十二節、アルフェネリアの常識
リックスは頭を殴られた思いで目を見開いた。 アルフェネリアは友達とは、仲間とは何かを訊ね返した時と全く表情が変わらない。 本気でわからないのだ、という事実とその内容にリックスの常識はガラガラと音を立てて崩れ落ちて愕然とした。
リックスの中では、例え理由があって片親であっても周囲との交流で知っていて当然の知識だったのだ。 友達や仲間が分からないのは幼さからそんな物かと思える。 でも、父親でそれは“有り得ない”。
「えっ、え……?」
困惑するリックスとは対照的に、アルフェネリアは知らない知識への好奇心に満ちている。 四つん這いで近寄りながら期待に輝く表情で見上げてくる様は、ご飯を前に「待て」をされた子犬の様だ。
「リアを生んだのは、母おや‥母さんのフィーさんだろ?」
「あいっ、おかーしゃまがりあをうんでくれました」
「でも子どもは女の人だけじゃできなくて、男の人といっしょにつくるんだ」
「おとこのひと……」
ーーまあ、おれのことさいしょっから「おにいさま」ってよんでたし……。
「それが父おやで、父さんだ。 えっと‥お母さまって言い方をするなら、お父さまだな」
「りあにも、おとーしゃまいうんでしゅか?」
「そうじゃなきゃ、リアは今ここにいないよ」
「ふぅーん……??」
アルフェネリアはやはりいまいちわかっていない様子だったが、リックスは話を戻すことにした。
「それで、リアはいつも何してる?」
「りあねー、いつもねぇ、おぅちでいーこにおうしゅばんしてましゅっ。 おかーしゃまとおしょくじして、ようはおちゅきしゃまとおしゃんぽなの! おひうはねんねのじかんでしゅよ」
「え……と、それだけ? じゃあ、るすばん中は? だれといっしょとか」
アルフェネリアは大層自慢気に語っているが、リックスは目を白黒させるばかりだ。 自分がアルフェネリアと同じ年頃の時とは随分違う、ということだけ呑み込んで質問を続けた。
「おかーしゃまいないときは、おてちゅだいのおねーしゃまか、おにーしゃまがおぅちにきて、おべんきょーおしえてくれましゅ。 りあひとりのときはー、ごほんよんだり、おえかきしたり、あっ、おうたもうたいましゅ!」
アルフェネリアがにこにこ笑いながら一生懸命説明するその生活を、リックスは想像してみようとして出来なかった。 村で常に人に囲まれて暮らしているので、今回のように迷子で独りになってしまったのだって初めての経験で、それもすぐにテオルドフィーとアルフェネリアに助けられた事で然程長い時間の話では無い。
言うべき言葉が浮かばない。 ただ、それはとても静かで、自分だったら寂しいと感じるだろうけど、アルフェネリアにとってはそうではない、普通の事なのかも知れないと思い至った。
年齢よりも大人びた受け答えに反して辿々しい喋り方は、話し相手も時間も少なかったからなのか。
「おれの村では、いつもまわりにたくさん人がいて、いつもにぎやかなんだ。 リアはビックリするかも」
「びっくり~?」
アルフェネリアは楽しそうに笑う。
「それじゃあ、おれがリアの友だち一号だな。 友だちはどっちが上とか下とかない、“たいとう”なんだ。 だからリアは、おれのことはただ、リックってよべばいいよ。 おにいさまなんて、ながくて言いにくいだろ?」
「りっく! ……えへへっ。 おともだち?」
此れ迄アルフェネリアに対等な存在は居なかった。 誰もがアルフェネリアを上に扱っていた。 其れは身分差があるが故に親であるテオルドフィーですら例外では無くて……言い様の無い温もりに心がぽかぽかした。
「さて、ここでずっとまってるのはつまらないし、じかんももったいないかな。 あんまりとおくはいけないけど、この辺でさいしゅうするか」
「さいしゅう~?」
「そう。 リアたちのかみの毛はきれいな色だけど、すごくめずらしいから、見たみんながビックリしないように、ほかの色にしないか?」
「かみのおいろ、かわうんでしゅか?!」
目を真ん丸くしたアルフェネリアに、魔力だ魔術だの不可思議な力を扱える方が余程驚きだと思うリックスは笑いが込み上げてきた。 ここまで常識が違えばいっそ清々しいものだ、と思えるのはリックスに二人を忌避する気持ちが欠片も無いからだろう。
「そう。 よく年よりが白くなったあたまをかくすのに、山でとれる草とか木の実でそめるんだ」
アルフェネリアは目を輝かせて、わくわくを隠さずにぴょんぴょん跳ねている。
「りあ、りっくとおそろいのあかいろがいいでしゅっ!」
上から下まで全身を眺めたリックスは色んな色でも想像してみて、錆色に眉根を寄せる。
「うーん‥おれの? リアは、うす茶とかのあかるい方が……にあうとおもうけど」
「や! おそろいしましゅ!」
「まぁ‥いっか」
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