5.出征―5『〈幌筵〉星系警備府-1』

 四日後。

 苦労の甲斐あって、深雪はなんとか目的地の直前にまで辿り着くことができていた。

 つまり、指定された出頭先である戦闘航宙艦まであと一歩という場所で待っていた。

 たった一人で、することもなく、待つ以外のことは事実上禁じられて、かれこれ四時間以上ほったらかしに放置されていたのである。

「ふざけてるよね……」

 もうこれで何度目か――深雪は、またブツブツと不平の文句をつぶやいた。

 今、深雪は、がらんとした待合室の中に一人でいる。

 学校の教室ほどの広さの部屋だ。

 案内されて入室したが、深雪の他に先客はなく、後から入ってくる新来の人間もまたいない。

 ドラマを観たり、ネットに接続するための映像情報端末インフォビジョンはもちろんのこと、新聞雑誌の類はおろか、窓ひとつ、机の一脚すら無いという殺風景きわまりない部屋にポツンと一人きりなのだった。

(さんざん人をかせた挙げ句に、この扱いって……)

 ズラリと並べられているベンチのひとつに腰を掛け、クッションもろくに無いその座り心地の悪さに顔をしかめながら、心の中で深雪はまた毒づいた。

 蹴飛ばされるようにして家を出てから四日間、休みなしの強行軍続きで、さすがにヘトヘト、心身ともに疲れきっていた。

 ギシギシきしんで痛む身体は言うに及ばず、両方の目蓋まぶたが鉛のように重たくて、気が緩んだ途端、下へと降りてきてしまう。

 ギリギリであれ何であれ、期日にはかろうじて間に合いそうで、できればこのままゆっくり休みたかった。

 とはいえ、これから兵隊にされる身分とあっては、欲求に負け、うかうか眠ってしまうわけにもいかない。

 だから、およそ娯楽や暇つぶし要素のない部屋に一人きりという現状は、一種、拷問に近かったのだった。


〈大倭皇国連邦宇宙軍〈幌筵〉星系警備府〉


 それが深雪が今いる施設の名称である。

 レッドカードのに従い、〈幌後〉宇宙港の内部を経巡へめぐり歩いて足を踏み入れた軍用区画――『目的地』と経路案内画面に表示されていた場所が、ここだったのだ。

 深雪は深々と溜め息をついた。

 ここに辿たどりつくまでの苦労(?)を思い出してしまったからだった。

 とにかく到着一発目から、深雪は愕然となったのだ。


『ちょっとウソでしょ?! マヂナノコレ?!』

 ロケットの乗降口を出、バキバキに凝った身体をほぐしつつ、ロビーに出てのまず第一声がコレである。

 ショックで数瞬、息がとまった。

 宇宙港施設のなかは、ほとんど無人だったのだ。(いや、実は完全に無人だった。深雪が『人』だと思っていたのは案内用のロボットだった)

 ガランとしていて、寒風が吹き抜けるような景色が、深雪を待っていたのであった。

(廃墟……?)

 思わずそう疑ってしまった程である。

 疲れきった身体に鞭打ち、『あと少しで、あと少しでゴール』と心中に唱えて踏ん張っていただけに、この不意打ちはチと強すぎた。

 上げてから落とし、ではないが、『(ゴールに)着いた!』と喜び半分、安堵半分の気持ちでいたから余計に効いた。

 予想していた人の波――通行人や店の売り子や職員たちの姿が、そこには一切なかったのだから仰天したのだ。

 呆然となって当然であった。


「それから後もサイアクだったよね……」

 イヤな事をまた思い出し、深雪はぼそりと呟きをもらす。


 深雪は歩いた。

 宇宙港のなかは広く、隣接しているとばかり思い込んでいた目的地は、ずっと遠くであったが問題はなかった。

 道案内はレッドカードがしてくれるし、トイレなどの案内標識、飲食のための自動販売機等はキチンと整備がされている。

 実用面では何も困ることなど無かったのだ。

 しかし……、

 とにかく道中がやたらと

 人がいないのだから、犯罪的な意味で物騒というのは当たらない。

 そうではなくて、肝試し的に不気味な雰囲気で満たされていたということだ。

 歩けども歩けども人影の無い施設のなかは、もはや閑散というレベルをはるかに通り過ぎていた。

 まるで宇宙版鬼城ゴーストタウンのようであったのだ。

 だから、

 コツコツという自分の足音(だけ)が、やけに響いて耳につき、照明は明るく、空気は清潔そのものなのに、人が一人もいないという非日常的な環境が、やがて非現実感につながり、それが恐怖に変化して、どんどんどんどん早足になっていくのを止められなかった。

 どうかしていると言えばその通りだが、宙免講習受講当時に、さんざんそのの話――不慮の事故等で死んだ人間の『念』が取りいた宇宙船や空間施設の怪談はなしを聞かされていた深雪である。疲労の極に達していたのもあったろう。シャレ、冗談で済ませられるほど心に余裕がのこっていなかった。

