いつも通りの中
「おは〜、優太〜〜。」
「よう。」
同期で入ったこの坂本は、「自称」僕と大の仲良しである。僕の性格とは真逆、大のお喋り好きであり、その羽のように軽妙すぎるトークは確実に我が企画営業課に向いている。逆に言えば僕は営業にとことん向いていない。実際、仕事でこのお喋り野郎に何度も窮地を救われているのだ。何とも憎たらしい。
「お、おはようございます、先輩!」
「ああ、岡田か、おはよう。」
岡田はソワソワと大きな瞳で僕を見上げている。
ん、ん、ん、ああ、そうだ、確か岡田は前髪を切った事に気付いて欲しかったんだっけ。1度目の僕はそんなことに全く気がつかなかった。その結果坂本に、つらつらつらペラペラペラと恋愛講義を聞かされることになったのだ。過去に戻るとはこういうことか。ズルをしている気分ではあるが貴様の手ほどきを実践させていただくよ、ありがとう坂本。
「前髪切ったな。岡田。似合ってるよ。」
岡田の顔はみるみる幸せそうなニヤケ顔へと移ろってゆく。分かりやすい。
「ほ、本当ですか!?やったあ!へへへ、どうですか坂本さん!先輩は鈍感非モテクソ野郎なんかじゃないですよ!」
おいおい、ちょっと待て僕はそんな風に言われていたのか。
「お、お前、優太じゃないな!誰だ!俺の知っている優太が女の子の些細な変化に気づけるはずがない!」坂本がこちらを指差して、目を見開いている。
確かに坂本が言っていることは半分当たっている。あの日の僕はここには居ない。
「うるせえ馬鹿、誰が鈍感非モテクソ野郎だ。そういうのに敏感なくせに、全く彼女できないのはどこのどいつだよ。」
「くっぐぬぬぬ...。もう知らん!」坂本は大きな足取りで自分のデスクへと戻っていった。坂本は何もしなければ俗に言うイケメンなのだ。それはもうまごう事無く。ただただ性格の損が大きすぎる。
「へへへ...。」岡田は相変わらず控えめな笑みを浮かべながら俯いていた。
物事の結果は、膨大な選択肢の組み合わせによって無限にも変化していくのだろう。
いつもと変わらない景色、いつもと変わらない職場、恐ろしすぎるほど普通な今日この日に、僕は一人の人間の運命を変えるための正しい選択をし続けなければならない。
時刻は9時を過ぎた。
一応始業の時間ではあるが、社員は各々自分の仕事を抱えているので出勤時間もまちまちだ。
職場には少しずつ社員も集まり始め、緩やかに一日が始まってゆく。
僕は明日で実質退職なので、いつ出勤しようがこれといって重要な仕事などない。
唯一の仕事といえば岡田に引き継ぐ仕事を教えるだけなのだが、彼女は覚えが異様に早くて助かる。距離が近いのは気になる所だが。
なんでもないパソコンの操作に手こずり、2人で悪戦苦闘していると、岡田が手を止めて静かに口を開いた。
「………先輩、本当に辞めちゃうんですね。」
「あぁ、今度からは坂本が上司だ。頑張れよ。いろんな意味で。」
「辞めたら...どうするんですか?」
「ん、どうしようかな。考えてないや。」
「じゃあ...辞めなきゃいいのに...。」
「..........................。」
「先輩...、ゆ、ゆうた...さん...。」
「ん?」
「私...あの、その...ゆうたさんの事、す、す、す、す、好きです...。」
「あぁ、僕も岡田の事好きだよ。要領良くて助かる。素直だし。この前の資料も良かったよ。坂本はそこら辺がトンチンカンなんだよね。」
「いや、あの...そうじゃなくて...。」
「そろそろお昼だし、一旦諦めるか。」
「............はぃ。」
昼休みになると僕は一目散に階段へ向かった。今日だけは待っていられない。
もしかしたら結衣はどこにも居ないんじゃないか、という妙な焦りと緊張もあった。
階段を降り始めた僕の足がピタリと止まる。
「お、優太!へへへ、きみから来ようとするなんて珍しいじゃあないか。」
結衣が笑っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます