十九節、いざ、変身
「おれの手ぶくろじゃフィーさんには小さいから、これを代わりにしてください」
「わかったわ。 あまり素手で直接は触らない方が良いものね?」
「ここならすぐ流せるけど、一応。 あ、切ったのみんな、この水の中でおねがいします。 ナイフもよかったら、これつかってください」
「はい、先生」
テオルドフィーがふふふ、と笑みながら応えると、リックスはむず痒そうに頬を赤らめて口を歪める。
「りっく、りあは?」
「リア? ‥は、えぇと、そうだな……あっ、リアはこれ!」
リックスはこの山の水辺なら大体生えている、ラピズの葉を摘んで見せた。 青寄りの深緑色で狐の顔の様な細長い形の、それと気付けばあっちにもこっちにも‥と判る草だ。
「これと同じはっぱを、二十枚とってきてくれ。 かずはかぞえられる?」
「あい、おべんきょーしました! にじゅーは、じゅーがふたちゅで、じゅーは、ぜろ、いち、に‥しゃん‥よん……ご、ろく‥えっと~、なな‥はち、きゅう! ……あってましゅか?」
アルフェネリアは握り締めた両手の指を一本ずつ開いて、最後にパーを満面の笑みでどうだとリックスに突き出す。
「おーっ、すごいすごい、あってるよ。 リアはあたまいいな!」
「えへへ~、りあ、おべんきょーしゅき。 いってきましゅ!」
「川のこっちの、おれたちから見えるとこでな」
アルフェネリアはやる事があるのが嬉しくて、見本の葉を持つと早速近くの草と見比べ始めた。 それを横目に確認しながらリックスは小川でアマニエの泥汚れを洗い流していく。 洗い上がった根からテオルドフィーに渡し、それをテオルドフィーは水を張った袋の上で、借りたナイフを使って極力薄く輪切りに落としていった。
ナイフを使う姿は、始めは慣れない手付きだったが、本数を
アマニエの根は断面が花と同じ茜色をしており、それが溶けた水は段々と黄色が濃くなっていった。 この処理が済んだならば、少量ずつ揉み潰したパレムの実とラピズの葉を加えていき、色味を調整する作業に入る。 ここからがリックスの腕の見せ所だ。
「りっく! はっぱにじゅーまいっ」
「どれどれ……うん、合ってる。 ありがとう、リア。 これからちょっと時間かかるから、まってるあいだ、リアはその辺でおひるねしてくるといいよ。 つかれただろ?」
「んん~‥やってるの、みたい……」
何処と無く瞼が重そうになりながらも、アルフェネリアはぷるぷると首を振って抵抗する。 しかしテオルドフィーが睡眠を促す様にゆっくり撫でれば、力の抜けた頭も心も揺れた様で、最終的にこっくり頷いた。
「母とリアと、二回ありますから、リアの番になったら起こしてあげますね」
「……あい、おやしゅみなしゃい」
日当たりが良くてこの近辺では比較的乾いた場所を選び、テオルドフィーの鞄を枕にしてころんと横になるアルフェネリア。 その隙にリックスは今まで村で小遣い稼ぎに調色を何度も行ってきた経験を活かし、色味を加減していく。 時々白っぽい岩に汁を擦り付けて確認しながら色を決めると、晴れ晴れとした表情でテオルドフィーを振り返った。
「フィーさんの分、できました!」
「楽しみだわ。 どうしたら良いのかしら?」
テオルドフィーは複雑に編んで結われた髪を解きながら、わくわくとこの後の行程を確認する。
「あお向けにねころがって、この色水にかみのけをひたしてもらいます。 水が肌にもつきますけど、あとで洗うから、平気です」
「わかったわ。 それなら、あの辺に少し移動しましょうか」
テオルドフィーが袋を動かそうと持ち手に手を伸ばすと、それに先んじてリックスが取り上げ、にっこり笑う。
「ここでいいですか? さあ、どうぞ」
「え、あの……」
リックスは袋の脇に正座して、ぽんっと膝を叩く。 ほんのり頬が赤くなっているので、羞恥心はある様だ。
ーー小さくても、男の子だものね。
きゅんと胸をときめかせつつテオルドフィーは言われるままその隣に腰掛け、ーー重たくないかしら……と心配しながら膝枕の形でそっと背を横たえる。
「大丈夫……?」
「はい。 それじゃあ、さわらせてもらいますね。 力を抜いててください」
耳まで真っ赤にしながらリックスはくるりと纏めて持った長い髪と共にテオルドフィーの後頭部を支え、ゆっくりと色水に沈めた。 それから髪を広げて
「うふふっ、水が冷たくて擽ったい気持ちになるわね」
「色が入るまで、しばらくこのままです。 ねててもいいですよ」
「ありがとう。 でも良かったら、お喋りしましょう? もっと色々な事を教えて欲しいわ。 ……あっ、作業のお邪魔になるかしら?」
「いえっ、そんなことないです!」
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