第一章―① ウサギと階段 

 夏というには柔らかく、春というには暖か過ぎる日差しが、窓から差し込んでいる。


 顔を上げると、壁の時計が、授業が始まるにはまだ早い時間を指しているのが目に入った。

 隣の席では百合が分厚い本を熱心に読んでいる。表紙に幾何学模様が描かれたその本をそっと覗き込むと、何やら難解な式や記号が大量に書かれていて、思わず顔をしかめた。その雰囲気に気付いたのか、百合はふっと微笑むと、

「そんなに嫌?」

と尋ねてきた。

「嫌。絵も物語も無いのに、休み時間にわざわざ読むほど、何が面白いのか全然分からない。」

 窓から入る風に、百合の長い髪が揺れる。

「結構面白いのに。それに、いつかやる内容だよ?」

 まるで外国語で書かれたような訳の分からない本を四苦八苦しながら読む未来を想像して、小さな溜息をつく。本から顔を背けるようにドアの方を向く。



 ドアの小窓から、白いウサギの耳が見えた。


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