第9話 夜を往くもの
唐突だけど昔話をさせてくれ。
漫研にはさ、ゴローさんという尊敬できる先輩がいた。
漫画を始めとした各種サブカル知識の造詣が深く、シーズンごとに嫁が変わって、少々陰キャでチーレムラノベばかりを好むけど良い人だったよ。
俺のオタク知識の殆どはあの人から学んだものと言っていい。
言うなればサブカルの師匠、いや人生の師と言っても過言ではないね。
俺は一生あの人についていくつもりだった……でも、でもね……。
ゴローさんはロリコンだったん。
幼女を愛でるライトサイドのロリコンじゃない。
幼女が性の対象のダークサイドのロリコンだったん。
あの人のイエス・ロリータ・ノータッチは真っ赤な嘘っぱちだったんよ。
カミングアウトされたのは、俺の家に遊びに行く寸前。
俺は年の離れた三人の妹たちを守るためゴローさんを殴った。
その当時は、まともに喧嘩をしたことのないモヤシだったけど必死で殴った。
騙された怒りに震え、マウントを取って全力でぶん殴り続けた。
ゴローさんは男らしく何も言い訳をせず、甘んじて俺の拳を受けいれていたよ。
もう止めてヒイロさん‼ ボクのライフはゼロです、まじ許してください‼
とか情けない泣き声が聞こえたけど気のせいだと思う。
それからゴローさんは漫研に来なくなり、そして大学を辞めた。
俺が再びゴローさんに会うことはなかった……。
今でも思うんだ。
俺がゴローさんを否定せず話を聞いて、彼の悩みを少しでも分かってやれれば、大学を辞めることなく今でも漫研で仲良くアホやっていたのかなって……。
そう、なんだかんだ言っても、ゴローさんはやっぱり俺の心の師匠だったんだ。
ゴローさんの家に尋ねに行ったら彼の家族から旅にでたと聞かされて……ゴローさんは今頃どこか遠い空の下で元気にやっていると思う。
夜……俺は館のリビングで前世でのほろ苦い思い出を語り終えた。
暖炉で薪がパチパチと燃えている。
雰囲気だしたくて、夏場だというのに掃除して火をいれてみたんだ。
ソファーに座る元漫研仲間……三人のTS娘たちは気まずそうに顔を見合わせている。
おそらく、ゴローさんとの思い出を懐かしんで照れくさくなっているんだろう。
ふふ……本当に懐かしいよ。
はは、こらこら
そんな穏やかで心地良い空気の中……。
「あのさ鈴木……ゴローさんは〇学生と援交して捕まっただろ……?」
ぽつりと、赤毛の美少女がほざきやがった。
「ぶらあああああああああああああああぁぁぁぁ‼」
俺は赤毛の小娘を威嚇した。
真実を暴露され逆切れして小娘を威嚇したのだ。
そして平気で、人の心のデリケートゾーンに踏み込めるこいつは、漫研唯一の突っ込み役だったアユムだと確信したのだ。
◇
館の呪いの解除作業はポーとイズミの二人でおこなうことになった。
手間はそれほどではないが、仕掛けられている呪いが多いので少々時間が掛かるらしい。
それとイズミに魔術的な技能があったことには驚いた。
何気にこのビッチ有能である。
感動して「イズミさんすごいすごいよ」と煽ててみたら。
「ヒイロが珍しくわたくしを褒め称えるということは遠回しな体の要求ですね? うふふ、わたくしに対しての婚前交渉の合意……つまり合意ックスがしたいというわけですね? もちろん、わたくしの返事はおけー♥ 高貴なエルフ胎はいつでも排卵して孕めますのよ~♥♥」
などと意味不明なことを
ふーふーと鼻息も荒く、頬をまっかにして発情し迫ってくる清楚系ビッチエロフは突拍子なくエロ狂っていて怖かった。
しかし鬼畜エロゲーマイスターにとってはこれが通常運転なのである。
俺のズボンに触手(イメージ)を伸ばしてくるエロフの腕を払いのけ、その顔面にアイアンクローを食らわせる自己防衛。
そのさい、変なメス声をあげやがったのが本当に気持ち悪かった。
そんなやり取りを近くで見ていた赤毛の小娘に、汚物を見るような眼差しを俺だけ頂いてしまったのが非常に不本意である。
そうそう、赤毛の小娘……アユムの事情については少々難儀で、カオルたちのような赤ん坊からの生まれ変わりではないという。
神に出会って話をし、この世界に落とされるまでは俺たちと一緒なのだが、なぜ館にいたのか、なぜ今の体になってしまったのか本人にも分からないらしい。
アユム自身は、深い闇の中で覚醒と眠りを繰り返し、まるで終わりのない夢でも見ているようだったとか……。
アユムの状況から考えるに転生というより、憑依という状態が一番近いのではないかと思う。
もしそうなら、体の元のもち主は何者で意識はどうなってしまったのか?
仮に彼女が目覚めたとき、アユムはどうなってしまうのか?
