十四節、散策
「んー、この辺にはないかなぁ」
アマニエはどちらかと言うと荒野的な、乾燥気味で肥沃とは言い難い土壌を好む植物。 ところが今居る場所には湿り気があって、腐葉土も堆積する条件に反した環境。 もう少し離れた場所を探すしかなさそうだ。
出発地点から円周の半分を過ぎた所で昨日墜落した現場が見えてきた。 転がって出来た抉れ痕が点々と残っているので分かり易い。 あの時は一杯一杯で其れ処では無かった事実をこうして目の当たりにしたリックスの背筋がぞわりと冷えた。
「うわぁー……すごいな……」
「しゅごい?」
「うん。 おれたちみんな、よく生きてたなぁって」
アルフェネリアは母を誉められたと思って嬉しそうに笑顔全開で応える。
「あいっ、おかーしゃまは、しゅごいんでしゅ!」
「うん。 フィーさんはおれの命のおん人だよ。 リアもね。 ありがとう」
「どぅいたまして」
じんわり浮かんできた汗を腕で拭う。 アルフェネリアの頬にしっとり吸い付いた細く柔らかい髪の毛もついでに耳に掛けてあげた。
「さて……だいじょうぶか、リア? いっぱいあるいて、つかれてないか?」
「うーん、ちょっぴり、つかれました」
「それじゃあそこで、すわって休もうか」
「あい、そうしましゅ」
今は山の雪が天辺まで溶けた頃。 地上は徐々に暖かさを増して緑が色濃くなり始めた、雪融けの“水”から天候の変動激しい“雷”へと移り変わる季節。 遭難したのが今で良かったとリックスは思う。
もし“今”が本格的に雷季に入った後なら大雨に降られ濡れ鼠、さらに“火”を迎えれば今度は強い日射しで渇いただろうし、それから木の葉散らす“風”は涼しくなるのでまだしも、夜空に星が一等輝く“土”の季節だったならば夜明けには寒さで凍え死んだかもしれない。
テオルドフィーとアルフェネリアのこれからの事まで考えれば、今が一年五季の中で最も良いタイミングだった。 不幸中の幸いだ。 リックスはこの幸運を染々と噛み締めた。
「リア、はいこれ」
取り出したのは半透明で緑っぽい淡黄色の丸い雫型の実がたっぷり下がる小さな房。 生食できる葡萄の野生種で、ここまでの道中に発見してもいでおいたものだ。
「ちょっとすっぱいけど、おいしいよ」
「わあ~っ、いただきましゅ」
リックスはぽいっと一粒口に放り込んで咀嚼し、噛まない様に残した種をプッと遠くへ吹き飛ばす。 アルフェネリアも真似して一粒口に含み、酸味にきゅうと口をすぼめてから種を飛ばそうとしたが、それは失敗に終わってべちょりと顎に垂れた。 けらけらと笑い、何度も挑戦してやっと種を飛ばせるようになった頃にはちょうど一房を食べ終わった。
「ごちしょーしゃまでした」
「そろそろ行こうか。 フィーさんもあと少ししたらかえってくるだろうし」
「あいっ」
元気に返事したアルフェネリアはだが、立ち上がったままじっとリックスを見上げて控え目に服の裾をくいくいっと引っ張る。
「ん、どうした?」
「りっく、おんぶ……?」
恥ずかし気に頬を赤らめて俯き加減で上目遣いにおねだりするアルフェネリアに、リックスは苦笑を溢してもう一度屈んだ。
「しょうがないなぁ、リアは」
「えへへ‥」
如何にも嬉しそうに表情を緩めたアルフェネリアは、きゅとその背に抱き付く。
「あっ、おかーしゃまだ!」
アルフェネリアがそんな声を上げたのは、目印へ向けてリックスが歩き始めてからそう経たない頃だった。 辺りに其れらしい姿は見当たらず首を傾げながら歩いて行くと、崖の上方向から呼び掛ける声が聞こえてくる。
「リアーっ、リックー?」
「フィーさん! こっちです」
呼び声に気付き慌てて戻る少し先で辺りを見回す女性の後ろ姿が見えた。 テオルドフィーの背中を覆う程に長く豊かな髪は複雑に結われており、太陽光を集めたみたいに輝かんばかりの金色をしていてよく目立つ。
「おかーしゃま、おかえりなしゃい」
大声を掛けると、テオルドフィーはびくっと驚きの表情で振り返った後、安堵に表情を緩めた。
「ああ、良かった。 戻ったら姿が見えないから心配したわ」
リックスはアルフェネリアをその場に降ろしてからテオルドフィーを見上げ、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、いっしょに近くでさんぽしながら、しょくぶつのさいしゅうをしてました」
「いいえ、私も長く留守にして御免なさいね。 そう、何か見付かって?」
「いえ、ひつようなのはまだ一つだけ。 それで、フィーさんにそうだんがあるんです」
リックスは外した目印用の帯布を腰に巻き付けて結び、適当な場所を示して一旦座る。 テオルドフィーはその向かいに腰を下ろして膝の上にアルフェネリアを抱き上げた。
すっきりと細く高過ぎない鼻筋、どちらかと言うとやや垂れ気味な、ぱっちりとした目は長い睫毛に縁取られており、その瞳の色はアルフェネリアが水季の若草ならばテオルドフィーは火季の鮮やかな森緑。 日焼けを知らぬ白い肌は共通だ。 多少色合いや細部の特徴は違うものの、二人はよく似た印象を持つ。
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