七節、目覚め
「おねえさん、わかりますか。 おれの声きこえますか?」
リックスが石を握らせたテオルドフィーの手を取るとまたぴくりと動いたのを感じて、炎の揺らめきによる目の錯覚ではなかったのだと安堵する。 心無しか冷えていた体温も戻ってきた様だ。
「おねえさん?」
辛抱強く声を掛け続けて漸く、小さな呻きと共に瞼が揺れた。 ほっと体から力が抜ける。
「ぅ……わ、たし‥は、ここ……」
「おぼえてますか? おれをたすけてくれて、そのあとずっと目がさめなかったんです。 リアが、マリョク不足だって」
テオルドフィーは貧血のように霞む目で傍らの
左手には冷たい石の感触、右腕には温かくて柔らかな重み。ちらと視線を向ければすやすや眠るアルフェネリア。 体に掛かった枝葉と焚き火のぱちりとはぜる音。
「そう……あり、がとう。 貴方に、世話を、掛けて‥しまった、のね……。 大変、だった‥でしょう?」
リックスはふるふると首を振って返す。
「たすけてもらったのはおれの方だから。 ありがとうございました。 ……あ、おれ、リックスです。 リックってよんでください」
ペコリと頭を下げるリックスにテオルドフィーは重ねられた小さな手を優しく握り返す。
「宜しく‥ね。 私は、テオルドフィー。 フィーと、呼んで‥頂戴」
肩にのし掛かっていた重圧から解放されて漸く精神にゆとりが出来たリックスは、相手が村では出会えない上品で“お嬢様”然とした美人である事に気付き、笑顔を向けられどきまぎして、赤い顔を俯かせた。
手は華奢で
「きっと‥ご家族、が、心配‥しているわね。 お家は……この、近く?」
「おれは山の“すその”の村にすんでます。 しんぱい、してるとおもうけど……この山はおれたちの“にわ”みたいなものだから、だいじょうぶです!」
テオルドフィーは眉を下げて微笑んだ。 間違いなく親は大丈夫ではない。 心配で眠れなくなっているだろうと思ったが、
「たぶん、あさになったらだれかおれをさがしにきてくれます。 そしたらフィーさんとリアも、いっしょに村に行きませんか? 大したのはないけど、ゆっくり休めます」
「でも‥私達、のような……余所者‥が入って‥良い、のかしら……?」
村と言うのは閉鎖的な小さな集落の事を言うのだと資料にはあったが、そんな事も無いのだろうか? いやしかしリックスが不利益を被ってしまうのではないか‥と不安に悩むテオルドフィーは表情を曇らせるが、リックスはそれにニヤッと得意気な笑顔を浮かべる。
「おれの母さん、村一ばんの“せわやき”だから、つれてかえらなかったら、おれがおこられるよ!」
「ふふっ……ありがとう。 そうしたら、皆さんが‥良いと、仰って‥下さったら、お世話に、なりますね」
≫グウゥ~ッ≪
「う、わ!」
せっかく格好をつけて良い雰囲気(リックス談)のところに、それを台無しにするお腹を押さえて慌てたリックスはくるりと背中を向けた。
「あら、うふふ。 そうよね……確か、体に魔力を‥貯蓄、できない‥地上人は、食事が重要‥だと、聞いたわ」
「チジョウ……人?」
初めて聞く言葉に、リックスは首を傾げる。
「そうだわ。 私の‥服の、腿の辺り……右のポケット‥から、袋を、出して‥貰える‥かしら」
リックスは寝ているアルフェネリアを起こさないよう気を付けながら落ち葉の一部を掻き分けて、物が入っている膨らみを探す。
「右のポケット……これですか?」
手探りで取り出した袋は麻布に似た目の粗い素材で出来ていて、スクロール状にくるりと紐で巻き留められていた。 その紐を解いて袋の口を開けると中には朱色をした小さな楕円状の実が幾つも入っている。
仄かに甘い匂いが鼻を擽った。
「そう……それを、一粒‥私の手に‥乗せて、頂ける……? リックも、お一つ‥どうぞ」
「これ、なんの実ですか?」
リックスは初めて見る実に首を傾げる。 一粒摘まんで、焚き火の灯りが当たる位置に手を伸ばしまじまじと眺める。 皮に透明感があって、僅かに弾力があるプニプニとした感触だ。
「アニュ、と呼ばれて‥いる……非常食、よ。 まずは‥噛まずに、舐めてみて。もし、舌に‥痺れを、感じたら……飲み込まず、吐き出して‥頂戴」
リックスはあまり力が入らない様子のテオルドフィーの手を取り、落とさないように一粒乗せる。
「有難う。 ……舐めて‥いると、皮が‥溶けて、実から‥水分が‥溢れてくるの。 それが‥無くなったら、ようく‥噛んで」
「いただきます」
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