2.出征―2『田仲深雪-2』

 深雪が生まれた惑星〈幌後〉――いや、〈幌後〉が属する〈幌筵〉星系そのものを含め、それを形容するのにピッタリの言葉は、ズバリ、『辺境』である。

〈幌筵〉星系が、大倭皇国連邦の北辺――銀河中心核を極点と定める星図において、自国領域の最北端に位置していること。

〈幌筵〉星系の周囲には、見渡す限り何も無い――自国、他国を含め、恒星系が数百光年にわたって存在してはいないこと。

〈幌筵〉星系を中継地とする交易路はなく、大倭皇国連邦の中を北方に伸びる専用路線の、いわばどん詰まりにポツンと位置していることが、〈幌筵〉星系を辺境と呼ぶ理由だ。

 加えて〈幌筵〉星系の経済型が、辺境と呼ばれるに相応のものという事情もある。

 曰く、ほとんどの物資産品が、自給自足で事足りる閉鎖循環型経済圏。

 つまり、〈幌筵〉星系が、その主要な産品とするのは豊富に収穫される農水産物がメインで、鉱物資源や工業系の産品はオマケほど。さしたる観光資源も無く、小惑星帯のような――鉱脈が剥き出しとなった(採掘の容易な)未開発資源を有しているわけでもない。

 ただ単に、人類が居住可能な惑星に入植者たちが住みつき生活しているというだけの土地なのだ。

 一般に生物資源惑星と呼ばれるこのようなタイプの惑星は、あえて意地の悪い言い方をすれば、何の取り柄もない土地、貧乏な土地であるというのがほとんどだ。

 砂漠、密林、湿原、凍土その他の、見るからに厳しそうなものから、お伽話メルヘンの中にこそふさわしいような長閑のどかなそれまで――人によって背景として思い描く自然環境えがらは異なるだろうが、とにかく、そのような土地で住民たちがひたすら農水産業に汗を流しているといった絵図が即ち、生物資源惑星の姿なのである。

〈幌筵〉星系の場合、そこに属する二つの人類可住惑星のいずれもが、気候をはじめの自然環境が比較的穏和なことはプラス要素と評価はできたが、それでも、そうした類型から大きく外れるものではない。

 開拓村。――いっそ地上的な表現を援用すれば、辺境と表現するよりももっと〈幌筵〉星系について理解するのは容易かも知れない。

 深雪の言葉を借りて言うなら、ド田舎である。

 一応、人口を集約した都会はあるし、通信や交通、エネルギーその他のネットワークも整備はされている。

 宇宙空間との往来すらある。

 しかし、それでも〈幌筵〉星系が辺鄙な地だという事実は変わらない。

 宇宙――それも星系の外、別の星系との繋がりが、自星系経営の上で必要不可欠なものでは無いからだ。

 開拓村と同様、これも地上世界的な表現でたとえるならば、やまあいもしくは海浜の僻村といった立ち位置なのだった。

 それも、あえて言葉を付け加えて言うなら、山並みの向こう、或いは波頭の彼方に、ギラギラと輝くメガロポリスが望める立地の僻村である。

 そのような地であるから、おのずと人口は流出気味だった。特に若年層においてそれは顕著で――まぁ、『ビッグになってやるぜ!』と野望に燃えた人間ばかりではないが、誘蛾灯にかれる虫のように故郷を後にする若者たちは少なくなかった。

 じっさい深雪が宙免(低圧・低重力環境作業技能者免許)――それもいわゆるプロライセンスである二種までもをかなり早い時点で取得したのも、それが動機の一つと言えなくもない。

 深雪の実家は酪農を営む農家である。

 家族は両親と姉、深雪の四人家族だ。

 アスリートとして成功し、有名になった姉は故郷を離れ、今も大倭皇国連邦中央で、忙しい日々をおくって活躍している。

 そんな姉に憧れて、おなじく陸上競技をはじめた深雪は、しかし、その道ひとつに絞るのではなく、自分に選択肢をもたせようとしたのである。

 たとえ陸上選手として大成せず、家業を継ぐことになったとしても、そのままではダメ。

 なにしろ自分の周囲は、おなじく農をなりわいとする人間たちで満ち溢れている、と言うか、同業者しかいない。

 周囲がそうだからといった理由だけで、十年一日、何の工夫も努力もしないで、ただ先祖代々の家業を守っています。――そんな根性では、いざ、何事かが起こった時には対処できない。

 どこをどう転んだとしても、つぶしがきくように備えておく必要がある。

 そう考えて、深雪が目をつけたのが宇宙空間作業技能者――軌道養豚場や無重力牧場で働く人々だったのだ。

 低重力環境下で食肉生産をおこなう工場で働く技術者である。

 地上に土地が有り余っている〈幌筵〉星系では、ブランドモノに対するマスプロモノといった案配で、評価がイマイチ低い食肉なのだが、深雪が着目したのは業種そのものではなく、そこで働く上で必要な『低圧・低重力環境作業技能者』という肩書きの方。

 つまりは、自分に『資格』という名の武器を付与することに着目しての選択だった。

 こうしたことをまだ一〇歳になるかならないかの子供の頃から考えていたのだから、田仲深雪という少女は、しっかりしていると言うか、とにかく、その根性やガンバリズムには脱帽もので敬服するしかない。

 が、

 しかし、

 実家の家計のこと(までも)をおもんぱかって、資格取得のための講習受講に宇宙軍が提供していた無料の奨学制度を利用した。――今となっては、その判断が仇となったと言わざるを得なくなっている。

 クラスメートたちと連れだって、惑星〈幌後〉の低軌道上をめぐる軌道施設で種々の講習や演習を受講はしたものの、プロライセンスの課程までもを希望したのは深雪のみ。

 半分、観光気分で、宇宙を楽しみに来ていたクラスメートたちは、全員その手前で自主的にリタイアしてしまった。

 事実上マンツーマンでの上級編受講となって、その時はこの上ない学習体制と喜んだ深雪だったが、進級の前に書かされた書類――宇宙軍予備役編入への同意書署名サインが、いま、レッドカードとなって彼女を絡め取ろうとしている。

 それも、選りにも選って、深雪がアスリートとして単なる片田舎の一選手から中央の檜舞台を踏めるか否かの試金石――ステップアップのチャンスとも言うべき競技大会の直前になって。

 深雪が運命を呪いたくなるのは当然だった。

 とまれ、

「召集令状の上に右掌みぎてをあててください」

「え……?」

 どれくらいの時間がたったのか、男の声に深雪が顔を上げると、役場職員の男と目があった。

 中年の――深雪の父と同じくらいの年配の男。

 年齢からして、おそらく今回がはじめての配達ではないだろうから、召集令状を手渡されたとき応召者が混乱することを承知していて、だから、しばらく間をあけ、待っていてくれたのだ。

「召集令状の上に右掌をあててください」

 もう一度おなじ言葉を男は繰り返した。

 見れば深雪の手にあるレッドカードから職員が提げているカバンの中へ細いケーブルが伸びている。

 たぶん最初からそうだったのだろうが、動転するあまり深雪は気づかずにいた。

「あ……、は、はい」

 深雪が言われた通りにすると、あてた掌の下でピッと電子音がして、レッドカードからその細いケーブルがはずれる。

 多分、役所に登録してある深雪の掌紋データがカードの内部に記憶されていて、それと照合したのだろう。

 応召者本人が召集令状の表面に触れることが、つまり受領のサイン代わりということらしかった。

 レッドカードからはずれたケーブルは、チーッという小さな音とともにコードリールに引かれ、カバンの中に巻き取られてゆく。

 ケーブルがカバンの中にすっかり収納されてしまうと、それをじっと見ていた男は顔を上げた。

「田仲深雪さんの召集令状の受領を確認いたしました。以降、出頭の詳細、また細則等については、令状の表面に応召者自身が触れることで案内が表示されますので、その指示に従ってください」

「何か質問はありますか?」――召集令状受け渡しの際の定型句なのだろう文言を口にした後、そう質問してくる。

 深雪がかぶりを振ると、では、と言って一礼した。

「頑張ってください」

 最後に一言そう言うと、感情を込めない事務的な態度で終始したまま、市役所職員の男は去っていった。

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