十一節、リックスの常識

「りっくおにーしゃま、おきてくだしゃい」

「んーぅ、だれ……?」

 ゆさゆさと肩を揺さぶられてリックスは眉根を寄せながら薄目を開ける。 まだ薄暗さは残るが明るくなった空に、あれ、外? と寝惚けながらどうして外にいたのか思い出そうとする。

「りあでしゅよ」

「リア……?」

 何か聞き覚えがあるな、と思ったところでバチッと記憶が繋がって飛び起きた。

「リア!」

「あいっ」

 見ると土汚れにまみれた幼女は、相変わらず呑気な弛い笑顔を浮かべてリックスを見ていた。 その顔色は良く、昨晩の様な不安定さは見られない。

「おはようごじゃいましゅ」

「おはよう。……あれ? フィーさんは‥おまえの母さんはどうした?」

 リックスが辺りを見回しても、昨晩そこに居た筈の女性が見当たらない。 何かあったにしてはアルフェネリアの様子は至って普通で、どういう事かと首を傾げ、砂漠に萌ゆる若葉の如く鮮やかで複雑な色に煌めく瞳を見つめ返した。

「おかーしゃま、おでかけ。 りあはおうしゅばんしてましゅ」

 アルフェネリアは、どう? すごいでしょ! と言いたげに胸を張って見せた。

「そっか、えらいなリア」

 リックスがぎこちない手付きでそっと頭を撫でると、アルフェネリアは嬉しそうに表情が蕩ける。

「えへへー」

「お出かけは、何しに、とかどこに、とか、いつまでとか。 何か言ってたか?」

「えっと‥“ちょーしゃ”で……んぅーと、たいよーしゃんが、おはようしゅうまでなの」


 ーーちょーしゃ? ちょうしゃ……ちょうさ、かな? たいようが……のぼるまでとか?


 木々に囲まれた狭い空を見上げて首を捻る。


 ーーまだまだもどらないってことだよな。


 落ち着いてから改めて明るい中で見ると、アルフェネリアの容姿はリックスが今までに見た事の無いものだった。 雪の様な透き通るほど白い肌。 頬は桃色に染まっていて、唇は朝露に濡れた薄紅の薔薇の花弁を思わせる。 一番の驚きはまるで宝石みたいな緑金色の瞳もそうだが、老人の白髪とも違う、絹糸を月光で染め上げた様な艶やかな白金色の髪の毛。

 リックスの村やその近隣では少なからず瞳と髪は殆ど同じ色で揃いになっていて、何れも茶系統の暗い色合いだ。 斯く言うリックスも父親譲りの鉄錆色。 明る目でも薄茶や小麦色で、何処かくすんだ色彩をしている者ばかり。 こんなキラキラした人は一人も居ない。

 アルフェネリアは物凄く造作が整っている訳ではないのに、非常に人目を惹く魅力に溢れていた。


 ーーうーん。 このままじゃもしかして、マズいんじゃ? 目とかはだはいろ変えられないけど、かみの毛だけでもそめれば、ちょっとは目立たないかも。


 テオルドフィーは昨晩、村に余所者が入って良いのかと心配していたから、同じ色の方が村の人達も驚かない筈だ、とリックスは考え、山で手に入る染料の素材を一つ一つ思い出していく。

 それとは別に、村へ帰る算段もしなければならない。 自力で帰るには大体の方角くらいしか分からないのが問題で、下手に歩き回って余計迷子になったり、せっかく捜しに来てくれた人とすれ違いになるのも怖い。 リックスがこんなに頭を悩ませたのは生まれて初めてだ。


 ーーうーん……どうしたらいいんだろ。 でもおれ一人でかんがえたって、しょうがないかなぁ?


 結局、テオルドフィーが戻るのを待って相談しようと一人頷き、体に乗せていた枝を持って一人遊び? しているアルフェネリアをぼんやり眺める。

「リアはいつも、友だちとどんなあそびしてる?」

 リックスが暮らす村では幼い子供達は日中、村長の家に併設された集会所に集められて一緒に遊んで過ごす。 大体五歳になると親の仕事の手伝いを始めるので、集会所に居るのは乳離れした一歳から四歳の幼児だ。

 その集められた幼児たちの面倒は、成人前の十四~五歳の子供が持ち回りで二人ずつ当番することになっている。 時には山で野草の採集などお手伝いをすることもあって、そうして食べられるものや触ってはいけないものを覚えるのだ。

 村から出たことのないリックスは、村の常識が世界の常識であると思い、疑っていなかった。

「ともだち……て、だれのおなまえでしゅか? りあ、しりません」

「え?」

 まさか友達についての説明を求められるとは思いもしなかったので一瞬頭が真っ白になるも、すぐに気を取り直してどう言ったら伝わるだろうかと頭を捻る。

「えっと、友だちってのは、だれかのなまえじゃなくて、いっしょにあそんだり、たすけあう“なかま”のことで……」

「???……むじゅかしくて、わかりません。 なかまは、なんでしゅか?」

「なかまのせつめい? えー‥むずかしいよ。 リアとおなじくらい小さな子って、まわりにいなかったか?」

「????」

 そうか、わからないか……と落ち込みつつ、別の切り口で訊ねてみるも、アルフェネリアはきょとんと首を傾げるばかりでリックスはいきなり言葉が通じなくなってしまったように錯覚する。

「えーと、それじゃあ‥ふだんどうやってすごしてる? 父さんは?」

「とーしゃん? ……て、なんでしゅか?」

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