 最後の方は、ほとんど全力疾走しながら半泣きで、自分をこういう境遇に追いやったこの世のありとあらゆるモノをののしり、呪っていた深雪だったのだ。

 いわく、『税金の無駄遣い!』

 沈黙をたたえた通路で怒鳴りまくった。

『こんな、ロクに使いもしてないにかける金があるなら、すこしは地場の農家に補助金のひとつも出しやがれ!』等々々。

 もちろん、レッドカードを自分につきつけてきた宇宙軍組織や、あまつさえ只の一般人どしろうとを、にもかかわらず乗員に選んだ戦闘航宙艦の艦長、そして、自身に『武器』を付与しようなどと宇宙軍の無料教育プログラム利用にて宙免を取ろうと考えた過去の自分――すべからくが怨嗟えんさの対象である。

 そうしながら、深雪は宇宙港のなかを目的地へ向け移動していったのだ。

 が、

 まぁ、しかし、

 実のところ惑星〈幌後〉他の惑星が属する〈幌筵〉星系が、大倭皇国連邦の最北端――それより北には何も無いという立地を思えば、深雪を驚かせた宇宙港の閑散振りも自明のものではあったろう。

 今からおよそ数億年前と推測される近隣恒星群の連鎖的新星化――俗に言う『ツングースカ宙域群星崩壊エクスプロージョン』によって、〈幌筵〉星系より北部の宙域には大穴があいた。

 ドミノ倒しのように次から次へと、そこで輝いていた恒星群が新星爆発し、後にはブラックホールや中性子星、そこまでいかなくともわい星の類を大量発生させて残した結果、その宙域に航路を通すことははなはだ困難――商業的には採算面から見て開設不可能となってしまった。

 それにより領域内の袋小路となった場所に位置する星系が、何か他に類を見ない特色でもあればまだしも、そうでなければ著しい過疎に陥ったとしても仕方がない。

 そして、こうした事実は、『〈ホロカ=ウェル〉銀河系地学』や『〈幌筵〉星系地誌』といった資料をもちい、学校の授業、理科や社会の時間にも教えられていた。――だから、当然、深雪も習っている筈だが、まぁ、興味の無い授業はお経と同じ。右から左へ聞き流していたのだろう。だから、頭の中にちらとも浮かんでこなかったのだ。

 ある意味、自業自得ではある。


 とまれ、

 そうして、深雪は移動しつづけた。

 ただでさえ人気の無い宇宙港施設のなかをレッドカードは更に辺鄙へんぴな場所へ場所へと導いていく。

 清潔であるが、人の触れた様子のない区画から、どこかしらびて薄汚れ、しかし、生活感の感じられる区画へと。

 雑然としたたたずまいに、しかし、ほっと安堵あんどしながらも、深雪が見まわしてみれば、そこは貨物類の集積場としか思えない場所である。

 コンテナの類が無造作に積み上げられてある中をドラマ等で観た『軍港』像とは異なる景色に、イメージと違うと首をかしげながら、深雪はおっかなびっくり、なおも先へと進んでいった。

 やがて金属フェンスで囲まれた区画――『〈大倭皇国連邦宇宙軍〈幌筵〉星系警備府〉関係者以外立ち入り禁止』と掲示されてある場所にぶつかって、その一角に検問用のゲートを発見。ゲートのすぐかたわらに設けられていた衛兵詰め所――そこに立っていた門衛の兵士に、深雪はおそるおそるレッドカードを提示したのだ。

 そこから先は順調だった。

 差し出された召集令状をいちべつすると、門衛の兵士は内線でどこかに連絡をとった後、何やら操作をくわえて返却してきた。

 内容を確認するよう促され、手許に再びもどったレッドカードを深雪が見ると、案内表示の内容が変更・更新アップデートされている。

 案内地図の縮尺が、屋外地図から館内用に切り替わり、新たにとある一室が、『目的地』として表示されていたのであった。

 そして、兵士にゲートの中へと招じ入れられると、警備府内にはさすがにいた通行人へいたいに案内を請い、とある部屋にて、ただ待つように指示をされたのだ。

 それが深雪が今いる部屋。

 退屈と疲労と不安と、そして苛立ちその他がないまぜになった状態で、ひたすら我慢に我慢をかさねている待合室なのだった。


「せめて、いつまでこうしていればいいのかくらい教えてくれればいいのに……」

 もうこれで何度目か――深雪は、また深々と溜め息をついた。

 まったくもって今日、今までと、これから先のことを思うと、それ以外に出来ることとて何もなかったからだ。

 深雪は知らない。

 今回の件など実はまだまだ良い方で、これからさんざん宇宙軍の――いや、軍隊のあくへいを味わわされるハメとなることを。

『急いで待て』

 古今の、ありとあらゆる軍隊に共通の、明文化されない規則にウンザリへきえきさせられる日々が始まることを幸か不幸か、まだ知らない。

「……おむかえの人が来るまで待ってろはいいけれど、もし、目的地のフネまで到着するのが指定の日時に間に合わなくっても、それはわたしのせいじゃないよね? だとかって怒られたりはしないよね」

 ここまで、わたし頑張ったんだもん、もし、そんな難癖つけられたりしたら、まぢでブチ切れてしまうかも……。

 アクビを噛み殺しながら、深雪が考えたのは、レッドカードに告知されていた自分の出頭に関し、定められていた刻限、そのことだった。

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