二二節、近付く距離

 片手に魔術具を掲げたままその両腕にアルフェネリアも抱き、二人で盤面を見詰めるテオルドフィーはその光の揺れに安心とも焦りともつかない小さな息を漏らした。

「……目指す先に変化が見えるわ。 きっとご両親が捜し歩いていらっしゃるのね」

「はい。 はやく二人を村のみんなにしょうかいしたいです。 ああ、でも、ひやかされるかなぁ? 二人ともきれいだから」

 リックスが何処か困ったのを誤魔化す風ににやりと笑うと、単純に誉められたと解釈したアルフェネリアはにっこり笑って返した。

「りっくも、かっこいーでしゅよ」

「っ! ありがと。 そんなの、はじめて言われたよ」

「あら、リックはとっても格好良いわよ」

「ぇえっ‥?」

 突然の追撃にリックスは狼狽えながらテオルドフィーを見上げる。

「お荷物になった私達をそのまま捨て置く事も、或いは何もせずに他者の助けを待つ事も出来た筈。 けれどリックは自分に出来る限りの事を一生懸命考えて、行き摩りの私達に精一杯施して下さったでしょう?」

「でっ‥でも、先にたすけてもらったのはおれで……」

「リックは只のお返しのつもりだったかも知れないけれど、貴方位の歳でそれが出来るのは中々の事よ。 大人でも出来ない人は大勢居るもの。 悲しいけれど、助けるどころか口に出すのも憚られる悪い事を、平然と行う人まで居るくらいよ。 ……まあ、流石にそれは極端な例で、リックと比べるのは失礼ね」

「うぅ……はずかしいです」

 アルフェネリアの言葉には照れ笑いを浮かべるのみだったが、テオルドフィーにまで力説されては耳や首まで赤くして羞恥に歪んだ顔を隠すのみだ。 気分を紛らわす為にこれ迄より周囲に視線を逸らしたリックスは、偶々視界に入ったそのまま食べられる木の実を手に持てる分だけ採取して戻ってきた。

「これ、二人もよかったら。 見た目はアレだけど、おいしいので」

 縦長の歪に曲がった球体は厚みのある皮に一筋の裂け目があり、そこを割り開くと中には周りふかふか、中はとろりとした食感のほんのり甘い、白い実が入っている。 そこへ僅かに透けて見える中心には小さな黒い種がびっしりと並んでいて、これは噛むとシャリシャリとしたアクセントになっており……、名前はその見た目からポムリと呼ばれている。

 ちなみにリックスは実際の蚕を見た事は無い。 昔、南の方から山に訪れた旅人が「まるでポムリみたいだ」と発言した事からこう呼ばれる様になったらしいが、リックスの住む村が出来るよりも前の話だ。 ……閑話休題。

 それ程大きな物ではないのでお腹を満たすには足りないが、ちょっとした小腹の隙間にはちょうど良い。 木の数はそう多く無いけれど、山でたまに見かける村のおやつの一つだ。

「有難う、リック。 母は手が一杯なので、リアが受け取って下さいな」

「あい。 りっく、ありがとう」

 二つとも渡してしまうと両手が塞がるので、リックスが皮をしっかり剥いてから手渡した。 そして食べ方を実演して見せる。受け取ったアルフェネリアはまずその内の一つを「はいっ」とテオルドフィーの口元に差し出す。

「おかーしゃま、どーじょ」

「ふふっ、戴きます」

 テオルドフィーも顔を寄せて、疑いも躊躇いも無くはむっと小さくかじりついた。 確かに芋虫を思わせる見た目ではあったが、リックスが悪戯に変な物を渡すとは思い到りもせず、只見知らぬ食べ物への興味がまさった。

「リアも食べて」

「いただきましゅ」

「初めて食べる風味だわ。 癖が無くて、食感が面白いわね。 それに優しいあま味……」

「おいしーでしゅね」

 二人でにこにこと笑っている姿は大変微笑ましく、リックスもようやく恥ずかしさを忘れて一緒に笑った。 その間にも二人はせっせと足を運び、アルフェネリアはテオルドフィーの腕の中からきょろきょろと景色を楽しむ。

 時折開けた場所で休憩を挟みつつ、陽が再び傾き辺りが薄暗く肌寒くなり始めた頃、アルフェネリアの言葉で三人は間も無くゴールだという事を覚った。

「あっ。 おこえきこえましゅ! おとこのひと、おんなのひと、たくしゃんいましゅ。 “りっくしゅ”よんでましゅよ!」

「羅針盤でも反応が随分近くなったのよ。 この木々や起伏さえ無ければ、もう少し行ったら視界に入っても可笑しくない頃ね」

 二人の言葉にリックスが耳を澄ましながら辺りをじっと見回す。 微かに誰かの声が聴こえる。 まだ誰の声かも、何と言っているのかも判らない位遠くからだが、こちらも負けじと大声で叫ぶ。

「父さーん! 母さーん!」

 ぅわんぅわんと反響音が響き、それが収まるのを待って相手からの反応に期待を募らせるリックスは確かに自分を呼ぶ声に、テオルドフィー達に視線を向けること無く反射的に駆け出した。

「あっ、待って! 走ったら危ないわよ!?」

「りっくっ! おいてかないで‥っ」

 テオルドフィーもアルフェネリアを抱いたまま慌てて後を追い駆けるが、日頃の運動不足による疲れや元からあった体の怠さも相まって、転ばない様に気を付けていると見る見る差が開いて行く。 あっと言う間にその背は見えなくなった。

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