第10話 もう一人の少女

 館のリビング……その地下部屋。

 そこにアユムは寝かされていた。

 窓のない石壁の室内には魔法の光が灯されていてる。

 地下特有のかび臭さを感じないことから、空調の代わりになるような魔道具が設置されているのかもしれない。

 部屋の中心には棺桶がぽつんと置かれいて、その横にはしゃがみ込んだポーがいる。

 俺はポーの隣に並び棺桶を見おろす。

 中で眠るのは土気色の肌をしたアユムであった。

 地下の狭い部屋には俺とポー、そしてアユムしかいない。


「魔女……アユムの容体は?」

「今のところは大丈夫じゃ」

「そっか……」


 安堵した俺は、棺桶の中で眠りにつく少女に再び目をやった。

 ところが、ポーがため息をつくような口調で続けたのだ。


「あくまでも今のところじゃ……そのうちにまた倒れて今度は永遠に目を覚まさんかもしれん……」


 ポーの言葉に俺は衝撃を受ける。


「え、嘘だろう……アユム死ぬのか⁉」

「落ち着けヒイロ。現状では・・・・死ぬことはないと言っている……それに小娘が倒れた原因も分かっておるのじゃ」

「本当に?」

「うむ……」


 ポーはアユムの額に手を伸ばし、閉じた目にかかる前髪をよける。

 それから見あげるように俺に顔を向けた。


「魔力の欠乏症……飢餓状態なのじゃよ、アユムは」


 飢餓……お腹が減っている?

 

「この小娘を発見した部屋に……棺桶に寝かせているのも、それが魔力を回復するに一番最適だからじゃ」

「…………」

「まあ、魔力の戻りはわずかなものだと思うが……それでも眠りについている間は死ぬことはない……恐らく今までもそうやって生きながらえてきたんじゃろう」

「その代わり、魔力が足りない間は起きることもない?」

「ああ、無理すれば、それこそ本当に命を失いかねんのじゃ」


 口の中で苦いものが広がる。

 魔女が事実のみを告げていることは分かる。

 だって、魔女も悪魔も人を騙すが嘘はつかないから。

 だからこそ……。


「魔女……いや、ポー・ヨサクル……なにか、なにか手段はないのか? アユムはさ、こいつは俺たち漫研の仲間で、学校の同期で、友達で……いや、今となっては家族みたいなやつなんだよ……せっかくこの広い世界でさ、日本にいたときの俺を知っているやつ・・・・・・・・・に出会えたってのに、ずっと寝たきりのままなんてそんなのさ……」


 言葉が続かない。

 自分の思いを口にだして理解してしまった。

 結局のところ俺のわがままなんだと……‼

 アユムの体を考えるなら眠りにつかせているのが一番いいのに……無理して起こしてまで同じ時間を一緒に生きたいと願っている。

 分かっているのに……くそっ‼


「…………手段がないわけではないのじゃ」


 魔女の、どこか俺に対しての痛ましさを感じさせる声色だった。


「あるのか方法が……⁉」

「ヒイロよ……本当はお主、とっくに気づいているんじゃないか? こん、この娘の正体によ?」

「…………」

「ならば魔力を回復させる方法も当然知っているよな? かの種族とは魔王討伐の旅中、何度も何度も戦ったのだから……」

「ああ……」

「しかし、しかしなぁ……それ選べば確実に、確実にだぞ……先の見えぬ苦難の道・・・・が待っている……まあ、わしから言えることはここまでじゃ、あとはお主の好きにするがよい」


 魔女は立ちあがると階段をのぼり部屋からでていく。

 赤毛の少女の……眠り姫の正体は分かっていた。

 むしろ分かりすぎるくらいだ。

 太陽に弱い肌、牙のような歯、そして地下部屋の棺桶……今までで判断材料が十分揃っていたのだから。

 やつらには戦いの旅の間、何度も苦渋を飲まされた。

 やつらの呪いをうけて堕ちた仲間を何人も……俺が殺した。

 だからこそ、どうすればよいかもよく理解している。

 でも、でもさ……それは日本人として、普通の人間として生きてきたアユムに化け物になれと言ってるのに等しいことなんだぜ?


