第二章―③ ネズミとプール

 ホールは再び、静寂に包まれた。

 呆然とウサギ耳が消えていった扉を見る。そっと手をのばし扉を引いたけれど、案の定扉はもう開かなかった。

「そんなに…驚かなくても…。」

 いいじゃん。

 言葉は最後まで音にならず、空間に消えていく。


 気付くと、扉の前には白い手袋と紅い扇子が落ちていた。さっきウサギ耳の青年が持っていたものらしい。戻ってきたら渡してあげようと、手袋と扇子を拾い上げた。扇子の模様が気になって、そっと開いてみる。

 扇子は全体がレースで出来ていて、紅の地に黄金の薔薇が刺繍されていた。とても豪華で美しい。ウサギ耳の青年が使うものでは無い気がするが、一体誰のものだろう。

「バレエの舞台とかでこういうの見たことあるな…。」

 演目はなんだったっけか。

 ホールは少し暑かった。ぱっと見た限り、ここには冷房が無いのである。

「ちょっとだけお借りします。」

 誰とはなしに断りを入れ、紅い扇子で仰ぐ。生暖かい風が首筋に当たる。

「違う人になったりとか…してるわけじゃないよね。」

 今までの不思議な出来事をぼんやりと思い返し、もしかしたら別人になっているのではないかなどと、根拠の無いことを考えてみる。けれど少なくとも視界に入る自分の服装や手足の様子は、今日家を出た時のままだ。そう、大きさ以外は。大きさ以外。


「…なんで手袋が入るの?」

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