簡単な一回

 「それで、いよいよ僕はこの世界で何をすればいいんですか?」

正面にあるガラス戸からは現実世界と同様に朝日が燦々と差し込んでおり、目の前に立つ細長い男の輪郭をより強くしている。


「ええ、単刀直入に言わせていただきますと、奥田さん、あなたはこの世界の中で3回だけ過去をやり直すことができます。一回につき、1日だけですがね...ひひひ。」


ああ、なるほど、流石夢の国、流石ワンダーランドだ。なんでもありとはこの事か。

「それなら、昨日をやり直すことも出来ますよね?」

当然の質問だ。もし僕があの日1秒でも長く彼女と一緒にいれば、彼女は事故に遭わなかったかもしれないのだ。ただの偶発的な交通事故であれば、の話だが。とにかく僕の中を占める後悔の紺色は、すべてあの日に起因している。


「ふふふ、やはり奥田さん......飲み込みが早いと言いますか、疑わないんですねえ。」

何を言う。今現在こんな訳の分からない空間に閉じ込められているのだ。むしろそれくらい出来てもらわないと困るだろう。

「ええ、もちろん.....しかしながら...「なら今すぐ行かせてください!」

遮るように飛び出したその声は、6畳一間の箱の中にしっかりと響き渡った。

宮本の言っている『過去に戻る』ということが本当であれば、少なくとも生きている状態、時間軸の結衣に会う事ができるだろう。

僕はこの世界とこの男を疑わない。疑えば結衣は再び死ぬ。

どくり、どくり、落ち着きかけていた振動が再び身体を熱く揺らし始めていた。


「..................いいでしょう。しかし後悔しないでくださいよ、奥田さん。3回だけですからね.....。」

宮本の顔は笑っていない。氷のような眼差しに少しヒヤリとした。


簡単な話だ。

結衣を救うためには、結衣をあの日、あの時間とき、あの場所から遠ざければいいのだ。

そうすれば事故は起きない。失敗もない。だから3回もチャンスなんていらない。


「宮本さん。お願いします。」僕は立ち上がり、まっすぐ宮本を見つめた。

宮本は何かを諦めたようだ。

「ふぅ.....それでは元の部屋に戻りましょう。奥田さんには再び眠っていただきます。目が覚めた時、そこがどこで、いつなのか、それはご自身の目で確認してみてください。」


「最後に、奥田さん。一つだけ。」

「はい。」

「運命とは単純なようで複雑です。そして、複雑なようで単純なんです。」

「はぁ...。」

どういうことだ?


宮本に小さく会釈をし、僕は部屋を飛び出した。

「結衣......!」

足取りは軽い。

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