二十節、新しい自分
作業の為に覆い被さっている関係上、とても良い匂いがするし顔の距離が物凄く近くて、リックスは顔処か首まで熱くなるのを感じながら同じ作業を繰り返し続けた。
テオルドフィーは村でどんな生活をしているのかと質問し、それにリックスは村の子供の過ごし方を教え、すっかりリックスの足が痺れた頃、何度か水から上げて見分していたテオルドフィーの髪色が程好く染まったと判ると髪を丸め束ねて頭毎持ち上げ、ぎゅぎゅっとしっかり水気を絞る。 この時点では想定より濃い色合いに見えるが、水で洗い流せばちょうど良く落ち着く筈だ。
「このままゆっくり、川に行きましょう。 おきられますか?」
「ええ、大丈夫よ」
テオルドフィーは体の向きをぐるりと半回転させ俯せになりながら身を起こしたリックスと動きを合わせて立ち上がり、目の前の川縁へ歩くと跪いた。
汁が衣服に着かないようそっと髪を下ろしたリックスは感覚の無い足でよろけながらも振り返り、アルフェネリアに目を向ける。 もぞもぞと動き出して、目覚める前兆が視界に入ったからだ。
「ちょうどよかった! おはよう、リア。 目さめた?」
「んゅ~……、りっく……?」
アルフェネリアはまだ少し寝惚けている様で目がしょぼしょぼしていて今にも閉じそうだし、頭も揺れている。
「もうちょっとまっててな」
「あぃ……」
ちゃんと聞こえているか怪しかったが、リックスは一旦テオルドフィーが髪を洗うのを手伝い、濯ぎ残しが無いか確認する。 ついでに染まり具合に問題が無いかも見て、出来映えに満足した。 元の輝きが強いせいで“よくある色”とまでならなかったものの、始めよりも随分落ち着いた馴染みのある色になったと思う。
「うん、よさそうです」
濡れた髪を絞って滴る水を切ったテオルドフィーは簡単な、魔術とも言えない小さな魔力を使って身の回りに温風を創り出し、髪がサラサラの状態になるまで乾かした。 そして背後から一房掬い取って胸の前に垂らし、すっかり雰囲気の変わった己の髪を確認して目を見開く。
「凄いわ、リック! 本当に色が変わっているのね……今までこんな事、考えてもみなかったわ。 素敵に仕上げて下さって有難う」
一味違う姿に満足そうに目を輝かせて喜ぶテオルドフィーに、リックスも安堵で頬を緩めた。
「何日かにいちどやり直すひつようがあるけど、おれがいつでもそめられるように、じゅんびしておきますからね。 次からはじかんも半分くらいですみます」
「とっても助かるわ。 私に出来る事があれば何でも言って頂戴ね」
「へへ。 おいで、リア! ……どう?」
声を掛けられて、まだ少しぼんやりしていたアルフェネリアははっと目を開き、二人の方を向いて驚きの表情で固まった。
「おかーしゃま、きらきらないでしゅ」
ふはっと笑みを溢したリックスが迎えに行って、手を繋いで座っているテオルドフィーの前に並んで立つ。
「似合いますか、リア?」
見慣れぬ姿は他人の様に感じられるのか、初めはまじまじと観察している風だったが、母親に違いないと確信を持ってからはふにゃっと笑み崩れた。
「ちゃいろのおかーしゃまも、しゅてきでしゅね」
テオルドフィーが膝に抱き上げると、その長い髪の先を少量摘まんで光に透かして見て口を開けている。
「リアもそめるよ。 水作るとこから見るんだろ?」
「そう! みましゅ!」
リックスが袋の後ろで手招きすると、アルフェネリアはハッと思い出した表情でとてとて駆け寄る。 テオルドフィーもそれに付いて歩いて一緒に覗き込んだ。
「これはさっき、フィーさんに使った水。 元がきいろっぽいから、パレムでちょっとの赤味と、暗くするのに多目にラピズを入れました」
見本で白っぽい小石を浸して見せた水は灰茶色になっている。 自分の髪の毛と見比べてテオルドフィーはすっかり感心する。
「それを金色に乗せるとこんな藁色? に変わるのねぇ~。 面白いわ……。 リックは天才ね!」
「りっくすごい!」
「あ‥っありがとうございます……っ。 リアはおれとおんなじ色にするんだろう? それじゃあここに何を足すかわかるか?」
アルフェネリアは瞳をキラキラ輝かせ、手を上に目一杯伸ばしながらぴょんぴょこ跳び跳ねる。
「はいっはいっ! ぱれむ!いっぱい!」
「リア、正かい!」
リックスが残りのパレムを全て潰し入れ、水を掻き混ぜれば色ははっきり赤黒くなる。
アルフェネリアにはテオルドフィーのヒザの上に寝転んでもらって、不用意に動かないよう制御する役目と分担作業にしたので随分楽だった。 明る目に仕上げたテオルドフィーと違って、リックスと同じ暗い錆色にするには相応の時間が掛かる。 じっとしている事に飽きてしまうアルフェネリアを宥めるのが最大の難関だったのだ。
「さあ、終わりましたよリア。 綺麗に染まっているわ。 よく頑張りましたね」
丁寧に洗った髪を乾かしたテオルドフィーが確かめる様にさらりとアルフェネリアの頭を一撫でしてその体を起こす。
「どうでしゅか? にあいましゅか?」
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