夢世界、どくり、どくり

 屹立とそびえ立つその男の眼差しは、僕の心を直視している様であった。

先程までのメルティなニヤケ顔はもうどこにも無い。


「佐...々...木........、結衣.....。」

激しくなった動悸を含む僕の内側は、脳へ血液を送ろうと一生懸命に発熱している。

「どうしてそれを......?」整理がつかない僕の語気は自然と強くなった。

「どうしてもこうしても、それがあなたのここへ来た理由なのです。あなたは自らの意思で願い、今私の目の前に立っておられます。」


「は、はあ......。」どくり、どくり、どくり。鼓動のドラムは依然と内側から鳴っている。

僕は確かに強く願っていた。結衣に会いたい、と。彼女に再び会えると言うのであれば、僕は何だってするだろう。今の僕は「佐々木結衣」という日本語の前に、藁にも死神にもすがりたい様な気分だった。


「それで......具体的には、僕は一体何をどうすればいいんですか?ここは本当になんなんですか?」どくり、どくり、どくり。今度のその鼓動は強い緊張を明示するために鳴っている。

きっと普段の冷静な僕であれば、妙にリアルなだけのこのを前に苦笑い、考えつく限りのギルティを遂げた後に速攻で覚醒を試みるだろう。しかし今だけは、どうかこの夢が覚めないでほしいと願っていた。現実に戻ったって居場所などないのだ。

「とにかく居住手続きを済ませましょう。あなたには時間がありません。ついて来てください。」

宮本は再びゆらゆらと体を流しながら僕に背を向ける。

その瞬間、僕の足元から一足の靴が出現した。

出現という表現が正しいのかは分からない。とにかく何もないくうからじわりじわりと輪郭を生み、そこへ着地したのである。


「み、宮本さん!あ...あの...く、靴が.......。」驚いた僕はとっさに彼を呼び止める。

「え?」振り返った宮本はこう続けた。

「履かなくてもよろしいのですか? 確かにここぞという場面では裸足で走る方が足が速くなるとかならないとか...ふふふ...少年の様ですねえ。少年といえば..「いやいやいやいやいや、そうじゃなくて!今、ここに......こう、ぬるりと靴が...!」

この男はふざけているのか?少しの苛つきと共に宮本という男が益々分からなくなってきた。死神の可能性はまだ払拭できない。


「え?ああなるほど.....あのですねえ、奥田さん。」

背筋が凍りそうな程の不気味な笑みを再び彼は浮かべている。

「ここはあなたの夢の中です。 夢の中は夢の中、奥田さんがいま想像出来ること、出来ないこと、全ての事象がここでは存在し、起こりうると思っておいてください。ひひひひひひ。」


「はあ...。」困惑しつつも急に実体を持った一足のスニーカーを前に、僕はさらにあることに気がついた。目の前にあるのはナイキのエアフォース、有名なブランドとコラボした超限定品のスニーカーだ。

本当になんでもありらしい。この世界は。

ここ数年間ずっと欲しいと思っていたその赤いスニーカを手に取り、僕はうっとりと見つめる。


「わぁお。」

「クックックッ.......................さあ、行きますよ。」

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