三節、救出
「まあ‥」
テオルドフィーには何も聞こえなかったとは言え、アルフェネリアが嘘を言うとは全く思っていない。 それは彼女の性格だけでもそう信じられるし、特殊な生まれ故に保有する魔力量が桁違いなので、五感や第六感がテオルドフィーより余程優れている実情もある。 そこに疑う余地などない。
しかし……、
ーー今は私達が助けを求めている状態。 状況も何も分からないのに、私に出来る事など無いと、どう説明したら良いのかしら……。
「みえました、あそこでしゅ、おかーしゃま!」
ある一点を指差しながら必死にテオルドフィーを見上げるアルフェネリア。 益々行けないとは言い難くて眉を下げたテオルドフィーがアルフェネリアの指差す先を見下ろしたのと、轟音と共に木々の一部が揺れたのは同時だった。
「ああぁーっ!!」
「っ……!」
微かに聞こえた叫び声はまだ幼いものだった。 さらに降りて行く事で漸くテオルドフィーにも様子が見えてくる。
恐らく六歳前後と思われるまだ華奢な少年は、大きな木の枝にぶら下がった状態で必死に昇ろうと足を上げているが、上手く行っていない。 その木の下で根本からじりじりと後退って助走をつけている猪型の獣は優に、少年の十倍は有りそうな大きさだ。
さっきの音はあれが突進して木にぶつかったものかと察し、もう一度同じ事が起きれば少年が無事では済まないと理解する。
「だっ‥だれか……! ぁ、あ……!」
指が滑り、絶望の声を挙げる少年。
『おかーしゃま! たしゅけてくだしゃい!』
一刻を争う状況とアルフェネリアの真剣な声で躊躇う気持ちが吹き飛んだテオルドフィーは、クオリネスを解除して叫んだ。
『掴まって!』
体を浮かせる力がなくなってガクンと急速落下を始めると同時に、左腕でしっかりとアルフェネリアを抱え、右腕を少年に向かって伸ばす。
アルフェネリアは小さな両手でしっかりとテオルドフィーの服を握り締め、反射的に目を瞑った。
『ヴァーキュオ!』
テオルドフィーと少年の間に真空を作り出し、そこへ吹き込む風で少年の体と自分の体を強引に引き寄せる。 突然吹き上げられて驚きに目を見張った少年と、上から降ってくるテオルドフィーとアルフェネリアを見上げる視線が一瞬絡み合う。
爆風で息も出来ず、錐揉みしながら宙を舞う三人。 何とか少年が着ている服を掴み、引き寄せて少年がテオルドフィーの腕にしがみついたのを確認するとすぐに次の魔術を発動した。
『バファ!』
途端にテオルドフィーを中心とした重たい風が放射状に拡がり、それはまるで同じ磁極が反発し合うかの如く。 突進してきていた獣は鈍い音と共に吹き飛ばされ、三人は緩やかとか優しくとは縁遠い勢いで地面に落ちた。
「っ……!!」
斜面を抉りながらゴロゴロ転がり落ちていき、かなりの距離を離れたところでやっとその動きが止まる。
「な、何がおきて……」
あれだけの衝突を見せたにも関わらず三人に大きな怪我はなく、最後に掛けた
少年はさっぱり状況が呑み込めず、呆然と呟いてすっかり目が回ったまま視線を巡らせる。 体はショックでピクリとも動かない。
「ふぁ~っ」
幼い子供の小さな声が聞こえて少年はギョッと重たい頭を持ち上げた。
体の下敷きになっていた細い腕は動かない。 腕の先にはまだ年若い女性がいて、自分と反対の腕には大きく目を見開いた、少女と言うにはまだまだ幼すぎる、
「びっくりしました」
あれ程の事があったと言うのに、アルフェネリアの声は呑気なものだ。 きょろっと辺りを見回して少年が目に入ると、にっこり笑った。
「だいじょーぶでしゅか? おにーしゃま」
「おれはぶじだけど、おまえ……」
「りあでしゅよ」
「リア、おまえは平気なのか?」
「あい!」
少年はほっと息を吐いたが、すぐに女性が今になっても動かないし声もあげない事に気付いて顔を蒼褪めさせた。 ゆっくり体を起こし、横たわったままのテオルドフィーを見下ろす。
「おねえさん……?」
そっと肩を揺さ振りながら声を掛けるが、反応は無い。 どうしよう、と触れる手が震え出すが、アルフェネリアはきょとんと首を傾げたままだ。
ーーこの子はまだちびだから、よくわかっていないのか?
少年が不安に眉を寄せると、アルフェネリアはぺたっと小さな手をテオルドフィーの額に乗せた。
「おかーしゃま、まりょくない」
「マリョク……って?」
「ないとおきられません」
先程までのにこにこ顔から一転して泣きそうにくしゅりと表情を歪めたアルフェネリアを見詰め、もう一度意識を失ったままのテオルドフィーを見下ろす。
「どうしよう……もうすぐくらくなる。よるになったら、ここはもっとキケンだ」
「おちゅきしゃま、まりょくいっぱい」
アルフェネリアは期待に顔を輝かせたが、対する少年はしかめ面のままだ。
「せめて、ここからちょっとでも、かくれられるばしょにいかないと」
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