二三節、発見

 リックスは足を滑らせて転んでもすぐに飛び起きて、全身益々泥にまみれ、あちこち痣だらけになりながら何度も声を張り上げた。

「おぉーい! みんなーーっ」

「ーー……こだ~っ!」「‥ックスーー!」「向こうを……せッ」

 次第に互いの響き渡る声が“言葉”として聞き取れるくらい近くなり、両親だけでなく村の男手が殆ど総出で自分を捜してくれていた事が判る。

「聴こ……るかあ~っ?」「おおーーい!!」


 ーーみんなだ! 村の……っ、みんなの声……!


「ここだよーーっっ! みんなぁ~~っ、とーさーん! かぁさーーん!」

「あっ……だ!」「リック……えが!」「向こうから……」

 日が暮れ闇に包まれた木々の隙間に、探索に出ていた村人達がその手に掲げる松明の炎が揺れるのが見えた。

「おーい、見付けたぞー!」

「こっちだ!」

「誰かっ、バネッサとアダンを呼んでこい!」

「フェドおじさんっ、みんな!」

 リックスは中でも一番近くにいた自宅の隣家に住む、長身で中年の男性フェドに飛び付いて無事を伝える。 その温かな胸に押し当てた目からは安堵し気が弛み、浮かんだ涙が人知れず溢れ落ちた。

「リック! このバカ息子が! 心配掛けさせやがって……!!」

「父さん……っ」

 息を切らせて大股で駆け寄ってきた錆色の短髪のがっしりとした体格のアダンは、リックスに近寄るなりゴチンとその頭に拳骨を落とした。 その目は赤く潤んでいる。 それに続いた栗色の癖毛を後ろで一つに纏めて、化粧もしていない顔に心労が浮かぶ中肉中背のバネッサは、痛みに思わず頭を押さえたリックスの小さな体をぎゅうっっと痛い程力強く抱き締めた後、周囲の村人達に笑顔で頭を下げて回った。

「ああっ‥無事で良かった! 本当に……皆さん、ありがとうございました」

「母さん」

 バネッサはアダンと挟んで立つリックスの頭を抱き寄せ、リックスは胸一杯に母の匂いを吸い込む。 丸一日振りの我が子にバネッサは何度も撫でながら見下ろし、噛んで含めるように言い聞かせる。

「危ないから暗くなる前に引き上げてもらったけど、ここに居る男達だけじゃない、女達や、昼には子供たちにも手伝ってもらって捜してたんだからね」

「しんぱいかけて、ごめんなさい。 みんな、さがしに来てくれてありがとう」

 リックスは再び涙を滲ませながら深く、深く頭を下げる。 その頭を代わる代わるぐしゃぐしゃに撫で回し、細い肩を叩き、声を掛けて一足先に帰っていく村人達。

「いいってことよ」

「まぁ、おれもガキの頃迷子になったことがある。 反省は次に活かせばいい」

「大きな怪我もなくて、よかったな」

「あんま無茶すんじゃねぇぞ?」

 村人達がリックスの発見と無事を喜びあっている処に大分遅れて追い付いたテオルドフィーとアルフェネリアは、離れた場所から見るその光景に震える胸を抑えていた。

 島では近所付き合いが希薄だ。 だから自分の身に置き換えれば両親の心配までは想像できても、こんな風に他人まで心配して大勢が捜しに来るとは想像していなかったのだ。

「リック、良かった……ご両親と会えたのね」

「おかーしゃま、りあも、りっくのとこいく!」

 パッと振り返って袖を引き、地面に下ろしてもらったアルフェネリアはリックスの元へ行こうと、繋いだテオルドフィーの手を両手で掴んでぐいぐい引っ張る。

「驚かせてはいけません。 走らず行きましょうね」

「あいっ。 おかーしゃま、はやく!」

「ふふっ、もうリアったら……もう少し待って下さいな」

 他の皆が帰路に着いて両親と三人だけになったのを確認してそっと背後から声を掛けた。

「リック」

 振り向いたリックスは呼ばれた今の今まで二人の存在を忘れて先走り、置き去りにしていた事を思い出してあわあわと口を開く。 一緒に振り返り二人を視界に納めたアダンもぽかんと口を開けて間抜け面を晒した。

「こちらの……女性は……?」

「フィーさん、リア! ごめんなさい、おいてっちゃって……」

「もう! めっ、でしゅよ」

「いいえ、良いのよ。 大変な思いをしたのだから、先ずは存分にご両親に甘えるべきだわ。 私達の事はどうかお気になさらないで」

 ぷっと怒って見せた直後にこにこ笑うアルフェネリアと、自分事の様に嬉しさを表情を浮かべるテオルドフィーにふるふるとかぶりを振って、リックスはまだ呆けたままのアダンと、村人を見送り戻ってきて目を丸くしたバネッサに向き直った。

「父さん、母さん、この二人はおれがホッグボアにおそわれて、にげきれなくて、死にそうなところをたすけてくれたんだ」

 その台詞に二人は慌てて見知らぬ女性の元へと駆け寄る。

「まあっ! 命の恩人じゃないの! ホッグボアに出遭ったなんて‥お怪我はございませんか?」

 バネッサは顔色を変えて、どう見ても戦闘とは無縁な華奢で泥塗れの年若い女性と、幼子の全身に視線を走らせる。

「ええ、大丈夫です。 私共までご心配頂いて有難う御座います。 それよりも……本来もっと早くに家へ帰れていた筈の御子息を長らく引き留めてしまった事、心よりお詫び致します」

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