2度目の4月24日 

 戻ってきた自分の部屋には、相変わらず郷愁のオブジェクトがポツンと佇んでいる。さっきは気がつかなかったが、正面にあるガラス戸からはベランダらしきところに出られそうだ。そこから風を感じるのはまた今度にしよう。僕は大きく深呼吸をした後、再びベッドの中で瞳を閉じた。


 ピー、ピー、ピピピピ ピー、ピー、ピピピピ

聞き慣れた音で目を覚ます。この5年間、聞きたくも無いのにほとんど毎朝聞かされ続けた電子音だ。アラームを止めるためにスマホを手にとった僕はあることに気がついた。

「宮本さん…。」4月24日。やはり戻ってきたのだ。

恐らくこれから、あの日と同じ外的要因を経験していくのだろう。僕は真っ先に結衣に会いにいく事を考えた。しかし結衣は会社を挟んだ真反対に住んでいる。こんなに朝早くに会いに行くのはなんだ気恥ずかしいし、彼女にも笑われてしまうだろう。とにかくまぁ、この1日を大切にしよう。

はやる気持ちを前に、僕はカーテンを開けるために立ち上がった。


はずだった。


全身を強烈な寒気が襲い、胸部に激痛が走る。

ギリギリ ギリギリ バチバチ パリパリ

どきり どきり どきり どきり

急に動悸が激しくなり、呼吸がうまくできない。平衡感覚を失った僕は重心をぐらりと崩し、まだ春先のひんやりとしたフローリングの上に激しく着地した。

とろりと口と鼻から溢れ出す、決して見慣れたくない深い赤色。やがてゆっくりと衝撃は収まってゆき、冷静さを取り戻していった。果てしない程長い間痛みと戦っていた筈だが、実際には2分程しか経っていない。

やはりこれも変わらないのか。

部屋の最も低い場所から掛け時計を見つめる。6時45分。

人生初の吐血を僕は2度も経験してしまった。確か僕はあと5分ほどは起き上がれないはずだ。

薄く、カラフルなパステルカラーに支配されつつあった僕の脳内は、曇天の薄暗いモヤに移り変わり始めていた。


「5月25日、今日からきっかり一ヶ月後にあなたは死にます。」

宮本の声が残響のように何処かで鳴っていた。分かっているよ。僕自身の死神はすぐそこで待っている。僕を見下ろし、僕を殺すのを楽しみにニヤニヤと笑っているのだ。


結衣が生き返っても僕が死ぬことは変わらない。

1度目の今日、結衣との別れを決意させたその赤黒い水たまりを前にして、2度目の僕もやっぱりあの日と同じ様に泣いた。

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