『宇宙戦争/巡洋艦〈あやせ〉の戦い』第一部/開戦 (ver.4.5.5)

幸塚良寛

1章.補充兵

1.出征―1『田仲深雪-1』

 あまねく人類が住まいし、群雄列強の割拠策動する〈ホロカ=ウェル〉銀河系。

 あまたの国々が勃興衰微し、幾多の勢力が興隆滅亡してきた広大絢爛たる星群。

 戦乱の絶えぬ星界の東方に大倭皇国連邦はあった。

 女皇を国家の元首に戴くちいさな星間国家である。

 そして、建国以来、二千数百余年の時をけみしてなお、自主自立のまま国家の独立を維持し続けている誇り高き国でもあった。

 時には、かかる火の粉を振り払うべく、諸外国との戦いに血を流し、種々の外圧に抗しては、会議の席で懸命の弁を奮った。

 大国に侮りを受けて併呑されることなく、他国を自ら侵すこともなく――そうして二千数百余年を生き抜いてきた国なのだ。

 独自に星々の大海を渡る超光速航行技術を開発し、周辺の諸国と関係を結んで、小さいながらも一つの経済圏を代表する国。

 連綿と続く皇統は、記録されている限りにおいて最も旧く、上代に崩壊をした銀河帝国よりも以前に出自は遡るとさえいう。

 単に、小なりという国勢を理由に国家の群の中に埋没し、列強諸国から軽視されうる程に、その存在は軽くはない国だった。

 そして、その首都星系から遠く、北辺に位置する辺境の地、〈幌筵ぱらむしる〉星系。

 人類が居住可能な惑星を二つ有するその星系の第三惑星、〈ほろしり〉。

 農水産物が主要産品の、治乱の激浪に揉まれることもたえてなかった幸運な地。

 その地にあって、一人の少女が旅立つところから、この物語ははじまる。


 その日、田仲深雪が帰宅するとレッドカードが届いていた。

 通っている専修学校での一日を終え、バイトもこなした後の、とある夕方のことだった。

 深雪の実家は酪農を営む農家で、だから、現在、深雪が学んでいるのも将来に備えての実学がメイン。

 それに加えて彼女が幼い頃から志望している陸上競技選手アスリートとして成功するためのトレーニング。

 家業を継ぐか、それとも陸上選手として独立するか――最終的にどちらの道へ進むにしても、そろそろ結論をくだすべき時が間近に迫ってきていて、日々の学習、また実習、そして鍛錬に、より一層の力が入る昨今なのだった。

 そして、そうした努力の甲斐あって、集大成とも言うべき大きな競技会の出場選手にも見事、選抜され、いよいよ決意も固く、『やるぞ!』と燃え上がっている最中さなかだったのだ。

 今日もそうしてスケジュールをこなし、仕上げにSAVS(Smart Access Vehicle System)の停留所から自宅までの道のりを走って帰ってきた深雪であったのである。

 クセのない艶やかな髪をポニーテールにまとめて背中に流し、カバンを背負って、染みいるような緑の中を一陣の風となって駆け抜けてゆく。

 つい先日、一八歳の誕生日を迎えて成人したばかりと年若く、健康で、かつ、かなりハードな運動をこなした肉体は、一刻も早くエネルギーを補給するよう切に自身に訴えていた。

 先程から繰り返し、キュウ~と、か細い音をたてているのである。

 まったくもって当然というか、無理もない反応であったが、年若い乙女としては、やはり恥ずかしい。バスの車内で腹の虫が鳴かなくてよかった……。そう思いながら、空腹をなだめるようにお腹のあたりをスリスリと撫でて一散に走る。

