幕間 1 電車

 電車は今日も満員で、頭上に影が落ちている。


 顔を上げると、紅いカバーのかかった文庫本が目に入る。

 割と薄いけど、何の本だろう。

 かかってるカバーはなんだか高級そうで、何かが型押ししてあるけど、陰になっていて分からない。

 読んでいる人の顔は本で隠れて見えなかった。

 しばらくじっと見つめるけれど、ページを捲る気配がない。本を開いたまま固まっているらしい。読むのがよっぽど遅いか、本を読むのが苦手な人なのだろうか。ならなぜ満員電車で、文庫本を広げているのだろう。スマホではなく。

「次は―」

 目的地がアナウンスされた。車内の空気がざわりと揺れた気がする。鞄をすぐに持ち上げられるよう、自分も軽く準備をする。

 頭上の人はギリギリまで本を広げていた。駅に着き、周りが動き出したことに気付いて、慌てて本を閉じる。

 頭上の人が動くのを待ち、立ち上がろうとすると。


 膝の上に、栞が落ちてきた。

 チョッキを着た白いウサギが描かれている。

 慌てて顔を上げるけれど、人並みに飲まれて、目的の人は見つからない。

 電車を降りるとすぐ後ろでドアが閉まった。他の人と同じ方向に、足早に向かう。

 いつも少し俯ける顔は、真っ直ぐ前を向いていた。

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