一章 転生 -乳児期~幼稚園時代-
死後
遠くで低い音が絶え間なく発せられている。
夏に入ったというのに、背中はひんやりと冷たくて硬い。
鼻には何かが焦げたようなにおいが入ってきている。
そして目の前は真っ暗である。
なぜ私はこんなところにいるのだろうか。
そうか。当たり前か。私はベランダから落ちて死んだんだもんな。しかも雨の中。
今は100歳まで生きる時代なんて言われているがその半分どころか5分の一にも満たない人生で終わってしまった。
それにしても割とあっけない最期だったな。まさか自分の家のベランダから落ちるなんて夢にも思わなかった。
確かストーカーに追いかけられて、家入られてベランダ出たんだっけ。その前には彼氏が公園で殺されてて…
よく考えたら私は殺されそうになってから死に至るまでの時間は結構長い方なのではと思えてきた。
結局死んでるから意味ないんだけどね。
とりあえずこの後はどうしたらいいのか。
死んでいるとはいえ不幸にも記憶や感情がある上、彼氏がいた私には一人でいるのは苦行だった。
…ん?彼氏?
そうか。彼を探せばいいのか。彼は私の死ぬちょっと前に死んでいたのだから近くにいるはずだ。
その前に身体がないのだから動くことはできるのか。その質問の答えが出るまでに時間はかからなかった。
答え合わせをするなら「動ける」と答える。というか気がついたら直立立ちしていた。
そういえば目を開けていないことに気づく。この場で一切役に立ちそうにない味覚を除けば使っていない五感は視覚が唯一だ。
真っ暗といったがそれが目を瞑っていただけだったと考えると顔から火が出そうだ。
私は目を開け、死後の世界とご対面を果たした。
…はずだった。
「えっ…何これは…」
まず目に入ってきたのが私の写真である。端に切れた凪恵がいる明らかにトリミング加工したような写真だが、間違いなく私をメインにした写真だ。かなり最近撮ったもののようだが、いつ撮ったかは覚えていない。
そこから目線を下方に向けるとスキンヘッドの人が木魚をたたいている。淡々と何かを読み上げている。
そして周りには黒服姿の見慣れた顔が涙を流しながらそれを見ていた。
…ってこれ私の葬式じゃん。
なんで死んだ私が自分の葬式に出てるの?もしかして葬式ってホントに成仏させられるの!?本当にそうならすぐにでも学校で広めたい。SNSで拡散したい。何なら論文発表してノーベル賞とか取ってみたい。
ただ、私はもう死んでいるんだ。しつこいようだけど。
いろいろやり残したこともあった。高校生活をもっと謳歌していたかったし、なんなら大学生にもなってみたかった。彼ともまだ一緒にいたかったし、あんなことやそんなこともしたかった。家族だってもってみたかった。子供も欲しかった。大変だろうけど、きっとそれを打ち消すくらい可愛かったんだろうな。
だけどそれも叶わずに、この葬式が終わったら私はきっと抹消するんだ。塩かけられて帰る場所を失うんだ。
とにかくここから出よう。気分が悪い。
そう思い自分の写真と反対側にある大きなドアのドアノブを掴んだ。
しかし、その手はドアを開けるのを拒んだ。
ここを出た先に何があるのか。普通に葬式場のロビー?それとも違う何か?もしかしたら葬式は罠で、部屋を出たら成仏するのかもしれない。
死ぬのは初めてな私はどうにもできなかった。…死ぬのが二回目だなんて人はまずいないだろうけど。
でももしここにいて葬式が終わって本当に消えてしまったら…。
彼に会えず、私のリザルト画面は葬式になってしまう。
なら少しだけ。少しだけ開けて外を伺おう。
外に出られそうなら出て、無理そうなら閉めてここで最期を迎えればいい。
ドアノブを握る手はドアを開けることを拒み続けたが、それを押し切った。
ドアのわずかな隙間から外を覗き見る。外は驚きの白さだった。
本当に何もない。ただただ白い。
また少し開けて、今度は腕を入れてみる。
葬式場の床の延長線上に手ごたえを感じた。どうやら床はあるらしい。
ならばいける。その先に何があるかはともかく希望は見えた。
ドアの開放を拒んでいた手は事態を受け止めたのか、すんなりドアを開けた。
そしてドアの先へ足を踏み入れる。
どこもかしこも真っ白なので前に進んでいるのか進んでいないのかよくわからなくなる。
しばらく歩いて振り返るとドアは豆粒ほどの大きさになっていた。実感はないが、一応進んでいるようだ。
歩き続けて1時間くらい経っただろうか。ドアはもう見えないくらい小さくなっていた。
退屈で死にそうだが、というかもう死んでいるが、歩いた距離に割に合わないほど疲れていない。割に合わないどころかちっとも疲れていない。
さらに1時間。本当に疲れない。どうやら体力は無限のようだ。
そうと分かれば走ったほうがいいのかもしれないが、いざという時のために歩いて行動することにした。
三度1時間。ここで立ち止まる。
壁に突き当たったわけでもなく、特に何かが落ちていたわけでもない。
精神がおかしくなり始めていた。
歩いても歩いても次の白い空間が現れるだけ。というかそれすら見えない。
それに加え一切疲れない。これが利点のようで難点だった。
とにかく達成感を味わえないためやる気、行動力がそぎ落とされる。
これ以上悪化しないよう一旦止まってみたのだ。
それにしてもここには何もない。
娯楽も友人も、恐らく存在価値すらない。
そう考えると素直にあそこで成仏できるのを待っていればよかったのかもしれない。
事を良くするどころか悪化させてしまった。
ベランダから落ちるし、テストだってまともな点とれないし、きっと私は何をやってもダメなんだ。
この部屋と同等に価値なんてないんだ。きっと死ぬのは必然だったんだ。
そう思うとこの先がどうでもよくなった。
成仏できるならさっさと成仏してくれ。
私は投げるように床に伏した。
…と、その時だった。
「チリリリリリ~わぁ~おめでと~」
突然優しい女性の声が聞こえた。
聞き覚えのない声に退屈に退屈を重ねていた私は振り向くことを余儀なくされていた。
しかし振り向いた先には…
「えっと…どちら様…?」
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