 ただ一面のくさはらがひろがるばかりで人影とてない中、今日の晩ご飯はなんだろう? というのが、自宅に辿り着く直前時点で深雪が考えていたことだった。

 やがて遠目に自宅が見え、玄関先に人影があるのに気づいて、「ただいま!」と声をあげかけ、眉をひそめる。

 玄関先で二人の男女――役場職員の制服を着た中年の男と、その応対に出てきたらしい母親の姿があって、なにやら会話をしている。

 ただ、その様子が変だったのだ。

 男は肩から提げたカバンに手を掛け、棒を呑んだようにしゃっちょこばり、母親は血の気の失せた顔で相手を見つめて呆然としている。

 まるで、家人の不幸か伝染病発生にともなう家畜の強制殺処分でも告知されている現場のようだった。

「ただいま……」

 おずおずと深雪が言うと、その声に振り返った男の顔が安堵に緩んだ。

 が、それも束の間、

 いま見た表情は錯覚だったかと疑う早さで元の無表情な態度にもどる。

「田仲深雪さんですね」

 質問ではなく、確認する口調で訊いてきた。

 どうやら役場職員のこの男は、深雪に用事があって家を訪ねてきたらしい。

「そうですが、わたしに何か……?」

 すこし気圧されがらも深雪がちいさく頷くと、

「おめでとうございます」

 そう言って、男はカバンからレッドカードを取り出し、それを深雪に手渡してきたのだった。

「げ……」と、思わず喉元まで出かかった声をかろうじて深雪は飲みこんだ。

 レッドカードは、宇宙軍の召集令状である。

 一般市民を兵役に就かせる為の呼び出し状だ。

 退場命令レッドカードと揶揄した呼び方をされる通り、全面が真っ赤な樹脂製のカードで、役所の兵事担当者が応召者本人に直接、手渡す慣いとなっている。

(マジなの……?)

 なかば呆然と令状カードを受け取りながら、心の中で深雪は呻いた。

「ありがとうございます」と神妙に形通りの返事をしている自分の声が、どこか遠く、他人のもののように聞こえている。

 それを更に、(ああ、初めてなのにちゃんと対応できてる)と、どこか他人事のように見つめている自分がいるのだった。

 一種の逃避であったかもしれない。

 ……こういう場面は、ドラマでは何度も観たことがあった。

 ほとんどは大倭皇国連邦が戦った過去の戦争を題材にしたもので、家族や恋人の別れを描いたお涙頂戴のメロドラマだった。

 宇宙軍から召集される――兵隊に行くということは、国民にとって名誉なこととされていて、

 だから、召集令状受け渡しの際に、兵事担当者は「おめでとうございます」とお祝いを言うし、それに対して応召者は「ありがとうございます」と礼の言葉を口にする。

 それが世間的な常識であり、慣習なのだった。

 ドラマでも、必ずそうしたやり取りがかわされるのを深雪も観ていた。

 しかし、他人事として知っていることと、自分のこととして実行するのとでは大違いだ。

 いま、突然に、ドラマの主人公――応召者その人になってしまった深雪の目は、レッドカードの表面に釘付けになっている。

 なにかの間違いであってくれと祈る気持ちでいっぱいの眼差しだった。

 しかし、

 ――充員召集令状。

 カードの表面には確かにそう表示されていて、何度まばたきを繰り返しても、その現実が変わることはなかった。

(マジ……なんだ)

 絶望的な思いにかられ、深雪は心の中でふたたび呻いた。

 ……戦争がはじまったらしいことは知っていた。

 まだ噂の域を出てはいないが、宇宙軍のさる根拠地が攻撃をうけ、壊滅的な被害をうけたそうなと、あちらこちらで、まことしやかに囁かれだしていたからだ。

 だから、自宅に市役所の職員が来ているのを見た時、なんとなく不吉なものを感じてはいたのだ。

 しかし、まさかこんな形で悪い予感が現実になるとは思いもしなかった。

(最悪だわ! いくら何でも早すぎるでしょう?! 戦争がはじまった途端に令状が来るってどういうこと?!

(何故わたしなの?! わたし、来月は星区代表を決フェめる選抜陸上競技大会に出るのよ! そこで良い成績をだせれば、もっともっと先にだって進める筈なのよ?! それなのにどうして……?!

(今までの努力は水の泡なの? わたしの夢って、これでオシマイ? そんなのってヒドい! なにも、こんなド田舎のから真っ先に兵隊を引っ張ることもないじゃない!

(将来のためと思って宙免を取得したのがマズかった? お姉ちゃんみたいになれなかったら……、陸上で食べていけそうになかったら、その時に備えて資格を取ろうとしたのがダメだった? それで宇宙軍に目をつけられた?

(でも、だって、そんな……! わたしはただ頑張っただけなのに! それがいけなかった?! だった?! 努力したのがダメだった?!

(そんなのってない! そんなのってないよ! あんまりだ!)

 最悪最悪最悪と、急変した運命に頭の中がグルグル混乱してしまう。

 将来の夢も希望も、足下からガラガラと崩れ落ちていくようだった。

 そんな深雪を能面の無表情さで市役所職員の男はただ見つめている。

 個人的に思うところはあるのかもしれないが、欠片すらそれを表に出そうとはしなかった。

 いや、深雪の帰宅を知った時、ほんの一瞬にせよ、ほっとした表情を見せたから、「おめでとうございます」と口にはしつつも、内心はきっとそうではないのだろう。

 家族よりも本人を相手の告知の方が、まだしも気楽という本音が透けたのであろうから……。

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