十三節、お留守番?
もっと村に近い山の浅瀬だったならリックスは何処に何が生えているか覚えているのだが、この辺りの事はさっぱり分からない。 適当に近くを散策してみるしかないだろう、と立ち上がってぐぐっと伸びをし、身体中がバッキバキに固まっているのをじっくり解していく。
「ん~~ッ! ‥っはぁ」
ぐるぐると腕や肩、首を回したり上半身を左右に捻ってストレッチして、その動きを興味深げに真似‥出来ていないが、真似しているアルフェネリアに声を掛ける。
「……よし、じゅんびおわり! さあリア、さんぽ行こう」
「おしゃんぽ! ……はっ、でもりあ、おうしゅばん……」
「散歩」という言葉にパッと喜びを見せたアルフェネリアだったが、すぐに自分のやる事を思い出して狼狽える。 行きたい、でも行けない‥! という心の声が駄々漏れだ。
「だいじょうぶ。 ここから見えるとこしか行かないし、おれもいっしょだから」
リックスは腰にぐるぐる巻いていた赤い帯状の布を外し、手近な木の幹の目立つ場所に背伸びして結び付ける。
「じゃあ~おててちゅないでくだしゃい」
アルフェネリアは両手をリックスへ向けて広げる。 リックスはその小さな左手を取って軽く握り、二人で笑い合った。 まずは崖に向かって右手へ、斜面に対して水平方向に歩き出す。
「リア、あぶないのもあるから、見るだけな。 何かさわるまえにおれにきくこと。 いいか?」
「あい、わかりました」
アルフェネリアは見慣れない山の中の景色を楽しみながら時に立ち止まって見回し、時に小走りで駆けながら二人の腕の長さの範囲をうろちょろする。 見るもの全てが珍しいと言わんばかりに「あれなぁに?」「これは~?」とリックスを質問攻めにした。
リックスはそれに分かる範囲で答えながらも周辺の木や草を漏らさずしっかり観察して歩き、五歩進む毎に振り返って赤い布が見える事を確認する。 遮る木が多くなって見え難くなった所で立ち止まると進行方向を再び右手に変えて、目印にした木を中心にぐるりと円を描くように斜めに下っていく。 そうして暫く進んだところで目当ての一つを発見した。
「お、あった。 パレムだ」
村人にパレムと呼ばれている木は地面からしなやかな長細い枝が放射状に生える低木だ。 この木の背丈はちょうど今のリックスと同じ位。 その枝の一本一本には小粒で黒に近い赤紫色をした扁平な丸い実がずらりと並んでいる。
この実は一見食べられそうに見えるし一応毒はないのだが、エグ味と渋味が強すぎて口に入れたら丸一日は悶える羽目になる代物だ。 甘味も一切ない。
今回の目的、白髪染めの一部に使われる他、布を染めたり家具の塗料としても用いられる万能染料である。
「おいししょーでしゅね」
「これはたべものじゃないぞ。汁がついたらとれないから、リアはさわるなよ」
興味津々のアルフェネリアを少し木から遠ざけて繋いだ手を離し、リックスは腰に巻き付けた鞄から採集物用に畳んで仕舞っていた小さな薄手の革製巾着袋を一枚取り出して広げた。 幅と長さが異なる三種類の内、ほぼ真四角で大人の男が両手を並べた掌の上に収まる位の大きさの物だ。 その中に潰さないよう気を付けながら、しっかり熟して黒ずんだものを選んで摘んだ実を放り込んでいく。
「りっく、りあもしましゅ!」
アルフェネリアはリックスの服の裾を掴んでくいっくいっと引っ張ってアピールする。
「えー‥これはむずしいからなぁ。 ……あ、じゃあ次のを手つだってくれないか?」
どうしようかなと眉根を寄せたリックスだったが、必要な素材の一つが現状だと道具が足りなくて使えない事を思い出し、その代用品ならちゃんと見ていれば構わないかと考え直して頷いた。
「あーい!」
袋一杯に収穫したら口紐を絞って、落ちないようしっかりと鞄のベルトに結び付けた。 パレムの実は十分な量を採集できたので、二人は再び手を繋いで今度は歩き易い場所を選びながら斜面を並んで登る。
「かみの毛をそめるのに、ほんとうはネルダの木の皮をゆでた汁がいちばんなんだけど……それは今つかえないから、かわりにアマニエって草のねっこがいる」
「あまにえ、どんなくしゃでしゅか?」
「えっと、まっすぐの太いくきが一本、このくらいのびてて、はっぱと、夕日みたいな小さい花が、くきのまわりにぐるぐる、ネジみたいにまきついてるんだ。 こんなふうに」
リックスは身ぶり手振りでアマニエの説明をする。 自分のお臍の前辺りに手を水平に置いて草丈を示し、足下から上に向かって円錐状に、くるりくるり腕を回して……こてりと反対に首を傾げ直したアルフェネリアを見下ろす。
「あー‥見たらわかるよ。 まずはおれがいっこ見つけるから、そしたらリアもいっしょにさがしてくれるか?」
「わかりました」
アマニエは比較的目に付きやすい特徴を持つ花だが、ある程度日に当たる場所でないと生えていない。 リックスは赤い帯の目印を見失わないよう配慮しつつ、木が少なくて明るい場所を探し歩いた。
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