマなどでは、そうした勇壮な役どころで描かれることの多い艦種である。
が、
「でも、所属が
逓察艦隊って何? と、およそ今まで聞いたことのない艦隊名に深雪はウ~ン? と首をかしげてしまう。
自宅を出てから宇宙港に着くまで、何度調べてみても、その艦隊の
実際、〈あやせ〉の所属が逓察艦隊となっているのを目にした当初は、『偵』察艦隊の異字表現かと思ったくらいだったのだ。
聯合艦隊がそうであるように、(『連』の字をことさら『聯』と表記してみせるように)偵察の偵を旧い字体で書きあらわしてるんだろう。伝統だか何だか知らないけれど、格好つけにこだわるよりも、みんなが簡単に読めるようにしておいた方が良いのにな。――そう思っていたのだ。
それが間違いだと気がついたのは、その後、宇宙軍の指揮系統――軍組織編組図を目にした時だった。
宇宙軍の最高司令部である
深雪が考えていたような聯合艦隊の隷下、下位組織ではなく、聯合艦隊と同格――あわせて四つが存在している
大倭皇国連邦宇宙軍。
その核となる軍事力。
全部で四つの大艦隊。
そして問題(?)の
深雪が配属されることと決まった軽巡〈あやせ〉――そのフネが所属するのは、宇宙軍を代表する大艦隊の内のひとつだったのだ。
『偵察』……イコール……『スパイ』?
……ということは、逓察艦隊って、聯合艦隊のお先走りか何かの役どころ?
偵察という単語のイメージからしてそう思い、ドラマ作中等での軽巡という艦種の描かれ方(軽武装の高速艦)からしても、そう考えて間違いないと深雪は思っていた。――その推論が揺らいだのである。
たとえば、
つまり、『偵察』と『逓察』は、読みこそ同じであっても、その意味合いはまったく違うのだ。
「って言うか、図上では軍令部の下じゃあなくって、大本営の直下に位置づけられてたから、もしかして他の大艦隊よりも……、格上?」
以前(と言っても、召集されてからのことであるから、ほんの数日前だが)、目にした軍事組織編組図を思い返して、深雪はふたたび頭をひねる。
四つの大艦隊は、それぞれの組織は同格なのだと意味するように、図上にあっては横一列に並べられてあった。
が、
聯合艦隊、遣支艦隊、護衛艦隊――これら三つの大艦隊が、軍令部の下部組織としての位置に置かれているのに対し、逓察艦隊だけは、大本営と直接、線で結ばれていたのである。
組織の順位としては、政治としての戦争指導をおこなう大本営が宇宙軍の最上位。
その下に、具体的な闘争行為としての戦争を指揮する軍令部が置かれて、実際に戦う大艦隊→艦隊へと序列は下方へ続いてゆく。
そうした指揮系統を示す線だけを辿れば、軍令部を間に介さず大本営と直結している逓察艦隊は、他の大艦隊のどれより上位と位置づけられた組織という結論になる。
「でも、横並びなんだよなぁ……」
深雪の呟き通り、にもかかわらず軍内各組織の序列を示すもう一つの指標――図中の上下位置は、逓察艦隊も他の大艦隊と等しい高さとされているからややこしい。
要するに、逓察艦隊という組織は、命令は宇宙軍の最高司令部たる大本営からしか受けないが、組織としての権限や多分に予算配分については他の大艦隊と同じということなのだろう。
もちろん、社会に出て一人前に働いているわけでなく、軍隊というものにも興味の無かった深雪にそこまでのことが読み取れたわけではない。
ただ、持て余してしまった時間の消費と、何より自分の配属先を自分の乏しい知識の中から、陸上競技の運営組織の序列や役割分担を当てはめ推測してみただけである。
そうして、そこまでのことを考えて、結局、はなしは逓察艦隊とは何ぞや? という疑問に戻るのだ。
大倭皇国連邦宇宙軍を構成する四つの大艦隊。
このうち、聯合艦隊については、およそ誰もが知っている。
宇宙軍と言えば聯合艦隊をイメージする人間がほとんどというほど有名で、全宇宙軍組織の中の花形でもある。
遣支艦隊もわかる。
遣支とは
護衛艦隊もその名の通り。
遣支艦隊が支星系の警備を任務とするように、護衛艦隊は星系から星系へと渡る民間船舶の護衛を担っている。
では、逓察艦隊は?
レッドカードのメモリをあちこち探って、深雪は逓察というのが
しかし、そこから先がわからない。
偵察はともかく、逓信というのは何だろう?
深雪の疑問は、そこで壁に突き当たり、それ以上の答を手にすることが出来ないまま今に至っているのである。
自宅から宇宙港までやって来るのに、何かと頼りに思い、重宝してきたレッドカードが、初めてその限界を露呈した格好だった。
いや、限界と言うより機能に制限がくわえられてあることが判明したと言うべきか。
情報検索や経路案内、身分証明その他といった便利機能を複数有する機械だが、それだけに本来の用途をはなれた私用目的での濫用ができないよう、カードには機能制限が施されていたのである。
召集を受けた人間のほとんどは、そのことに気付くこともないまま入営手続きを無事終えるのだろう。しかし、配属先として、逓察艦隊なる、およそ聞いたこともない未知の組織を指定された深雪は、貴重(?)とも言うべき例外となってしまった。
レッドカードに機能制限が施されていた結果、『逓察』という文言の意味がわからず調べてみても、本当に知りたい答にどうしても辿り着けなかったからである。
検索をすれば、逓察艦隊の逓察とは、逓信偵察の略というところまでは出る。
が、
では、『逓信』とは何ぞや? と重ねて検索しても何も出ない。
正確に言うと、『検索指定語は、〈逓信偵察〉? それとも〈逓察艦隊〉?』と、質問の意味を逆に機械が問いかえしてくる堂々巡り仕様になっていたのだ。
質問の言葉を工夫し、検索手順を変更しても結果は一緒。
疑問に対する回答は得られなかった。
「知らない場所で遊ぶのに案内機能を便利に使うとか、食べ歩きや買い物するのに私的な情報検索をするわけでなし、そもそも、カードの中の文章について調べたいのに、それがブロックされてるなんて……!
「辞書に、も少しメモリを割くくらい、別に大した手間じゃないじゃない」
今回も、やはり何をどう工夫してみても回答手前の壁を突破すること、
なんとなく、レッドカードをあたかも万能であるかのように思いはじめていたから、その分、落胆も大きかった。
とりあえず、遣支艦隊、護衛艦隊がそうであるように、逓察艦隊は聯合艦隊とは違う役割を担うようであるから、多分は正面切って敵と戦うようなことはないのだろう。
何を役割とする艦隊なのかはわからないけれども、いきなり彗雷戦隊旗艦を務める軽巡だなんてフネに配属されて、敵艦隊めがけて突撃させられるのよりはマシ。
――不安な気持ちに対しては、そうとでも思って自分を納得させるより他どうしようもない。
そうして、しばらくあれやこれやと、レッドカードをためつすがめつした後に、深雪はまた溜息をつき、ポケットの中にそれをしまった。
時計に目をやり、首を左右にコキコキと傾け、相も変わらずただ一人きりの待合室の中で、すこし身体をほぐしておくかと椅子から腰を持ち上げた時、
バァン! と待合室の扉が開かれ、人間が一人、飛び込んできた。
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