第一章―② ウサギと階段 

 扉を出ると、廊下の先にさっきのウサギ耳があった。

 白い燕尾服を着た少し背の低い青年が、何故か白いウサギの耳を着けて廊下を走っている。

 思わず停止している間に、ウサギ耳の青年は廊下の先にある階段への黒い扉を大きく開き、矢のように階段を駆け降りて行く。階段を駆け降りる音に混じって、

「…遅れたら女王様に怒られる…」

という小さな声が、聞こえた気がした。

 何も考えずに閉じかける扉に走り寄り、再び大きく開く。そのまま階段を降り始める。ウサギ耳はもう見えない。

 遠くの方で扉がバタンと、大きな音を立てて閉まるのが聞こえた。


 階段の踊り場にある大きな窓からは、光が差し込んでいた。各階ごとに黒い扉があり、扉の上のセンサー付きライトが近くに寄るとぱっと点いて、窓からだけでは足りない明かりを補っている。

 けれどそれは最初だけ。

 何度目か分からない踊り場を通過するたび、窓は下の方から暗くなっていき、終には光が入らなくなった。それだけではなく、無骨な曇りガラスだったはずの窓は、いつの間にかカラフルなステンドグラスに変わっていた。味気無い白色光はいつの間にか、柔らかいオレンジの光を漏らす、洒落たランプシェード付きライトに。扉はいつからか見かけなくなった。


 それらの変化を横目に見ながらも、止まることなく階段を駆け降り続けるのは、何故なのだろう。最上階にある教室に戻るのは、とても時間がかかる。授業には間に合わないかもしれない。それに、果たして今から戻っても、元の扉に戻れるか分からない、という考えがチラリと頭をかすめる。


 そして、終わりは突然訪れた。


 目の前には今までと同じ黒い扉があり、続きの階段があるはずの所には壁があった。

 あれから扉が開く音も、閉じる音も聞いていない。ならあのウサギ耳の青年がいるのは、この扉の先でしか有り得ない。

 それ以上は考えず、目の前の扉を押し開けた。

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