変えるための運命

篠岡遼佳

変えるための運命


 ――これで何度目だろう?

 真夏の朝日も、青すぎる空も、蝉の声もなにも変わらない。

 私がふと目覚めると、そこはベッドではなく、通学路の途中だ。

 セーラー服に、学校指定のカバン。とても暑い。予報では今日も真夏日だと言ってたことを思い出す。


 ――これで何度目だろう?

 私はこの夏の一日に閉じ込められている。

 このまま私は学校へ行き、授業を受け、放課後には他愛もない話をし、家路につく。夕方になっても充分明るく、とても暑い。

 そしてシャワーを浴び、仮眠を取ると、また同じ日を繰り返すのだ。


 家族はなにも変わらない。同じ日付の新聞を見続ける父に、同じ献立を出し続ける母。

 友人だって変わらない。同じ話題、同じタイミングで話しかけてくる。

 授業中だって、同じことしかしないから、もう覚えてしまった。

 私は静かな授業中に、思いを巡らす。


 私は何らかのループに巻き込まれているのだろう。

 おそらく不老不死として生きてくことも可能だ。

 ただ、思っていた以上に全く同じ毎日というのは辛い。

 仮に、他人を傷つけたとしても、その人の傷は治ってまた次私の前に現れるだろう。

 それは単純な恐怖だった。

 おそらく、私が例えばどこかの誰かの身代わりになり、交通事故か何かで死ぬ人を助けたとしよう。

 しかし、私が眠れば、世界はループして、助けた事実も助かった人も元に戻ってしまう。

 絶望感が私を侵食しているようだった。

 私は段々内向的になってきた。

 学校に行くのはもうなんの意味もない。

 だから部屋に篭もった。

 ごはんだって食べる必要はない。眠ればリセットされるんだから。

 真綿で首を絞められるようだ。


 このループにどんな意味があるのかわからないけど、しかし、私はまだ試していないことがあることに気付いた。

 だから今日はここに来た。

 学校では『お化け屋敷』と呼ばれている、広いけれどぼろぼろの家だ。

 みんなが中で遊ぶため、立入禁止のフェンスの一部は無残に破かれていた。

 私もそこから入り、朽ちた引き戸から屋敷の中へ入った。

 土間や畳の抜けた部屋を通ると、天井が高く、それほどぼろぼろでない場所に出た。

 ここはみんなが大抵集まるところで、みんなで色々なものを持ち込んでいる。

 電気・ガス・水道が使えないので、そういえば小さいガスコンロで鍋をつついたっけ。


 私は部屋の中央、太い梁がまっすぐに通っている場所に、適当な椅子を置いた。

 椅子に上り、持ってきたロープを手際よく梁にかける。

 さあ、これで準備完了だ。


 そう、私が一つ試していないこと。それは、自らこのループ世界を終わらせることだった。

 私が認識している世界が消えたら、このループ世界はどうなるのだろう?

 それとも、私だけ元の世界とは違う世界をさまよっているだけなのだろうか。

 でも、そんな悩みもこれで終わる。

 うまくいくかわかんないけど、ともかくしっかり縛ったロープに首を通し、よし、足元の椅子を蹴るぞ、蹴るぞ、蹴るんだ!

 深呼吸して、ジャンプしようとした時。


「ちょっと待って」

 低めの男性の声がした。はっし、と私の手を掴んで。

 幻聴かな?

「いや、ほんと、ロープは危ないから、早く外して」

 幻聴にしては細かいところを言ってくる。

 仕方ないな、とロープから首を抜き、声のする方に向いてみる。

「どうも、依頼があってここに来ました、コウといいます」

 40代とまでは行かないが、ちょっとラフすぎる格好がおっさんぽい、おじさんがいた。

「え……え?」

 なぜここに私が居るかわかったかより、なぜこのループ世界に人が侵入できるのだ?

「こういうループは、ループに入った人を見て楽しむものだから、創り視る隙間が必要でしょ。だからそこから入ってきたんだ」

 そういうものなのか……。でも、入ってきたからといって、このループから逃げられるわけではないよね。

「いいや、簡単だよ。もうこれを仕掛けたやつ――けっこう大物だっけど、まあそれをなんとかして、鍵をもらってきたからね」

「鍵……?」

「そう、君がループをはじめるのはいつだっけ?」

「朝から寝るまでだから……朝?」

「じゃあ、そこを逆にしよう。君の部屋をこの鍵で開けるなり絞めるなりしてごらん」

 おじさんはそう言うと、何の変哲もない、家の鍵のようなものを渡してくれた。

「じゃ、結果は待ってるから、よろしくね」


 私は家に帰り、言われたとおり、自室の部屋を「開いた」。

 おかしい、いつもは鍵なんて閉めないのに。

 そもそも、この形状の鍵が入るほどハイテクな部屋ではないのだが……。

 しかし、机の上に置いていた携帯電話を視て愕然とした。

「――!」

 一日経っている。

 もしやと思って、学生カバンも調べたが、ちゃんと明日(認識としては明後日)の授業の用意もしてある。

 これは、おじさんに聞いてこなければ。


 おじさんは案の定お化け屋敷にいた。

「やー、昔の農薬とかあったから、これ飲んじゃったらどうしようかと思ったよ。毒だからね、毒薬」

 ノリも軽い。

「おじさんは、なんでループの外から来て、ループを壊せて、ループが終わった後も記憶が持続するの?」

「うーん、特異体質? いろんな人が手助けしてくるんだよ。今回だって、俺は自分で調べていないよ。短いスパンのループは、イレギュラーなことをするとあっさり破綻するものさ」

 ここからは推測だけど、とおじさんは言った。

「君をループに閉じ込めるのが目的ではなくて、君が追い詰められて死んでしまうことを相手は願っていたんじゃないかなぁ」

「……やっぱり、そうですか」

「今回はけっこう大がかりにやったから、逮捕される人も出ると思うよ、今世紀最高の魔女さん」

 おじさんは意外と器用にウインクをした。


 「最高の魔女」とは、私のことである。

 ちいさいころから、魔法に関しては天才だと言われ続けてきた。勉学はからっきしだし、運動神経も並程度だけど。

 魔女は急速に数を減らしつつあるが、それでも派閥はある。

 大きく分けて二つあった派閥だったが、私はそれとは無関係な、島国の突然変異として生を受けた。

 そんなわけで、他の陣営からどんどん刺客が送られ、片っ端からいなすのが私の日常だ。

 しかし、今回のループばかりは、中の世界から何をしても変わらないので、本当になすすべがなかった。おじさんには大感謝だ。

「さて、そろそろ俺は帰るよ。これ、名刺ね。なんかあったらかけて。こっちからも連絡させてもらうかも知れない」

「恩がありますし、断る理由もないです。今回は本当にありがとうございました」

「いやいや、そんな」

 おじさんは謙遜した後、ふと真面目な表情になり。

「――でもね、あんまり諦めがよすぎるのもよくないよ。運命なんて変えるためのものさ。君の人生は君のものなんだから」


 おじさんを曲がり角まで見送ると、途端に意識してなかった蝉の声と暑さがぶり返してくる。

 平成最後の夏はとてつもなく暑くなりそうだ。

 殺される、死の運命から解放された私は、自分の人生を新たにはじめなければならない。

 この、魔女としての力はどうしたらいいんだろう?

 どうやったらうまく使える? 人の役に立てる?

 家に帰ったら、進学先のことを親に相談しようと思う。

 自分の未来のために。



 

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変えるための運命 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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