六節、月の光

 所持するナイフで服の袖を切り、手頃な枝に巻き付けて作成した簡易的な松明擬きを片手に、片腕に抱えられるだけの枝を集めてはすぐに二人の元へ帰る。 それをリックスは何度も繰り返した。

 近くの枝は粗方拾い尽くし、ある程度貯まれば今度は落ち葉だ。

 時折焚き火の世話をしながら、欠伸を噛み殺せなくなるまで一人黙々と作業を続けた。

 テオルドフィーとアルフェネリアの体に満遍なく葉を振り掛けて見た目と匂いをカムフラージュし、幾つか葉のついた枝なんかも木から叩き落として被せておく。


 ーーよし、これでけっこうごまかせるだろ。


 これ以上自分に出来ることは無い、と満足したところでもう我慢が出来なくて、崖に背を預け座ったまま仮眠のつもりで目を閉じる。


 ーーすこし、だけ……


 虫の音や風に葉が揺れる音くらいしか聴こえぬ宵闇の中、すっかり冷えた体と空腹でハッと目覚めたリックスは、いつの間にか突っ伏していた地面が視界に入り飛び起きた。

 慌ててすぐ傍の二人が変わらず寝ているのを見て、弛く長く息を吐き出す。

 その後は強張る体に鞭打って消え掛けの焚き火に薪を焼べ、ふぅーっと息を吹き込んで両手を翳し、暫く暖を取った。

 グゥ‥と腹が鳴ると思いの外大きく響いた気がして、誰に聞き咎められたわけでもないのに赤面する。

「あぁ~ハラへったな‥ノドもかわいたし。 二人はへいきなのかな?」

 本来、山には夕飯にする動物の罠の確認と山菜類を摘みに来ていたのだが、先刻の巨大猪ホッグボアとの追い駆けっこで背負い籠を落としてしまっていた。 その時一緒に水筒も失ってしまったのが痛い。

 どうにもならない過去を想った処で虚しいばかりと頭を一振りし、焚き火を管理しながら二人の様子を振り返ると何かが、ちらりと光った気がした。

「なん……?」

 気のせいかと思いつつもそっと葉を払うと、光は確かにテオルドフィーの胸元にあった。 アルフェネリアの握り拳程のつるりとした雫石のペンダントトップから、月色の光が溢れている。

「石が……ひかってる」

 何の装飾も施されていない素朴な裸石だが、石の中で生き物の様に揺らめく光は神秘的でえも言われぬ美しさ。 石はこれも見た事の無い繊細な金属の鎖で囲われており、それがテオルドフィーの首に掛かっている。


 ーーリアはずいぶんていねいなしゃべり方だし、もしかして二人はかねもちのえらい人なのかな。 なんてったっけ……、そうだ“おきぞくさま”だ。


 飽きずに光る石を眺めていたリックスだったが、ふとアルフェネリアの言葉を思い出した。

(おかーしゃま、まりょくない)(おちゅきしゃま、まりょくいっぱい)

 この石は今までずっと光ってなどいなかった筈なのである。 だから存在が意識に入らなかったのだとしか思えない。

「そういうこと、なのか?」

 リックスはそっとテオルドフィーの首から鎖を抜き取って落とさない様、代わりに自分の首へ掛けて服の下に仕舞い込んだ。

 上空を見上げ月を探す。 目隠しのために敢えて木などの障害物が多い場所を選んでいたが、それでも天頂に昇った月明かりは隙間から微かに届いている。


 ーーもっとヒカリがあたるとこ。


「このガケの上なら‥」

 体の疲労はちっとも抜けていないし、精神的にも参っていないと言えば嘘になる。 体力だけは少し眠って回復できた。 今はテオルドフィーを起こす解決の糸口が見えた事で多少ハイになっているのかも知れない。

 崖沿いに登れる場所を探して回り込み、木の幹や張り出した根を手掛かり足掛かりにして自分の身長より倍近くも高い急斜面をよじ登って木々の切れ間を目指し歩く。

「ここなら……!」

 鳩尾に当たっていた石を引っ張り出し、一筋の光に当てるために両手で捧げ持つ。 そこからの変化は余りに劇的過ぎて、リックスの空想に過ぎなかった考えが確信に変わるまで、そう時間を要さ無かった。

 月明かりを受けるや石は輝きを増し、不透明だった地が透き通っていく。 月を思わせる柔らかな光から次第に銀河の如き複雑な煌めきを持って魅せ、手の平に瞬く宇宙を切り取った様な錯覚を覚える。

「…………」

 リックスはただ茫然とその神秘に吸い込まれた。

 それ以上の変化が無くなったところで石を再び服の内に仕舞い空を見上げれば月は傾き木々に隠れている。

 ……一瞬の出来事だったと感じていたのは大きな誤りだったらしい。

 途中足が滑って斜面を転げ落ちる場面もあったが獣に見付かる事もなく、どこか夢現のままリックスは無事に二人の元へ帰り着いた。

 早速鎖をテオルドフィーの首に掛け直すが何の変化も起こらない。 迷ったリックスが手に石を握り込ませてみたのは単なる思い付きだったが、それは正解だった。

 石の光は月明かりに当てた時とは反対に手の平へゆっくりと吸い込まれて、指の隙間から漏れる輝きが徐々に失われていく。

 リックスが何度目か分からぬ驚きに目を見張る中、石がすっかり闇色に戻った頃、テオルドフィーの指先はピクリと動いた。

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