 答えがだせず……突っ立たままアユムを見続けるしかできなかった。


 ◇


 夜……自室として確保した部屋で待っていた。

 白エロフの襲撃に備えて毎晩がっちり閉めていた扉の鍵は今夜はかけていない。

 明かりを消した室内。

 ベッドに腰をおろし、まんじりともせずに窓から入る微かな月明かりを眺めていた。

 今夜は満月だ……そしてやつら・・・が最も力を発揮する時間帯。

 やがて俺の聴覚が、部屋に近づいてくる小さな足音を捉える。

 ひた……ひた……。

 足音は俺の部屋の前で止まり、扉がギギッと静かに開かれ……そこに立っていたのは予想通りの者であった。

 美しい赤毛は燃えるように波打って逆立ち、黄金色の瞳は闇の中でも妖しくらんらんと輝いていた。


「きたか……アユム」

「あはっ、あははははははははははっ‼」


 彼女の正体は……不死たるもの……。

 吸血鬼。


「あはあはああ……うぐ、ううううぅ……」

「アユム……おまえ、泣いているのか?」

「ごめん、ごめんよ鈴木……どうしても、どうしても渇いて・・・仕方ないんだ……」


 泣きながらアユムは自らの喉ををかきむしる。


「そうか……構わないさ、言っただろう? 苦しいならきてくれと」


 あのあと、目を覚ましたアユムに伝えた。

 お前が何者で、そして魔力を回復させる方法を知っている……望むなら俺の部屋に夜中にこいと。

 そのとき、アユムはなにも答えなかった。

 ただ苦悩していることは察せられた。


 俺は上着のボタンを外し前を開けて、首筋をアユムの前に差しだす。


「やらないか?」


 思わず言ってしまった。

 笑っていけない場面で笑いを取ろうとする俺の悪癖は何とかしないとな……‼

 それはともかく肌を刺すような熱い視線を感じる……頬を染め、ごくり、ごくりっと唾を飲みこむアユムの姿はご馳走を前にした獣のようであった。

 アユム、お前はそんなにもお腹を空かせていたんだ?

 変人が多い漫研の唯一の良心でさ、人一倍、常識人で倫理観の強いおまえでも耐え切れないほどの飢えだったんだな。

 すまなかったな……お前がそこまで苦しんでいることに気づいてやれなくてさ……。


 アユムが俺に飛びかかる。


 まるで獲物を襲う肉食獣。

 小柄な体の何処にあるかと思えるほどの凄まじい力で、ベッドに押し付けられて俺は痛みに息をもらした。


「ねえ、これ、いいんだよね? 僕の好きにしていいんだよね⁉」

「ああ……好きにしてくれ」


 俺の肩を両手で押さえ、腹の上に腰をおろすアユムの狂気じみた懇願の声。

 その狂乱ぶりが哀れで……悲しくて悔しくて涙がにじんだ。

 俺がだしたアユムと同じ時間を生きるための答え……それは血を分け与えること。

 この体は神様作製の特殊仕様である。

 吸血鬼の吸血による支配などの呪いは無効にできるのだ。

 その代わり治癒や強化などの魔法も全部はじいちゃうんだけどね……。


「あはぁ、うふぅ……」


 恍惚としたため息をこぼし、犬歯を剥きだしにした表情で俺の首元に顔を寄せる美貌の少女。

 首筋に口づけをされ、そして舌で舐められる。

 ぴちゃぴちゃ……ぴちゃぴちゃと何度も、今から食べるための味見でもするかのように。

 しばらく続け、そろそろ吸血かなーと思ったら、それを延々と繰り返している。

 え、ええっと……吸血するなら一思いにやってほしいかな……注射待ちのなんとも言えない時間を思い出すというか、このままだと妙な気持ちになるからさ。

 そんなことを考えていたら、アユムが俺の上着を思いっきり引きちぎりやがった。


「へ……?」


 思わず間抜けな声をだしてしまう。

 そして次に、アユムを見て俺は固まってしまった。


「え⁉」


 アユムはゴシックなドレスのボタンをすべて外して腰に落とし、上半身を裸にしていたからだ。

 白い肌色が見えた。

 TS少女アユム君はブラジャーを着けていなかったのです。

 直線のようで、その実、甘美な曲線を緩やかに描く少女の体……豊かではないが確かなふくらみをもつ乳房と主張するピンク色の先端。

 水をはじき返しそうな張りある柔肌。

 月明かりに照らされた自らの体の細い輪郭を淫靡になぞる指先……初心な乙女のものではない……異性の情欲を掻きたてる小悪魔のような仕草である。

 その不自然なほどの艶やかさに、俺の喉が自然と鳴った。

 俺を馬乗りで見下ろすアユムが、うっとりとした表情で囁いた。


「ねえ、ヒイロ……私のお尻に、硬いモノ・・・・が当たっているわよ?」

「ひぇ⁉」

 

