四節、避難

 少年は、自力では山道を歩けそうもないアルフェネリアと、子供の自分では引き摺って歩くのも難しそうなテオルドフィーを交互に見た。 自分一人ならば時間は掛かっても下山は可能だと思っているが、だからと言って命の恩人を見捨てるような不義理は出来ない。


 ーーひとりでおりて大人をよぶ? それとも、おれがかえらなければ、だれかさがしにきてくれる?


 こうして悩んでいる間にも徐々に日が傾いてきており、余り悠長に考え込んでいる暇が無い事は少年にも分かっていた。


 ーー行って、もどってくるのにおれじゃ、いっぱいじかんがかかる。いつものばしょから外れたせいで、みちもわからない。


 少年はこのまま山で夜を過ごすことを決意して周囲に視線を走らせた。 一応何か遭った時の為の手段などは教わっている。 実践するのが初めてなだけだ。

「おにーしゃま?」

「 おれのなまえは、リックス。 みんなにはリックってよばれてる。 よろしくな」

「りっくおにーしゃま。 よろしくおねがいしましゅ」

 付近が比較的緩やかな中、すぐ先の木々の奥で切り立った崖のようになっている斜面が映り、リックスは再度覚悟を決める。

「あっちに行こう。 リアひとりであるけるか?」

「あい、あうけましゅ」

「よし、おれについてきて」

 リックスは横たわるテオルドフィーの頭上に跪き、持ち上げた頭の下に膝を押し入れて両肩に腕を回した。

「ぐっ、おも……!」

 相手がいくら細身の女性とは言え成人と子供の体格差は如何ともし難い。 これが斜面を下る向きでなかったら殆ど動かせなかっただろう。 好都合な場所が近くで見付かったのは幸運だった。

 リックスは火事場の馬鹿力とも言える根性で必死にテオルドフィーを引き摺って一歩一歩を震わせながら歩く。 こんな時ばかりは普段から真面目に親の仕事の手伝いをしていて良かったと思う。

 アルフェネリアは二人を心配そうに見比べながら、その後を手も使いながらよてよてついて歩いた。

「リア、あるきながら“えだ”もひろえるか? もてるだけいっぱい。 ほそいちっちゃいのでいいんだ。 こういうやつ」

 リックスは途中座り込んで休み、力の入らなくなってきた腕をぷるぷると振って暫く休ませ、明るい内でないと難しい、ついでに出来ることを考えた。

 アルフェネリアはリックスが示した見本にこっくり頷いて応え、早速足元に落ちている小枝をせっせと拾い集め始める。

「ころばないように、気をつけてあるくんだぞ」


 ーーここまでで、まだ三分の一ってところかな? もうくらくなってきたから、いそがないと。


「よしっ、がんばるぞ!」

「あ~い」


 何とかかんとか三人で目指す小さな崖の下まで辿り着いた頃には低くなった陽光は木々に遮られて、辺りは夜と変わらない薄暗さとなっていた。

 完全な日没はもうすぐだ。

「リア、えだはそこにおいて、こんどはそのへんの“おちば”をあつめてくれないか?」

「あい。 はっぱあつめましゅ」

「そばから、はなれないようにな」

 アルフェネリアがその場に屈み込んでせっせと目の前の葉を両手に掴んで寄せ集めている傍ら、リックスはまず道中に集めてもらった小枝を手近な枯れ葉で作った山を軸にして組んで準備した後、腰に巻いた小振りのバッグから棒状の石を二本取り出した。 次いでポケットからは底に溜まった綿状の屑ゴミなどを掻き出して、最も大きな枯れ葉の上に乗せる。

 その屑の上で勢いよく石同士を擦り合わせると火花が散る。 一度では成功しなかったが、何度か繰り返して火種に引火したのを確認したので慌てて下敷きにした枯れ葉ごと手早く組んだ木の中に放り込み、種火が消えないよう底の方へ繰り返し息を吹き掛けた。

「ふぅーっ‥ふぅーっ、…………」

 ふと、火が消えてしまった様に見えて息を飲んで見守る。 誤って吹き消してしまったのだろうかと不安に駆られた直後、パチパチと言う小さな音と共に僅な火が燃え上がり出した。

「‥はぁ~っ」


 ーーよかった、ついた。ケモノは火をこわがるやつが多いし、もしだれかさがしにきてくれたら目印になる。 あとは、この火をもっと大きくして、すぐきえないようにして……、


「リア、あつめたおちばはぜんぶ、おまえの母さんの上にかけてくれ。 からだが見えなくなるくらい、いっぱい」

「こうでしゅか?」

 聞き分け良く頷いたアルフェネリアは一生懸命に集めた葉をテオルドフィーのお腹に乗せていく。 それを横目で見たリックスは、これは任せていたら終わらないな、と苦笑して立ち上がった。

「……そう。 リアはここでまってて。 おれはいそいで、もっと大きなえだをあつめてくる。 ちかくにいるから、なにかあったら、大きなこえでよぶんだよ」

「あい」

 アルフェネリアは黙々と、葉っぱを集めてはテオルドフィーの体に掛けていく。 予め集めていた分は全て掛けきってしまったので、とてとてとテオルドフィーの反対側に回って、同じように周辺の落ち葉を集めて全て掛けて、とひたすら同じ動作を繰り返す。

 落ち葉集めに夢中になる内に、焚き火の明かりからは少しずつ離れていた事にアルフェネリアもリックスも気付かなかった。

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