考えることは山積みであったが、答えはなにもなく、やがては日々の忙しさの中に埋もれていった。
一週間ほど過ぎた頃……日中、俺は庭の手入れに汗を流していた。
そこそこの土地面積。
家庭内栽培くらいなら余裕でできるというか田んぼが作れる広さだ。
周りに視線をやると人影ならぬ骨影が無数に見える。
ポーのスケルトンズたち……庭の草刈りをするのが大変だったので魔女にお願いして派遣してもらったのだ。
スケルトンはアンデッドのため太陽の光に弱く、長時間放置していると体から派手に煙をだしてご近所迷惑になってしまう。
そのため日よけローブを着けてもらっているのだが、はたから見ると中々に怪しい邪教的集団である。
そんなことを考えながら、建物の日陰に座って猫のようにチラチラとこちらを見る赤毛の小娘に質問してみることにした。
「へいっ‼ アユ~ム‼ ユーはトマト好きデス~カ⁉」
「っ⁉ …………嫌いじゃないかな」
アユムは声をかけられて一瞬驚きをみせたが怠そうに言葉を返す。
そして足りてないと感じたのか追加で返答してくれた。
「むしろ、好きな方だと思う」
よし、最初はトマトを植えることにしよう。
俺は作業の手を止めると、手拭で額の汗を拭きながらアユムの元に向かった。
気づいたアユムは座ったまま横にずれ俺が入れる日陰のスペースを譲ってくれた。
「悪いな」
「ああ」
男同士みたいな短いやり取りである。
いやまあ、中身だけなら男同士なんだけどさ。
アユムの横に腰を下ろしながら様子をうかがった。
中学生ほどの小柄な体だ。
腰まである鮮やかな赤毛にやや猫目気味の金色の瞳。
幼さを残すがカオルやイズミと比べても遜色のない容姿。
アイドルグループとかにいたら余裕でセンターとれる美貌である。
スケルトンと同じ日よけローブをまとっているのは肌が弱いためで……確かに蝋燭のような青白い肌では直ぐに日焼けしそうだ。
ローブの下はゴシック風なデザインのドレス。
館の地下室……アユムが安置されていた部屋の衣装ケースに入っていたもので、ポーの調べによると魔法の術が編まれたかなりの高級品だとか。
前世は若武者風な男らしい容姿だったアユムは着るのを酷く嫌がっているが、他にサイズの合う服もないので仕方がない。
「でも可愛こちゃんだから似合ってるぜ」
「はあっ?」
突然の俺の言葉に、小娘アユムはナニ言っているのコイツ的な視線を向けてきた。
いかん、はずかしい、脳内思考が無意識に漏れてしまった。
というか、いくらなんでも今どき可愛こちゃんはないだろう。
少女漫画にありがちな勘違いキザ男くんですか……。
「………………」
「………………」
あー気まずい非常に気まずい……そうか話題を、そう、話をふらないと。
「あー……アユム、最近はどうだ?」
「別に、普通かな……?」
なんだろう、この父と娘的な会話?
「う、おほっん……慣れない女の体だろう? 普段の生活で困ったことないか? 必要なものはないか? なにかあったら
「………………」
思春期の娘は沈黙してこちらを見ようともしない。
すまん、くだらない会話をふっておいてなんだけど、ますます気まずい。
アユムも父さんとの会話を気まずく思ったのか口を開く。
「鈴木……僕は平気だ」
「お、おお、そうか?」
すごいリアル僕っ娘だ……。
そしてまた沈黙。
正直な話、漫研の中で俺とアユムの仲はあまりよくなかったと思う。
お互いの性格が真逆で会話が嚙み合わないことが多く、向こうからは俺がひどくいい加減なやつに見えていたのではないだろうか?
アユムに嫌われている……とは思いたくはないけど、多分それに近い感情は抱かれているのではないかな。
まあ、でもそんなアユムくん、ここ最近は俺の近くにいることが多い。
他の漫研メンバーであるTS女子のカオルとイズミは、心も体も完全に女性化しており、純正TS少女であるアユムくんとしては非常に絡み辛いものと思われる。
「なあ、アユム、お前も大変だと思うけど、悩んでることがあったら本当に何でも言ってくれよ、俺たちはこの世界で唯一の同胞で仲間なんだからさ?」
アユムは視線を宙に向け「同胞」と口の中で転がした。
なんだろう……そうぼんやりと呟くアユムの姿、まるで、今にもどこかに消えていってしまいそうで不安を覚える。
「ヒイロ、いるかなー? そろそろ買い物につきあって欲しいんだけど大丈夫ー?」
遠くからカオルの声が聞こえた。
そういえば生活に必要な雑貨を買いに行く約束をしていたな。
俺は立ちあがってアユムを見おろす。
赤毛の小娘はそんな俺を見あげ肩を竦めた。
「
「おう……娘よ、何か欲しい物とかあるか?」
「ん、別にないかな……ああ、男物の服が欲しい」
「悪いが無理だ‼」
俺は即答した。
「だよね」
答えが分かっていたのか、アユムは可愛らしい顔立ちに合わぬシニカルな微笑を浮かべる。
まじ、すまんなアユム、それはうちの
行こうとしたらアユムに呼び止められた。
「あ、鈴木……」
「うん、なんだ?」
「そのだな……色々と気にかけてくれて……ありがとう」
やつからの珍しいお礼の言葉である。
驚いて振り向くとアユムはそっぽを向いていて、フードの奥の顔をリンゴのように真っ赤に染めていた。
ふふ、このツンデレさんめ。
「どういたしましてだ」
俺は返事してアユムの前から歩いて行った。
その時は心の中の水位が増して、根拠もなく、ガキのようにこれから先なにもかも上手くいくような気がしていたんだ。
ただ、アユムの蝋人形じみた美しい横顔……わずかに唇の端を開いて笑ったその口内に、獣のように尖った八重歯が見えたのが気にかかった。
俺とカオルが買い物を終えて屋敷に戻ったとき、アユムが倒れたことを知らされた。
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