空に近い場所
雨の跡をにわかに残した屋上は、朝という事もあってかいつもより静かで、ずっと透明であるような気がした。その中心を真っ直ぐに進み、転落防止用の錆びた鉄柵を掴む。雨に濡れたその柵は、いつもより濃い血の味を思わせた。
この景色はいつもと何も変わらない。変わってしまったのは、景色以外の全てだ。
近くも、遠くもない地表を眺めながら、あそこの角にぶつけたら痛そうだ、なんて下らないことを考えてしまう。昨日はいたんだ、確かにここに。屋上の隅へ行き、彼女が居た場所の
今朝は確認できなかったスマホの通知を震える手で確認する。
着信20件
18:00 結衣
18:04 結衣
18:10 結衣
18:23 結衣
19:02 結衣
19:20 結衣
20:34 結衣
22:10 結衣
22:29 結衣
22:59 非通知
23:01 非通知
23:02 050-xxxx-5045
23:14 -0110 世田谷警察署
23:16 -0110 世田谷警察署
23:21 -0110 世田谷警察署
23:33 -0110 世田谷警察署
23:41 母
23:43 母
00:45 坂本
01:22 坂本
知らない番号を調べてみると世田谷の救急病院であることがすぐに分かった。さっきまでは全く確証のない戯言の様にしか感じ取れなかった「結衣の死」という現実が、もう手の届く所まで来ている。ひとつ、ふたつ、みっつと、ただ単純に僕は泣いた。
足元には仲良く二つのプランターが並んでいる。左が君ので、右が僕のだ。僕たちは二人で選んだプランターに、それぞれが選んだ花の種を植えて育てていた。
「何選んだかはお互い内緒ね。咲くまでのお楽しみ...。」結衣が子供のような無邪気な顔で笑う。
自分の方をきちんと育てるという約束をした筈が、熱心では無かった僕はいつからか水もやらなくなっていた。それでも今まさに二つの地表の中でそれぞれが花を咲かせようとしている。
ああ、そうか...全部結衣が...。
僕のプランターの方にだけ「栄養満点!!!」と書かれた緑色の小さな点滴が刺さっていた。
僕は膨らんだ彼女の小さな夢をそっと撫でる。
彼女が熱心に育てていたこの花達は、彼女の中で永遠に咲く事はなかったのだ。花達も、彼女に出会うために生まれた筈なのに。
この殺風景な屋上は、本当に、ただの、殺風景な屋上へと変わってしまった。立ち上がり、涙を拭いた僕は決心する。もう死のう。
どうせならあの海がいいな。昔結衣と行った、あの美しい海。
「ヘタ、ヘタ、優太、本当に泳ぐのヘタ、面白すぎる。ははははは。」
遠くで結衣がジタバタと笑いながら大きな声を上げている。
君にはもう笑われないだろう。
僕はもう、その強大な全てのうなりに立ち向かおうとはしないから。
神様、神様、僕はいつか貴方を殺しに行きます。
不思議な夢を見るようになったのは、その日の夜からだった。
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