 不覚にも、不覚にも俺は、小娘の体で……おっききしてしまった‼

 言い訳させてほしいのさ‼

 このアユム君の体というかふいんき(なぜか変換できない)は女として成熟こそされてないけど、俺の股間のマーラー様を荒ぶらせるに十分な色気があったです。

 いや、心に訴えかけてくる背徳的なエロさは今までで一番かもしれない。

 つまり当方には何ら落ち度がないといいますか、業務上過失的な止むを得ない事情がありまして、違うそうじゃないんだ俺はロリコンじゃないんだよぅ……‼

 脳内言い訳で必死になってアイデンティティを保とうとしたら、再び舐められた。

 今度は雄っぱいに、ひ、ひぃ、乳首はラメェぇぇぇぇぇ⁉

 というかぺろぺろしながら挑発するようなSな上目つかいはやめてぇ⁉

 いくらなんでもおかし過ぎるぞ。

 あれかR18版のヴァンパイヤなのか?

 吸血しながらついでに致します♡ のエロゲ仕様ですか⁉


「アユム、ちょ、ちょっとまって、ちょっとタンマ⁉」

「ダーメ♡ アユムじゃなくて今はカーミラってよんで、ねえ、ヒイロ♡」


 はい……?

 カーミラって、もしかしてアユムの体の元のもち主?

 まんま吸血鬼な名前じゃないか。

 それじゃあアユムは?

 意識を奪われて自由がきかない状態なのか、それとも、まさかっ⁉

 俺は慌てて、アユムの姿をしたもう一人の少女……カーミラに問いかけた。


「ア、アユムは、アユムはどうなったん⁉」

「うんんっ……ふふ、今は恥ずかしがって奥に引っ込んでいるわよ?」


 側頭部をほっそりとした指で押さえるアユム。

 じゃなくてカーミラ……かき分けた髪の間に小さな角が見えたような?


「無事なのか?」

「ああ、不安なのね……彼女・・とは色々あって共生関係になっているから、あなたの考えているようなことにはならないはずよ……大丈夫、あなたのアユムはちゃんと存在してるから」


 その言葉に少しだけ安心する。

 カーミラの言うことを全て信じたわけではないけど、アユムと彼女の間では何かしらの意思疎通ができているというなら緊急の事態にはならなそうだ。


 ……ん? 何か違和感を覚えるけどなんだろう?


「ええっと……それじゃ、あの、もう一つ聞いてもよろしいですか?」

「ふふ、何かしら♡」


 色っぽい仕草で髪をかきあげる美少女。

 毒のように染み込んでくる蠱惑さに背筋がぞくぞくとして……あ、すいませんがカーミラさん、俺の股間の上で腰をくいくいシェイクするのやめていただきたい‼

 お尻をぐりぐり押し付けてくるのも止めてくだ、あふっん⁉


「あの、あのね……カーミラの種族は?」


 カーミラが放つ妖しい雰囲気に圧倒されながら俺は恐る恐る尋ねた。

 赤毛の少女はJCの見た目には不釣り合いな妖艶な貌で、うふと笑う。

 彼女の腰後ろから伸びた、スペード型の先端をもつ細長い尻尾がいつの間にやら俺の両手首に絡みつき、頭の上で腕を拘束されてしまった。


「サキュバス」


 サキュバス……サキュバス……そうか、血を吸う吸血鬼じゃなくて男の精を搾り取る淫魔かぁ。

 ふう、魔女めっ……俺をミスリードさせてハメやがったなぁ⁉

 カーミラの金色の瞳が輝きを増す……まるで満月のように。

 彼女の細い背中から蝙蝠の皮膜をもつ翼がばさりっと広がった。

 半裸の白肌を興奮で薄く染め、情欲と食欲にまみれたアユム/カーミラの美貌が、薄桃色の舌で舐めずりしながら、俺の顔にゆっくりと近づいてくる。

 前かがみになる少女の体。

 重力にも負けないお手ごろサイズなおっぱいが迫ってきやがるぜ。


 正直……最高にくっそエロかった。


「へへ、マジでエロゲ展開かよ?」


 なるほどぉこれが食われるってやつか……参ったね‼


「ふふ、では……い・た・だ・き・ま・す♡♡」




 あ”っ――――――――――――――――――⁉

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