九節、山の夜
あっと言う間に眠りに落ちたリックスを見下ろして、テオルドフィーは自己嫌悪に陥る。
「……はぁ。 私、情け無いわね……」
ーー結果として全員助かったから良かったものの、大人である私が気を失ってこんな幼い子達に後を押し付けてしまうなんて、何て事なの。 もっと違うやり方があったかもしれない。 それに自分の魔力を過信していたんだわ。 状況判断が全く出来ていなかった。 ……こんな事ではこの先やっていけないわよ? しっかりしないと!
反省点は尽きないが今更何を言っても行っても、過去は変えられないのだ。 ネガティブ思考に囚われやすい自覚があるだけにぺちぺちと両頬を叩いて意識的に思考を打ち切り、悩むのは“これから”にした。
ーー私達がただ雲隠れした訳で無く島まで抜け出た事は、きっと近い内にシェラ‥ウルシェラージオ様には判ってしまうわ。 いいえ、もう……知られているのかも。
この世に二つと無い宝石の様に澄んだ瞳を思い出す。 想像上の瞳に、裏切りを責められている心地がして腕を抱いた。
蒼天に近い明るい紫の中に光の加減で星が輝いて見える様は、魅了の魔術が掛かっていると疑う程に美しい。 ‥が、総てを見透かされている様で恐ろしくもある。 その瞬く星の瞳は娘のアルフェネリアにも受け継がれている。 彼女の瞳の色はテオルドフィーと似た若草色だが。
ーー閉鎖的が故に、島には長距離飛行を補助する魔術具が存在しない……少なくとも私は知らないわ。 自力で地上へ降りられるだけの魔力と魔術を備えた人材も、彼の方の他に若者では精々五人くらいしか居なかったわよね? だからこそリアを“作った”のだもの。 そしてそれだけの能力者はそう簡単に島を離れられる立場に無い。 特に要長であるウルシェラージオ様は、絶対に。 だから、何らかの魔術具が開発されるまでは安全と言える筈よ。
ぎゅっと両膝を抱き寄せて丸まり、顔を伏せて「大丈夫」と自分に言い聞かせる。 開発なんてそう簡単に出来る物ではない。 況して今回は島の禁忌に触れるので人選にも気を使うだろう。 数年は地上まで手が伸びないとテオルドフィーは考える。 その間にどうするかが問題だ。
そこまで考えて……ふと、ウルシェラージオはアルフェネリアの身代わりになる子をテオルドフィー以外の誰かと‥という考えが過り、胸がずきっと傷む。 ぎゅっと服の胸元を握り締める。
「そんな資格、どんな理由であれ私には無いわ」
どうしても余計な事に思考が逸れてしまうのでぷるぷると頭を振って、気分転換の為にリックスが行っていた焚き火の管理を見様見真似で引き継ぐべく立ち上がった。
≫ガサ‥ガサッ≪ ≫ガサッパキッ≪
「…………え?」
自分が体の上から落とした枝葉以外の音が思いの外すぐ近くから聴こえて、そっと辺りを見渡す。
ーー目が……、
……合った。 一瞬息を飲んだが、すぐにそんな筈は無いと打ち消す。 惑いの魔術は効いている。 暗闇に浮かび上がったのは一匹の狼だった。 スンスンと匂いを嗅ぎながら付近の様子を窺っている。 ここまで来てターゲットが定まらない事を不審に感じている様だ。
ーー狼なら、他にも群れの仲間が居るわね。 このままただ去るのを待つのは、得策では無いかも知れないわ。
ドキドキしながらゆっくりと焚き火に近寄り、太目の枝を手に取って先に火が点いている事を確認する。 狼は恐らく真っ直ぐ歩いているつもりで術の範囲外へと誘導されているが、それ以上遠く離れることもない。 子供達はぐっすり眠ったままだ。
テオルドフィーは枝をしっかりと握り締め、一歩ずつ狼と、そして術の境界線へと近付いて行く。 すぅ‥と深く息を吸い、声に魔力を纏わせた。
『この場より立ち去れ』
≫グルグルゥ‥≪
狼に人の言葉は判らないが、魔力は意思を神経に伝達する。 それで敢えて普段使う事の無い命令口調で端的に威圧した。 狼はそれに喉の奥を鳴らして不快を表す。
『去れ!』
もう一度今度は鼻先に火を振るって、より強く
「キャインッキュ~ン……」
すぐ近くまで人が迫って来ているとは気付いていなかった狼は突然、目前に迫った火に驚き、弛んだ神経に命令が入り込んだ事で尻尾を巻いて走り去った。
「っ……、はぁ~‥」
狼の後姿が見えなくなるのを見送って、へなへなと座り込む。 今になって恐怖を実感して膝が笑った。
「よ‥良かった、何も無くて。 仲間は、近くに……居ないわよね?」
耳を澄ませるが、風による音以外は特に聴こえてこないので安心して子供達の元へと戻る。
「本当に私、しっかりしないと……」
あどけない寝顔を見て二人の顔に掛かる髪を払いつつ頭を撫でて、その温もりに不安を溶かした。
ーー先ずは夜明けを待って、獣達が寝静まってから水源を探してみましょう。 水には魔力が溶け込みやすいから、この山の中心に近い地から流れる川が見付かれば今後の助けになるかもしれないわ。 魔力を身の内に溜める為の手段を一つでも多く見付けないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます